第8話:依頼の理由は






 「つまり、居なくなった猫を見付けて欲しいってこと?」


 ホムラはカウンターの傍のテーブルで向き合いながら長々と聞いた老婆の話を要約すると、本人にそう聞き返した。すると、老婆はうんうんと何度も頷きながら口を開いた。


 「そうそう。孫が生まれた時からずっと世話してた子だから、突然いなくなるなんて何かあったんじゃないかと思って心配で心配で」


 依頼の内容も理由もよくわかったが、果たしてこれはわざわざ神術士に頼むようなことなのだろうか。話を聞きながらホムラは首を傾げた。


しかし、カウンターの中で佇むミカルは特に疑問を持つ素振りも見せず、時折相槌を打ちながらニコニコと愛想良く老婆の話を聞いていた。


 「わかりました。お請けいたします」


 ミカルはそう言って、壁の引き出しの中から依頼書を取り出すと、カウンターから出てきてペンと一緒に老婆に手渡した。


 「ここにお名前と住所、お支払いいただける報酬の金額をお願いします。それと、猫ちゃんの特徴も」


 老婆は書き慣れた様子でサラサラと紙の上にペンを走らせ、一切掠れさせることなく、大きくわかりやすい字で名前と住所、そして、探す猫の特徴を書き上げた。しかし、老婆は突如そこでピタッと手の動きを止め、ゆっくりと顔を上げる。


 「いくらくらいお支払いすればいいかしら?」

「あなたがその猫ちゃんに掛けるお気持ち次第。と、言いたいところですが、気持ちを金額に表すのは難しいですよね」


 ミカルはそう言って笑うと、カウンターの上に置かれた台帳を手に取ってページをペラペラと捲った。


 「参考までに、以前こちらでお請けした牧場から脱走したヤギを連れ戻すご依頼は500シュムークいただいてますね」

「じゃあ私もそれくらいにするわ」


 ホムラは老婆から依頼書を受け取ると、報酬の欄によく整った字で書かれた"500"の文字をマジマジと見詰めた。


 それだけあれば、街のレストランで出される少しいいランチを1週間は堪能できる。


 自分が請けるわけでもないにもかかわらず、そんな想像をしてヨダレを垂らしているホムラをよそに、ミカルは再びカウンターから出て、老婆に今度はまた別の紙を差し出した。


 「では、前金としてまず報酬の25%をお支払いいただきます。こちらを持って銀行の方までお願いしますね」


 老婆はミカルから受け取った振込用紙を確認すると、床に置いた大荷物を解いてその中のポーチにしまい込み、手際よくまた荷物を括り直した。


 「それじゃあ、よろしくお願いするわね」


 老婆はそう言ってニッコリ笑うと、荷物を背負う。ホムラはミカルに促され、外まで老婆に付き添った。


 「ありがとうね」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 ホムラは深々と頭を下げる。そして、老婆が何度も振り返って手を振る度に手を振り返し、その姿が見えなくなるまで玄関先で見送った。


 そうして中に戻ると、ミカルがちょいちょいと手を振ってホムラを手招く。小走りでカウンターの前まで行くと、ミカルは台帳をホムラの方に向けてペンを手渡した。


 「さあ、あとはここに諸々書いたら依頼の受付は完了だよ」


 そう言ってミカルの指差す場所にペンの先を当て、依頼内容や依頼人の名前、報酬、今の日時を書き込んでいく。


 全て書き終わると、台帳には拙い字の連なりが出来上がったが、ミカルは字のことには特に言及することはなく、優しく口を開いた。


 「しばらくやってれば色々勝手がわかってくると思うから、そんな感じでよろしくね」

「うん……」


 初めての仕事をまずひとつやり終え、ホムラは小さいながらも今までとはまた違ったやりがいを見いだしていたが、それと同時にふと疑問を抱いたことによって、苦笑いを浮かべる。


 「どうしたの?」

「なんでこんなことをわざわざ神術士に頼むんだろうなって思って」

「たしかにね」


 ミカルはそう言って、ふふっと笑った。だが、そのすぐ後に、でも。と付け加えて少し真剣な表情になって口を開いた。


 「この世界は誰かにとって大切なもので溢れてる。きっとあのお婆ちゃんにとっては、それがたまたま猫だったんだよ」


 依頼の内容は千差万別。だが、依頼する理由の根底にあるのは皆同じ。少しでも幸せになり。ただそれだけだ。


 そして、その手助けをするのが神術士の仕事だと信じている。だからこそ、今自分はここに居る。


 ホムラはミカルの言ったことをよく噛み締め、自分の気持ちと向き合い、ポツリと呟いた。


 「そっか……そうだよね」


 その声がミカルに届いたかはわからない。だが、疑問の答えは自分で見付けることができた。答え合わせをせずとも、もう迷うことはないだろう。


 ホムラは独りでうんうんと頷き、納得した表情を浮かべた。そして、そんなホムラを不思議そうに覗くミカルに屈託のない笑顔を向けた。





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