第6話:仕事の前には朝食を






 人が2人手を広げてもすれ違えるほどの広さが確保されたキッチンの隅っこに、色とりどりの野菜が顔を覗かせる木箱が並べられていた。どれも今朝採れた野菜ばかりで、遠目に見てもその瑞々しさが窺える。


 レーゼはその中からトマトを6個ほど拾い上げると、水で軽く洗って先ほど土を洗い流したキャベツの隣に置いた。


 そして、ナイフブロックに立てられた包丁を手に取って、キャベツをまな板の上に置く。


 まずは丸々1玉の真ん中に縦横と包丁を入れ、4等分に切り分けた後に芯を取り除く。次にそれを2cm程の少し大きめの幅で刻む。


 こうしてできた大量の千切りキャベツは1度ボウルに移し、今度はトマトをまな板に置いた。


 ヘタをとってから、種が飛び出ないように先に刃の根本で切り込みを4つ入れ、それに添ってスライスする。これを手際よく全てのトマトに行う。


 それらの切った野菜はひとまずそのまま置いておき、レーゼは流し台に掛かったタオルで手を拭くと、壁にかかったフライパンを手に取り火にかけた。


 そして、食材の入った箱を覗き込んで横長の小さな箱を2つ取り出す。その箱を開けると、中には5個ずつ2列に並んだ綺麗な白い卵が入っており、明かりに反射して輝きを放っていた。


 2箱計20個全てを割って中身を大きめのボウルに入れると、トングで卵を溶いていく。白身を切るようによくかき混ぜ、いい塩梅の卵液になったことろに塩とこしょう、そして、コップ半分ほどの水を加えさらにかき混ぜる。


 そうしているうちに、フラインパンが温まり卵を焼く準備が整った。調味料の入った棚からバターを取り出し、その二欠片ほどをフライパンに入れ塗り広げる。そして、そこにかき混ぜた卵を投入した。


 焦げ付かないようにトングで軽く混ぜ、ある程度固まるとフライパンを火から離して濡らした布巾の上に置いた。そして、残りは余熱で火を通す。そうして、ふっくらとしたスクランブルエッグができあがった。


 次に、レーゼはみたび箱を覗き込むと、角柱状の紙の包みを取り出した。その包みを手に持つと、まだほのかに残る暖かさとその柔らかさとを感じることができる。


 包みを解いて中身を出すと、香ばしい匂いとともに丸々1斤の食パンが姿を現した。パン切り包丁を手に取ると、端っこを切り落とし、食べやすいように少し薄めにスライスしていく。


 こうして12枚に切り分けると、もう箱から1斤取り出して同様にスライスする。そして、パンの耳を全て落とし、そちらは別で使うため袋に入れて棚にしまった。


 これにて下ごしらえは全て完了。あとはパンの上に食材を配置するのみ。


 レーゼは調味料の棚からマヨネーズの入った瓶を取り出し、スプーンでパンの上に塗り広げた。そこにキャベツを敷き詰め、次にトマトを2枚、スクランブルエッグと順に置いていく。そして、パンをもう1枚上から置いてサンドする。


 これをあと11個分繰り返し、最後に、食べやすいよう半分にカットして2枚の皿に盛り付けた。


 「よし、完成!」


 レーゼは調理道具を全て流しに放り込むと、両手に皿を持って食堂に向かう。


 食堂では、頼んであった荷物運びは既に終わらせたギルドメンバーたちがそれぞれ椅子に腰掛けて談笑したり、何もせずにボーッとしていたり、テーブルに顎を乗せ空腹をさすったりと思い思いに過ごしている。


 「お待たせ~」


 レーゼはそう言うと、数人が談笑するテーブルと腹を抑えて空腹に耐えるホムラと綺麗に整えられた立派な口ひげを持つ男の居るテーブルに皿を置いた。


 「あら、メイいつ来たの?」

「つい今し方だよ」


 ホムラの向かい側に腰掛ける男――メイ・シャイル――はそう言って、七三に分けたオールバックの髪と同じフォギーブルーの口ひげを撫でた。


 「私もいただいていいかな?」

「もちろん」


 メイは嬉しそうに微笑むと、汚さないようにシャツの袖についたボタンを外し腕を捲った。


 「ダイを呼んでくるから先に食べてて」


 レーゼがそう言うと、ホムラはテーブルの天板から顔を離しシャキッと座り直した。そして、待ちかねた美味しそうなサンドイッチに手を伸ばす。


 しかし、その瞬間メイが口を開いた。


 「そういうことなら、私たちも彼が来るまで待とう」


 そう言ってメイは説教部屋に歩いていくレーゼの背を見送った。そして、口の端からヨダレを垂らしながらサンドイッチを見詰めるホムラに視線を移す。


 そうとう我慢している様子のホムラに悪いことをしたと思い、メイは気を紛らわせてやろうと語りかけた。


 「時に、ホムラくんは何故これをサンドイッチと呼ぶか知っているかな?」

「うーん……」


 ホムラは唸りながら、ただでさえ回らない上に空腹で更に拍車がかかった頭を一生懸命働かせる。そして、10数秒の後にようやく1つの回答を導き出した。


 「最初に作った人が3回同じのを作ったから?」


その答えにメイはふふっと笑い声を漏らす。しかし、それは決して嘲笑などではなく、自身では至らないユニークで自由な発想に感心してのことだった。


 「君はいつも面白い考えを聞かせてくれるね。実に刺激になるよ」


 メイはそう言ってホムラの顔を一瞥すると、答えが気になるのか、ホムラはジッとメイの方にその青玉のような瞳を向けていた。


 それを見たメイは、ホムラがまだ興味を示している間に話してしまおうと、勿体ぶらずに口を開く。


 「この国ができるよりも前の大昔に、サンドラウィックという小さな国があった。その国の主要な産業は農業で、国民のほとんどが農家だった。その時代は皆朝から働きに出て、1度家に帰って昼食を摂り、また働きに出るという生活が普通だった。しかしそれでは、限られた時間の中で仕事をしなければならない人々が行き帰りに余計な手間をかけることになる。そこで、何処でも手早く食事を済ませられるように、野菜などをパンで挟んで一緒に食べることが出来る料理が作られた。そして、その料理はたちまち世界中に広がり、"サンドルウィック"の名で呼ばれ、それがいつしか変化して今では"サンドイッチ"と呼ばれるようになったと言われているそうだよ」

「へえ!」


 ホムラは納得といった様子で感嘆の声を上げる。すると、メイはその素直な反応に満足しニッコリと微笑んだ。


 「さすがは男爵の息子。博識だな」


 突如聞こえてきたそんな声に、ホムラは驚いて勢いよく振り返り、メイはホムラの体越しにそちらへ視線を向ける。


 すると、そこには袖のボタンを外し腕を捲ろうとしながら佇むダイと、その背後から肩の上にチョコンと顔を出すレーゼの姿があった。


 「ただの道楽の成れ果てだよ」

「その道楽が人の助けになるんだったら結構なことじゃねえか」


 ダイはそう言ってフッと笑うと、長椅子の真ん中に座るホムラの隣に腰を下ろす。その瞬間、ホムラは音も立てずに椅子の端っこまでスライドして行って、あからさまにダイを遠ざけた。


 それを見たメイは、おやおや。と呟きながら眉を上げ、2人の顔を交互に見回した。そして、その後にソッとレーゼに目配せする。


 すると、レーゼは呆れた様子で肩を竦め、ホムラの反対側の端に座るダイの横っ腹を人差し指でグリグリと突いた。


 「もっとそっち寄ってよ」


 それに対しダイは何か言いたそうな顔でレーゼを見返す。だが、結局は何も言わずに少し腰を浮かして椅子の真ん中に移動した。


 そうして空いたスペースにレーゼがゆっくりと腰を下ろすと、丁度そのタイミングで仕事の準備を済ませたミカルも合流し、ホムラの向かい側に座った。


 「なんか険悪ムード?」

「別に」


 ダイとホムラが寸分も違わず口を揃えたその回答に、ミカルのみならず他の2人まで思わず吹き出し、互いに顔を見合わせた。


 レーゼたちは笑っているが、食ってかかった昨日の今日でこうしてダイの隣に居るのは非常に居心地が悪い。ホムラはそんな風に感じながら、またも鳴りそうになる腹を抑えた。


 すると、ダイはその姿を視界の端で捉え、一瞬だけホムラの方に視線を落とす。そして、それからすぐに口を開いた。


 「とっとと食って仕事を始めるぞ」


 ダイはそう言うと、両方の手のひらを合わせる。それに追従するように、レーゼとミカルも手を合わせ、メイは手を組んで目を閉じた。


 ホムラも慌てて合掌すると、レーゼは小さな子供に復唱を促すかの如くゆっくりと唱えた。


 「それじゃあ、いただきます」


 そうして、一同は一斉に皿へと手を伸ばし、1人一切れれずつサンドイッチを拾い上げた。


 ここまで散々お預けを食らっていた分ホムラの手はひとよりも速く、1番に口を大きく広げた。


 口元まで持ってくると、香ばしいパンの匂いが鼻から脳にまで刺激を行き渡らせ、ますます空腹に拍車がかかる。


 誰に何を言われようとももう止めるわけがない。ホムラは一切の躊躇なく豪快にサンドイッチへかぶり付いた。


 口に入れると、まずトーストしていない食パンのふわふわとした感触が口に伝わる。そこに間髪入れず、粗めのキャベツにザクザクとした食感、そして、トロッとしたトマトがあふれ出し、最後にとどめとばかりに玉子のフワフワとした食感が口いっぱいに広がった。


 玉子本来の味やトマト酸味と甘み、それだけでもサンドイッチの具としては十分に役割を果たせているが、そこに更にキャベツの食感がアクセントとして加わることで最高のサンドイッチに仕上がっている。


 ホムラはあっという間に一切れ平らげると、もう一度皿へと手を伸ばした。


 「どう?美味しい?」

「うん!」

「それはよかった」


 ホムラが屈託のない笑顔で返答すると、レーゼもまたニコニコと笑ってそれに応える。いつもこうして笑顔を向けてくれて、ダイと違って優しくて、おまけに料理が上手い。こんな完璧美人他に居るだろうか。


 自身が置かれた立場に不満はあるが、こんな毎日を送るのも悪くない。


 ホムラは心の片隅でそんな思いを抱きながら、新たに手に取ったサンドイッチに再びかぶり付いた。





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