第5話:最初の仕事






 説教部屋の扉をくぐり抜けると、飛び込んできたのは8人がけの長いテーブルが10台ほど並ぶ大部屋の光景だった。綺麗に磨かれた床が、明かり窓から差し込む光に反射してキラキラと輝きを放っており、その壮観さに拍車をかける。


 説教部屋に出入りすることが多いホムラにとって、ここからの景色は普段から見慣れた物だった。だが、今日に限っては朝イチということもあって人がまだ数人しかおらず、賑わいを見せる普段とはまた少し違った風景に感じられる。


 「ここが受付兼ラウンジ兼食堂の大広間。みんな酒場って言うけど、あくまでメインはお仕事の窓口だからね」


 ミカルはそう言って、両手で大広間を指し示した。


 「しばらくはここがホムラの仕事場だよ」

「ここで何をすればいいの?」

「掃除と食器洗いと受付の手伝い。基本はこの3つだね」


 今朝起きてここに来るまでは、慣れないだろうが多少は面白い仕事があるだろうと期待していたホムラだったが、それを聞くや否や唇を尖らせて不満を漏らした。


 「それって雑用じゃん」


 すると、ミカルはホムラの顔の前でビシッと人差し指を突き立てて、たしなめるように言う。


 「雑用だってやらなくちゃ片付かないよ。誰かがやらないといけない仕事をやる、そういう意味では神術士としての仕事と一緒だと思うよ」

「ぐぬぬ……」


 反論のしようがない正論に、ホムラはそんな声を漏らして奥歯をぐっと噛みしめた。その様子を見たミカルは、フッと笑ってから口を開いた。


 「こういう仕事から色々学んで、それを神術士としての仕事にも生かせるようになったらホムラの成長にもなる。ダイもそう思ってギルドの仕事させようとしてるんだと思うよ」


 ミカルは上目遣いになってホムラを見詰め、ちょこんと首を傾げて見せた。そして、微笑みを浮かべながら優しく声をかける。


 「だから、少しの間だけ一緒に頑張ってくれるかい?」


 そんな顔で見詰められたら断るものも断れない。気が付くと、ホムラは実に晴れやかな表情で大きくうんと頷いていた。


 ミカルは姉であるナルカと違って神術こそ使えないが、人の心を動かす不思議な力を持ち合わせているのではなかろうか。そう思えるほどに、先ほどまで抱えていた心のモヤモヤが綺麗に消え去った。


 すると、気が緩んだせいか、ぐうーという腹の虫の音が静かな空間に鳴り響いた。ホムラは恥ずかしそうに両手で腹を抑えると、少し顔を赤らめる。


 ミカルはそんなホムラの様子を見て、ふふっと笑ってから口を開いた。


 「それじゃあ、仕事の前にまずは朝ご飯にしようか」

「うん!」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、ホムラは目を輝かせた。


 するとその瞬間、エントランスのドアに付いたベルがカランコロンと落ち着いた音を響かせる。開いたドアの前には誰かが立っていたが、パンパンに膨らんだ大きな紙袋を抱えているせいでその顔は見ることができない。


 「みんな~運ぶの手伝って~」


 そう言って、レーゼが紙袋の後ろからひょっこりと顔を出すと、その場にいた数人のギルドメンバーが我先にと駆け寄っていく。レーゼはその中の1人に抱えていた紙袋を預け、腰に手を置いて体を伸ばした。


 その最中で、遠くに佇むホムラと目が合った。嫌予感を察知し、ホムラは咄嗟に目を逸らしたが時既に遅し。レーゼはホムラに届くように少し大きめに声を上げた。


 「外にも一杯あるからホムラも手伝って~」


 ホムラは聞こえないフリをしてそのまま目を逸らしていたが、すかさずミカルがその肩にポンと手を置いてひそひそ声で囁いた。


 「怒らせると1番怖いよ」


 いつも朗らかでマイペースそうなレーゼが怒っているところなど想像も付かないが、今日1番の真面目なトーンでそう言うミカルの言葉に偽りがあるようにも思えない。


 その言葉が現実にならないように、ホムラは肩を落としながら大人しく外へと向かった。


 「ほら、そんな嫌そうにしないの。運んでくれたらすぐ朝ご飯作るから」


 レーゼはそう言うと優しく笑う。こんな顔をする人が怒ったところで頬をリスのように膨らませる以上のことは想像できない。ホムラは、ミカルが言うようなこのギルドで1番怖いという怒った様を見てみたいという好奇心に駆られたが、今はその時ではないとグッと我慢してドアをくぐり抜けた。


 外に出るとすぐ近くに荷車が停まっており、先に出たギルドメンバーが荷物を降ろしている真っ最中だった。ホムラはそのうず高く積み上がった荷物を見て、思わずぽかんと口を開ける。


 ホムラの身長の優に3倍はある高さまで積み上げられた木箱に、大量の金属製の牛乳樽。荷車のポテンシャルの高さも然る事ながら、それなりに距離のある市場からここまで運んできたこと自体に驚きを隠せない。


 「ほら、これ持ってけ」


 上を見上げるホムラのことなどお構いなしに、大柄なギルドメンバーが木箱を手渡した。勢いに押されて何の準備もなく差し出した手に、野菜が入った箱のずっしりとした重さが伝わる。


 「何処に持って行けばいいの?」

「調理場の奥だ」


 最初こそ重く感じたが、慣れてしまえば何のことはない。ホムラは軽い足取りで調理場に向かった。


 調理場には長い髪を後ろで束ねたレーゼの姿があり、今日はレーゼが朝食を作ってくれるようだ。


 「野菜はそこに置いといて。あと、ついでにキャベツ取って」


 レーゼの指差す先には数個の木箱が置かれており、中から大量のキャベツが顔をのぞかせている。ホムラはその隣に持っていた箱を下ろし、隣の箱からキャベツを取り上げた。


 「何作るの?」

「それはできてからのお楽しみ♪」


 レーゼは可愛らしく小首を傾げると、受け取ったキャベツを流しに置く。そして、服の袖をまくって蛇口を捻った。


 「とびっきりのご飯作ってあげるから、ホムラも頑張って荷物運んでね」


 あれだけの量の荷物を見せられてはあまり気は進まないが、とびっきりのご飯とやらに期待して、ホムラはゆっくりと頷く。


 「さあ、行った行った」


 そう言ってレーゼはニッコリと笑い、ホムラの背を押した。





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