死神

 研究が、というか人生があまりにも辛いので外を散歩していたら突然ジジイが運転するプリウスが歩道に突っ込んできて、そのジジイプリウスに轢かれそうになった女の子を庇って飛び出して、気がついたら目の前にヨレヨレのアロハ短パンサンダル男が立っていた。

「やっほ〜、中原君。24年間お疲れ様だったねぇ。」

 初対面なのに異常に馴れ馴れしいこの男はたぶん苦手なタイプだ。こういう男は総じて詳しい事情を何も知らないくせにしたり顔で突然的外れな持論を引用ツイートしてくる。絶対に単芝を生やしてくる。そしてブロックされたらスクショと共に晒しツイートをするタイプだ。一生ROMってろカス。というかこいつなんで俺の名前知ってんの?

「あんた誰ですか?」

 本当は無視したかったし、実際ちょっと無視した。しかしどういうわけか今この瞬間にこの世界で動いているのが自分とあのアロハだけなのだ。俺はいま車道のど真ん中に居て、歩道には今まさに女の子を庇っている俺に突っ込もうとしているジジイとプリウス。全く意味が分からない。俺はここにいるのに俺があそこにいる。しかもこのままだと俺が二人いるとかいう気が狂いそうな状況であのアロハに無限に話しかけられる地獄に突入してしまう。それならまだこいつとなんか話してる方が気が紛れてよほどましである。

「僕は今から君をあの世まで案内する水先案内人だよ〜」

「アジャラカモクレンテケレッツのパー!」パンパン

「こらこら追い払おうとするな。そもそも僕は死神じゃないよ(^^)」

 そうか、こいつは死神じゃないのか。確かにこんな格好の神様が居てたまるか。

「でも、俺をあの世へ連れていくって、死神なんじゃ、」

「君、自分が死ぬのにわざわざ神様が動くほどの大物だと思ってるんだ?」

 男が少しニヒルに笑いながら言った言葉は思いのほか俺の心にのしかかってきた。確かに俺は世間的には優秀な人間だと思う。高校のときは地元の進学校に通っていたし、大学も旧帝国大学理学部。今も大学院に通っている。世間的に見ればエリート様といわれてもおかしくない。しかし、実際のところは地元のヤンキー学校に行きたくなくて何となく受験した高校に受かったから三年間通い、特にやりたいことも無かったからみんなが行く大学を一緒に受験し、就活するのがめんどくさくて何となく大学院に進学したという実に薄っぺらい経歴だ。特に研究したいことがあるわけでもなく、毎週毎週ボスの言った通りのことを実験してデータを出して、ボスがいい感じにまとめたのが修士論文だし、今でも『実験がうまいから』という理由で研究室に残らせてもらっている。

 能力こそあるかもしれないが中身が何もない。やりたいことも無い。使命感もない。友達も恋人もいない。何なら今すぐ死んでも親がちょっと泣くくらいで、あとはボスが実験に困るくらいだろう(そもそもあの研究室は本来は理論の研究室なので実験できなくても大して損害は無い。ちょっと他の研究室まで共同研究を頼むのがめんどくさいという理由で俺に実験をさせていたんだ)。

 「『いまこうして誰かを庇って死ぬんだったらいい人生だったんじゃないか』って、思ってない?」

 さっきまで目の前にいたアロハは気が付けば目と鼻の先にいた。

「さっき急に閻魔庁から君の資料渡されたんだけどさ、君の人生マジのガチで薄っぺらいね。和紙顔負けの薄さだよこれは。職人技だね。昔の田舎とかだとさ、一生畑耕して飯食って奥さんとヤって寝るみたいな人生しかそもそも選べなかったりしてさ、お迎え資料がA4半ピラ一枚だったりしたんだけね。今のご時世でしかも政令指定都市に生きてる人って小学生でももっと分厚い資料貰うよ。逆に何して生きてたらこんな薄さにできんのさ?行きがけに資料読み切れちゃったの久しぶりだよ?」

 さっきからこのアロハがピラピラさせてる就活の資料みたいなのがどうやら俺の人生の記録らしい。え、マジで薄い。俺の申し訳セミナー資料くらい薄い。でもまぁ、確かに言われてみれば自分でこれまでの人生振り返ってみてもあれくらいの厚さになるのかもしれないとも思う。けど、実際に第三者がまとめた俺の人生があれだとさすがに凹む。二時間の映画パンフレットより薄い俺の24年かぁ。

「その、俺の資料っていうのは誰が作ってるんですか?」

「いい質問だね。これから詳しいことは順を追って説明していくけど、大雑把に言うと閻魔様とその部下たちからなるあの世の行政機関、閻魔庁で作成される。」

「閻魔庁??俺、地獄に落ちるんですか?」

 閻魔様といえばだれもが子供の頃に一度はおどろおどろしい地獄絵図を見せられたであろうあの地獄の主である。あの閻魔様のところに連れていかれるのだろうか。確かに俺は善良な市民とは言えないかもしれないけど、だからといって地獄に連れていかれるような謂れもない。でももう死んでしまった今、取り返しがつくものではない。そんな思いが逡巡する中で、またアロハがニヒルに語りかけてきた。

「君さ、人が死んだらどうなると思う?」

 どう思うも何もいまこうして俺は死んでるのじゃないのか?

「天国か、地獄かどっちかに行くってよくみんな言ってますよね。」

「人がどうとかじゃないよ。僕は君の考えを聞きたい。君はどう思うんだい?今まさに死んだところの君は、これからどうなると思う?」

「俺も天国なり地獄なりに行くんだと思います。」

「天国って、どこさ」

「そんなこと俺が知りませんよ。今からあなたがどっちかに連れていってくれるんでしょう?」

「いや?別に?僕の仕事は君を閻魔庁に連れていくまで。そっから先は閻魔庁のお仕事次第、バイトの僕が知る由もないことだし興味もない。」

「閻魔庁ってことはやっぱり地獄なんですよね?」

「君さ、もうちょっと自分の国の土着の生死観に関心持とうよ、一応最高学府の大学院生なんでしょ?市民的エリートがこれじゃあ世も末だよ。」

 言ってることはごもっともである。俺は確かに教養の類に一切の関心を払わずに生きてきたから日本の地獄や天国のことなんて閻魔様とお釈迦様くらいしか知らない。でもなんかこう、こいつの言い方はなんかとてもイラっとする。市民的エリートってなんだよ一応6年大学に通ったけどなんも分からんぞ

「閻魔庁は地獄行決定の人が行くところじゃなくて、日本の死者の戸籍管理を一括して行っている日本冥土の省庁だよ。今から君が行くのは閻魔庁入国管理課だ。君が死後にどういう選択が取れるのかはそこで聞かされる。僕の仕事はそこに君を連れていって、閻魔庁の担当者さんに引き継ぐこと。僕に君をどうこうする権限は無いよ。」

「連れていくだけなら、その資料って何のために渡されるんですか?」

「いい質問だね。答えはもう言ってあるよ。」

 は?いまこいつから聞かされたのは閻魔庁とかいう機関のことと、こいつはただのバイトの下っ端ってことくらい。資料を何に使うかなんてことはこれっぽっちも聞かされてない。おいそこのアロハ、そのチックタックいうのやめろ腹立つ。

「ぶぶーっ、時間切れです。正解はここ。」

 アロハが手に持っているスマホにはどういう原理かさっきまでの俺たちのやり取りが映されている。

「『僕に君をどうこうする権限は無いよ』。ここ、ここね、これが答え。あ、ちなみにこれは浄玻璃アプリといって資料のここ、君の名前の横にあるQRコードを読みこめば君の人生を映像で振り返れる便利アプリだよ。ちなみに君の人生はデータ容量で言うと大体4MBくらいだね。」

 正直もう資料とかどうでもよくてその浄玻璃アプリの方が気になるが。それはそれとして

「『いまのがなんで答えになってるのかさっぱりわからない』って言いたげな顔してるね。」

 このアロハはなんでさっきから俺の思考盗聴ができるんだ。頭にアルミホイル巻かなきゃ。

「経験積むとね、割とわかってくるんだよ。大体みんな考えること一緒だし。さて、話を戻そう。いま再生した通り、僕に君をどうこうする権限は無い。これは君を地獄送りにするのかどうかってだけでなく、すら僕の一存ではどうこうできないってことなんだ。だから君をその気にさせて自分の足で閻魔庁まで出向いてもらわないといけない。そのためにこの資料だったり浄玻璃アプリなんかを使って説得するんだ、『僕と一緒にあの世に行きましょう』ってね。」

「じゃあ、もし僕がここから動きたくないって言ったら、」

「いわゆる地縛霊ってやつになるね。気が済むまでここにいられるよ。その代わり、とってもツラいよ。誰も君に気づかない、たまに気づく人は汚物を見るかのような目で君を見る。お腹も減らない、眠くもならない、何も変わらない、何も感じない。人と違って魂の時間は際限なくあるからね。ここに居座るのならその恒久な孤独の時間を人間の時間感覚で過ごし続けないといけない。」

 昔、何かの漫画で読んだことがあるのを思い出した。不老不死を願う男が、不老不死ゆえの永遠の孤独に耐えられなくなる話を。当時はその恐ろしさがよくわからなかったが、今まさに自分の目の前でその男と同じ道を選ぶ権利が提示されていると思うと急にその怖さがリアリティーを帯び、身に染みてくるように感じた。

「そしてここが大事なポイント。一度僕たちの案内を断れば基本的には二度と迎えは来ない。僕たちも暇じゃないからね、こうして君と話している間にも世界のどこかで何人もの人たちが僕たちの迎えを待っている。もし気が変わって閻魔庁に行きたくなったら自力で道を見つけるか、怨霊になるとかして閻魔庁から死神を派遣させるかのどちらかだ。」

「ここから自力で閻魔庁に行くのってどのくらい難しいですか?」

 我ながらくだらない質問をしている自覚はあった。簡単ならば態々こうして案内人など派遣されないだろう。だが、難しいだけで不可能ではないのかもしれない。自分もこうしていきなり死んで、はいじゃああの世に行きましょうねなんて納得できるわけない。少しだけでいいからここに残って心の整理がしたかった。

「うーん、昔に民俗学の教授をやっていた人が150年くらいかけて自力で来たことはあったね。でも後にも先にもそれっきり。君くらい何にも知らない人はほとんど全探索で道を探すしかないからなぁ、太平洋に落とした砂粒を一年後に泳いで探すくらい難しいよ。まぁ、時間は無限にあるんだし不可能とは言わないけど。」

 想定よりもずっと絶望的な答えが返ってきて唖然とした。それは余りにも無理すぎる。唖然としている間に余計に絶望的な答えが続いた。

「あ、あとね、うっかり多宗教のあの世に行ったら不法入国で地獄行き確定だから気を付けてね。」

「は?他宗教のあの世って何ですか?」

「あれ?言ってなかったっけ?あの世って思想信条の数だけあってね。君はいわゆる日本の無宗教だから閻魔庁の管轄に入ってるんだけども、うっかり教皇庁とかの管轄に行っちゃうと異教徒認定からの地獄行確定だから。そこまで行くともう閻魔庁も介入できないからね。お気の毒だけど。さっき、『人が死んだらどうなると思う』って聞いたのは宗教宗派の確認。他ではやらないとこもあるんだけど閻魔庁は親切設計なので間違いが起こらないように確認するんだよ。まぁ、もし他宗教の人を捕まえちゃっても手続きの下で担当宗教へ引き渡しだから何にせよ閻魔庁には連れていくんだけどね。」

「なんか訳わかんなくなってきたんですけど、とりあえず僕はあなたについていけばいいんですよね?」

「それも君の自由。僕のことなんて無視してもいいし、大人しくいうことを聞いてくれてもいい。何なら冥土の土産に僕を生前の思い出の地へ連れまわすことだってできるよ。僕は特別な権限も技能も無いから基本的には死者の意思を最大限尊重していい気分になってもらうことであの世へ行く決心を固めてもらう方針でやってるんだ。君は運がいいね、僕はかなりのアタリ案内人だ。」

「ということは、あの世に行く前にもうちょっとだけここに居たいって俺が言った場合には、一緒にいてくれるってことですか?」

「いいよ、それで閻魔庁まで来てくれるなら。ちなみにこのバイト出来高じゃなくて時給制だからできれば長めにのんびりしていただきたいね。」


―――


 俺の今までのぺらっぺら人生で、仕事とはいえ俺のことをこんなにも気にかけてくれた人は初めてだ。最初は嫌いなタイプだと思っていたけど、この人と一緒にいるのはなんだか悪い気はしない。

 親はよく言えば放任主義、悪く言えば全くの無関心だ。曾祖父の代からの名家で、決して富豪とは言えないながらもそこそこの贅沢をしながら生きていくには十分すぎる資産を保有していた我が家では、なんでも我が儘が通った。

 玩具が欲しいと言えば買ってもらえた。お菓子はいくら食べても怒られなかった。高校生の時、お手伝いさんに手を出して相手を妊娠させてしまっても示談ですべて済んだ。愛情を一身に受けて育てられていたと思っていた。

 高3の夏、親が三者面談に来なかった。進路を決める大事な三者面談に来なかった。『担任の先生と本人の判断に一任します』とだけしたためた紙を俺に持たせて、自分の息子の人生の大切な岐路に一切かかわることをしなかった。

 その日の晩、俺は親に愛されてなんかいなかったんだと気づいた。俺を怒らなかったのは怒る気すらなかっただけなんだと。思い返してみれば父さんと休みの日に遊んでもらったことも無い。母さんに絵本を読み聞かせて貰ったことも無い。学校の行事にも一度も来なかった。友達の話を聞くとどうやら他の家庭ではその日に学校であった楽しかった話などを親にするそうだ。俺はそんなこと経験したことなんて無かった。俺の育児は全部お手伝いさんに丸投げで、お手伝いさんも仕事としてやるべき最低限の世話しかしてくれなかった。ただ玩具を買い与えられ、ただ餌付けされていただけだったんだ。


「親の愛を知らない男ねぇ。字面だけ見るとハードボイルドな感じがするけど、実物はこうもパッとしない昼行燈になっちゃうわけね。」

 俺が一人で少し物思いに耽っていると突然アロハが話しかけてきた。

「あんたやっぱり思考盗聴してるだろ」

「バレちったか。この浄玻璃アプリ結構便利でね、実はQRコードを読み込んだ相手の心の声が聞こえるのよ。本人の許可がいるけど。」

 俺はそんなことを許可した覚えはない。

「君の口から同意を得る必要はないよ。この浄玻璃アプリの方から君の心に問いかけて、君の心が受け入れてくれればこのスマホと通信がつながる。要するに君は深層心理では僕に話を聞いてもらいたいって思ってるわけね。」

 そうか、そうなのか。俺はこの絵にかいたような軽薄男を心の内では受け入れてたのか。確かに高校のときも変に真面目そうなやつよりちょっとチャランポランな奴の方が仲良かった気がする。ああいうやつらはいい意味で俺に無関心だ。関心が無いからこそ一番楽しい距離感からそれ以上踏み込んでくることが無い。

「僕も君のこと正直どうでもいいと思ってるけど、君はどうやらそうじゃないみたいだね。おっと今のはライン越えかな?通信が切れちゃった。」

 今、生まれて初めて(もう死んでるが)自分の意思で物事を決めなければならないこの瞬間に、初めて誰かを分かりたいと思い、一瞬でやっぱりいいやと思った。何なんだこのアロハはいちいち腹立つなぁ。

「君さ、もし君が良かったらなんだけど、しばらく僕の仕事に付いて来てみるかい?」

 アロハの口から出てきたのは意外な提案だった。今までさんざん俺に任せっ切りで無関心無干渉だった男からの提案は、俺が今まさに舌先まで出かかって飲み込んだ提案だったのだ。

「え、でもそれって、越権行為なんじゃ、」

「大丈夫大丈夫。さっき言ったでしょ?君を閻魔庁に連れていくためなら何だって我が儘聞くって。もし君が他の誰かの人生を見て回ってから決断を下したいと感じたなら僕はそれに付き合うよ。」

「それなら、じゃあ、付いていきます。しばらくお世話になります。」

「よし、そうと決まればさっそく次の現場だ。次の現場はすぐそこの歩道、君が庇ったはいいけど助からなかった女の子だ。」

「は?はぁ?!」


―――


 俺がアロハと出会ったときには止まっていたはずの時間がいつの間にか再び動き始めていた。『大体走馬灯みたいなことなんだけど、その辺は全部閻魔庁の人がやってるから細かいことは僕もわからん』とアロハが言っていた。この辺りはやっぱり末端のバイトなんだナって感じる。

 忘れかけていたけど俺はあの女の子を助けようとして車に轢かれて死んだんだった。そのうえ女の子は守れなかったらしい。マジで俺の人生しょうもなかったんだな。『いやー、女の子を身を挺して守ろうとするのもそう簡単にできることじゃないよー。立派立派』とアロハは言っていたが、結局守れなかったんじゃ意味がない。ああ、あの歩道で泣いているのがおかあさんなのかな。申し訳ないことしたな。

「ねぇ、君さ、なんでそんな申し訳ない顔してんのさ。悪いのは君じゃなくてあのプリウスジジイなんだよ?あ、ちなみにあのジジイは生前から極悪非道の我が儘放題だったから確定の地獄行ね。あのイカツイお兄さんたちがいわゆる死神、閻魔庁の正規の職員さん。あー、怖い怖い。僕たちバイトもあんまり目に余るようだとあのお兄さんたちと“お話”させられちゃうんだよね。」

 ジジイが突っ込んできたであろう場所には塀に突っ込んで前半分が完全に潰れたプリウスと、その近くで泣いている女の子の母親らしき人、そして血まみれの俺が女の子に覆いかぶさる形で倒れていた。

 少し遠くの方ではカラフルなスーツを着た体格のいい男たちに担がれて運搬されているジジイが見えた。あれがどうやら死神による強制連行らしい。俺はとりあえず号泣している女の子をあやしながら、自分の死にざまを眺めていた。アロハは子供の扱いになれていないのかどうしたものかとオロオロしている。この無能日雇い死神がよ。

 女の子が少し落ち着いてきたあたりでアロハのスマホが鳴った。普段ならめちゃくちゃ嫌であろう本部からの電話に彼は『僕は電話に出なきゃだから女の子の方は任せたよ☆彡』といわんばかりに僕にウインクしながら応じた。俺も別に子守りが上手なわけではないので俺に任せっきりにするのは勘弁してほしい。

 「あー、もしもし。えー、あー、はい。あーはぁ、はいはい、はーい、了解でーすピッ。ねぇねぇ、君さ、生き返れるかもしれないらしいんだけどどうする?いま閻魔庁から電話があってさ、君か女の子かどっちか一人なら現場判断で死者蘇生していいって。」

「は?バイトなのにそんなことしていいんですか?」

「まぁあの世も忙しいからね。できることなら受け入れ人数は減らしたいんだよ。なんかいま君も女の子も魂が飛び出しちゃってはいるけどまだ肉体自体は生きてるらしくて、一人くらいなら戻しちゃってもいいかって感じらしい。んで、どうする?これも最終的な判断は君に一任されている。僕に権限は無いしその子はいま適切な判断能力を持っていない。誰を蘇らせるかは君次第だよ。」

「それは…」

 当然この女の子を蘇らせるつもりでいたが、少し怖くなってきた。僕の一存でこの子の人生を続けさせてよいのだろうか。この子だけでない、そこで泣いている女の子の母親の人生さえ大きく変えてしまう判断を僕が独断で下してよいのだろうか。今まで自分の人生にも碌に責任を負えなかった自分が、いきなり他人の人生の責任を全面的に背負わされる。その重圧は考えれば考えるほどに俺の全身にのしかかり、気づけば文字通り俺は押しつぶされそうだった。

「ほら早くしないと体の方が蘇生許容限界を迎えるよ。ちなみになんだけど、もし君が僕の残りの仕事を引き継いでくれるなら僕を蘇らせることも可能だよ。ただし僕の肉体はとうの昔に無くなってるから僕の魂が君の肉体に入る形になるけど。」

「え?あなたも蘇生対象なんですか?」

「そうだよ。僕も一応元々はこの世界のどこかで生きていた人間だからね。まぁ、あくまでもできるよってだけの話で別に僕としてはどっちでもいいよ。この生活もそこそこ楽しいし、また肉体をもって色々試すのも悪くない。君実家太いらしいから結構楽しめそうだ。」

「その蘇生する人を選ぶのって、」

「ああもうじれったいね、時間ないって言ってるじゃないか。このままだと誰も生き返れないよ。何をうじうじ悩んでるのか知らないけど君はこの子を庇って飛び出してきたその瞬間にこの子の人生の責任は背負ってるんだ。生かして責任を取るのか、殺して責任を負うのか、全部僕に責任を押し付けるのか、今から三つ数える内に決めな。はい、3、2、1、」


―――


 結局俺は女の子に生き返ってもらうことにした。女の子はまだ息があるということを事故現場に駆け付けた救急隊員に伝えられたお母さんは泣き崩れ、もう脈も息も完全に無い俺の死体に『ありがとうございます』と何度も何度も繰り返していた。

「ほら、次の現場があるんだからさっさと行くよ。君はとっとと自分のこの先のことを決めなきゃなんないんだから。あの子は閻魔庁が責任をもって寿命まで保護観察するから心配しないで。」

 自分が決断を下したその事実を十分に消化できていない余韻の中で女の子のお母さんをぼんやりと眺めていた俺に、蘇生に関する諸々の報告を電話で簡単に済ませたアロハは急かすようにして言った。このアロハはチャランポランに見えてこんなにも辛い決断を何度も下してきたのだろうか。

「僕は君たちの判断に従って手続きをするだけだよ。すべては君たちの判断次第だ。まぁ、直接実行に移すのは僕たちだから無関係とはいえないけどね。」

「…あの、もしよかったらなんですけど次の現場の行きがけにあなたのこと色々聞かせてもらえませんか?名前もまだ知りませんし、生前のこととか死んでから今までのこととか。」

「いいよ。同行の目的は他者の人生を色々知ることだったものね。一番身近な僕から話を聞くのはごもっともな話だ。あ、そうだ、地獄銘菓のシベリヤ食べる?別に地獄の特産ってわけじゃないんだけどね。閻魔庁の地獄土産コーナーに何でかあるんだけどヨーカンは濃厚カステラはふわふわでめっちゃうまいよ。」

「これ、なんでシベリヤって名前なんですか?ウマウマ」

「え、知らん。」

この無能末端日雇い死神がよ。

「聞こえてるぞ。」

知ってますよ。このシベリヤってうまいですね。

「でしょー?僕の一押し。閻魔庁に就職したら食堂で毎日食べられるよ。」

へー、閻魔庁けっこういいですねウマウマ

「じゃあ、何から話そうか。まず名前からかな。僕の名前はね、」


―――


「君が佐久間君だね、僕は中原。閻魔庁から君を迎えに来たよ。とはいってもただのバイトだけどね。さて、何から説明してほしい?あ、シベリヤ食べる?これから沢山説明するから甘いもの食べて頭働かせていかなきゃね。」

 

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