第4話

「映画って本当に久しぶりだなぁ」

 ギリアムはミリイと一緒に列車に揺られていた。ギリアムの鞄には映画のペアチケットが入っている。映画館はマイルズにしかないので、そこまで列車である。

 このチケットが手に入ったのはこんないきさつだった。


 ある日、昼食のためフェンテへ向かっていたところ、中から肩を落とした青年が出てきた。何かあったのだろうか。気落ちしている青年を後目に、中に入る。

「ああ、ギリアムさんやん。いらっしゃい」

 ナルルは憮然とした表情で手元の紙切れを眺めていたが、ギリアムを見つけ、紙切れをしまった。

「どうかしたのか?」

「ああ、さっきの兄ちゃん、すれ違うたんやな」

 ナルルはため息をついて、苦笑いを浮かべた。

「その反応だと、いいことじゃなさそうだな」

「ああ。さっき出てった兄ちゃんから、これ貰てん」

 ナルルが紙切れを出す。その紙切れは、映画のチケットであった。それも、ペアチケット。

「デートのお誘いじゃないか」

「やと、ええんやけどなー」

「そうじゃないのか」

 ナルルはもう一度、大きなため息をついた。

「いや、解っとんねん。ウチを誘おうとしとったのはな」

「じゃあ、デートじゃないか。悪そうな男には見えなかったが」

「いや、悪い子やないのは知っとるの。言わへんのよ。ウチを誘いたいのか、そうじゃないのかって。あーでもない、こーでもないって、まどろっこしい」

 そうは言うものの、ナルルの表情はまんざらでもなさそうだ。

「ええ子やねん。ええ子やねんけどなー」

「もう一押し、ってところか」

 ナルルが恥ずかしそうに笑った。どうやら脈はあるようだ。頑張れ、名も知らぬ青年。そう思った。

「まぁ、せっかくやし、ギリアムさんにあげるわ。ミーちゃんと行ってきぃ」

「いいのか、彼と一緒に行かなくて」

「あの子がちゃんと誘ってくれたらな。映画はその時のお楽しみにしとくわ」


 というわけで、ナルルがチケットを譲ってくれたのだった。ミリイを誘ってみたところ、彼女は大喜びして、今日までずっとハイテンション。これだけ喜んでくれたのなら、誘ってみた甲斐があった。

 マイルズに着いてみれば、映画の上映時間までにはまだ時間がある。それまで食事でもしようと思い、二人でマイルズをぶらついていると、声をかけられた。

「もしや、ギリアム伍長では?」

 声のした方向に振り向くと、そこには見たことのある男がいた。30半ばに見え、耳が尖っている、精悍な男。エルフの男だ。

「……中佐」

 マレット。軍の参謀でありながら、前線にちょこちょこ顔を見せていた変わり者。頻繁に前線に顔を出す将官は兵卒から好かれるものだが、彼もその例に洩れなかった。顔を出すだけでなく、共に銃を撃ち、穴を掘り、前線の不味い飯を食べていった。ギリアムがいた戦線の士気が低くなかったのは、彼のためでもある。打算から来た行動だったとしても、彼のために働くのは悪い気はしなかった。

「こんなところで、奇遇だね。隣の可愛らしいお嬢さんは、ガールフレンドかい?」

 ミリイをちら、と見る。彼女はまんざらでもなさそうだ。まったく、わかりやすい。

「彼女は幼馴染ですよ。今日は映画を」

「なるほど。邪魔しては悪いね」

「お兄ちゃん、知り合いなんでしょ? あたしのことは気にしなくていいよ。向こうで待ってるから」

 ガールフレンド呼ばわりされたのが嬉しかったのだろうか。ミリイは機嫌良さそうにマレットへお辞儀すると、少し離れたところに移動していった。

「気が利く子だね。せっかくだし、少し話そうか」

「それは昔話でしょうか?」

「いや。近況をね」

 マレットが煙草を差し出してきたので、1本貰う。久しぶりに煙草を吸った。そう、戦場以来。元々喫煙の習慣は無かったのだが、戦場のストレスは極めて大きく、たまに配給される煙草に手を出すのは自然な流れであった。味が良い。恩賜の煙草か。

「物騒になってきたよ。というのも、政治家の先生はあの戦争の結果を軍部の無能に求めている」

「……否定できますか?」

「その意見は耳が痛いね。我々はベストを尽くしたつもりだったが」

「中佐に言ってるんじゃありません。一度も戦場に顔を見せなかったような人に言ってるんですよ」

 司令部が出す命令といえば、突撃、突撃、また突撃。無能の誹りを受けても、それは否定しようがないだろう。だが、マレットはよく動いてくれていた。無謀な命令に対して上層部に啖呵を切りに行ったという噂も聞いている。そんなことをしても、経歴には何のプラスにもならないだろうに。

「若手士官を中心に軍部には不満が広がっている。……君のことも後を引いているよ」

「よしてください。あの時のことは思い出したくもありません」

 終戦前の出来事。ギリアムが右脚を失った理由。

「あの件を責めるどころか、闇に葬ろうとした政府のことは許せん。それは、我々全員の意思だ」

 マレットの表情は険しい。

「……何か、大それたことを考えられてませんか?」

「さぁね。……時間を取らせて悪かったね。これで彼女と美味しいものでも食べるといい」

 マレットが財布から紙幣を何枚か取り出す。安くはない金額だ。

「そんな、悪いですよ」

「何、再会の祝いだよ。……あと、これは私の連絡先だ。何かあったら、連絡してくれ。力になるよ」

 紙幣の間にはマレットの連絡先が書かれた名刺が挟まっていた。受け取っておく。

「それじゃ。映画、楽しむといいよ」

「ありがとうございます。中佐こそお元気で」

 マレットに礼をして、ミリイのほうに向かう。

「お話、終わった?」

「ああ。食事代をくれたよ。美味しいものでも食べようか」

「え、本当? なんだか悪いなぁ……」

「中佐は人になにかしてあげるのが好きなんだよ。厚意はありがたく受け取っておこう」

「それもそうだね。映画、観た後に行こうか」

 ミリイと一緒に映画館に向かう。マレット達が何を企んでいるのか、ギリアムには関係のない話だろう。物騒なことにならなければ、それでいい。彼に協力するつもりはないし、利用されるつもりもない。

 そう、この体が動くうちは。

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