オムライスを食べよう
俺とエミリーは、ひとしきり喧嘩して疲弊してしまった。
「はぁはぁ……」
「ふぅ……」
荒い息を吐いていたら、横で、
「香田……まるで盛りのついた猫みたいな女……。わがままボディ……、おっぱいで人を誑し込む真性の童貞殺し。誑かすだけ誑かしてヤり捨てる。男なんて、所詮いっときのディルドとしか見ていない。松尾も松尾、さっきからいちゃいちゃいちゃいちゃ、おっぱいに目が無い、節操のない真性の童貞。誑かされるだけ誑かされて捨てられるのに、所詮いっときのオナホと戯れすぎ」
透子が虚ろな目で言葉を発している。どんよりしたオーラを身に纏っていた。
俺とエミリーはくわっと透子を見て、
「誰が童貞キラーよ! 失礼しちゃうわね! というか最後やめなさい!」
「誰が童貞じゃい! 失礼すぎるわ! というか最後やめろよ!」
エミリーと同時に俺がそう叫ぶと、エミリーと透子が振り向いて俺をじろっと見た。
「え? あんた童貞でしょ?」
「童貞違うの?」
「おい、急に団結するな! 言えるわけねえだろ!」
俺は全力で黙秘した。
それからややあって。
透子はキッと俺を見る。
「ねえねえ」
ぐいっと袖を引かれる。見やると、透子が上目遣いで俺を見ていた。
「松尾、そろそろお礼させてよ」
言って、俺の胸に飛び込んでくる。
それから、うるんだ瞳で、
「お願い」
とまで言われてしまうと、俺は頭をかきかき、でへでへするしかない。
「なにヘラヘラしてるのよ!」
エミリーに耳を引っ張られる。
「あいた! エミリー、てめっ!」
俺が反射的にそっちを向くと、エミリーは思いの外、真剣な表情をしていて、
「私だって、透子を助けてくれたことは感謝してる、してるけど、それとこれとは別なの! ふしだら!」
早口で捲し立てる。せっかく途中まではジーンと来ていたのに、最後の言葉で冷や水を浴びせられた心持ちになった。
「悪いかよ! 同棲してるんだからセーフだろ!?」
俺は声を荒げてそう返す。続けて、
「同棲しているんだからこれくらいしてもいいんだぞ!」
とも返す。
「はぁ!? あんた透子の親代わりって言ってたじゃない!」
エミリーに詰め寄られて、俺はそれを言われるとしんどいという気持ちを押し殺し、しらを切る。
「記憶にございません」
「それずるいわよ! 記憶あるんでしょ! 嘘発見器に掛けてやるんだから!」
「やれるもんならやってみろ!」
エミリーに俺が啖呵を切る。
すると袖を強く引かれた。見やると、
「……松尾」
透子がとても悲しそう顔をしていた。そして彼女は呟いた。
「喧嘩するほど仲がいいって言うし、そんなに香田が好きなんだね……」
「おっと、透子ちゃん、ごめんな、エミリー黙らせて今行くから!」
「大きく出たわね! やれるもんならやってみなさいよ!」
またしてもヒートアップしていき――
「……はぁ」
透子が重たいため息を吐いた。
俺とエミリーは、はっと振り向いた。
透子は幽鬼のように何処かへ向かってゆく。
俺とエミリーは頷き合い、ひっそり後を付ける。
透子は洗面所に入り、剃刀を手に取った。そしてそれを腕に当てようと
「やめろぉ!」
俺は慌てて飛び出した。透子の華奢な腕を掴んだ。剃刀を奪い取る。
「だって、松尾が、私、あんだけ頑張ってお願いしたのに、また香田といちゃいちゃしだして……」
「悪かった! 悪かったよ!」
「どうせ私なんてどうでもいいんだよね……。価値のない人間だもんね」
「そんなことはないぞ! どうでもいいなんて微塵も思ったことないぞ!」
「そんなことはないわよ! 大切に思ってるわ!」
俺とエミリーはそれぞれ透子の片方の手を己の両手で包んだ。
透子ははっとし、俯いた。
「ごめん。ちょっと落ち込みすぎたみたい……」
ぼそぼそと言う。
そしてとても穏やかな目でエミリーを見て、
「香田がそんな風に思っていてくれたなんて……」
言われたエミリーははっと息を飲んで、ぼっと赤面した。
「ち、違うわよ……」
「……違うの」
透子は肩を落とした。
「……違わないわ」
邪魔だとばかりにドンッと俺が弾かれる。「いってぇな、おい」
そんな俺を完全に居ないものとし、エミリーは透子の両手を取って自分の両手で包み込んだ。
そして真摯な瞳をして、切迫した調子で言った。
「ずーっと仲良くしたかったの!」
透子は目を大きく見開いた。
「えっ」
と声を漏らし、目をぱちぱちと瞬く。
そしてエミリーに、
「私、本気なの!」
とまで言われると、すぅーと息を吸った透子も真摯な態度になり、
「私、同性愛者じゃないの……。ごめん、答えてあげられない」
心底申し訳なさそうにそう答えた。
「ちっがーーーう! そういう意味じゃない! お友達、お友達よ!」
透子は首を傾けて、
「つまりお友達から始めようってこと……?」
「絶対なにか勘違いしているわよね!」
「……くす」
透子はからかっていたらしい、片手で口元を抑えながら、もう片方の手を差し出した。
「よろしくね」
「……まったく。まあせいぜいいいお友達を目指しましょう」
握手をする。ここから二人の友情が始まるのであろう。
「うん。LINE交換しよう」
「ええ」
LINEを交換する二人を尻目に俺はパンツをびよーんと伸ばしていた。それは脱衣かごに入っていた。まだほのかに温もりを感じる。……くんくん。スメルでは持ち主がわからんな。
そして俺はさらに発見した。
「なんでこんなところに大量のパンツが……?」
とりあえず直前まで触っていたパンツを頭に被り、それら別のパンツを覗き込んで一枚一枚、広げていく。くんくん、くんくん。
「松尾……、それ私の……」
「ちょっ……松尾……」
俺はパンツをまた顔に近づけようとしてはっとした。
「え……! す、すまん!」
「このむっつり! 惚けたふりして正気でやってたんでしょ! 通報してやるわ!」
その通りです。今のは演技でした。
俺は観念して白状する。
「……見えるところに置いてあったから、つい」
「つい、でましたー! 犯罪者はいつもそう言うのよ!」
「俺が全面的に悪かった。カラフルな縞パン見てたら興奮してしまったんだ。あまりにもずりネタだったから、味わおうと……」
「何でも正直に言えばいいってもんじゃないのよ! 最低!」
エミリーからの好感度が下がって
「松尾のエッチ……」
赤い顔でぼそっと呟いた透子が俺に近寄ってきて、耳元で囁く。
「どうだった……?」
「ど、どうだったって……」
「感想求む」
「透子ちゃん……、スケベだね……勝手に匂いとか嗅いじゃってごめん」
「お兄ちゃんもそう言ってた」
俺は、はっと息を飲む。
「松尾はお兄ちゃんみたいにならないでね……」
透子の懇願に俺は頷いた。
当たり前だ。佑久みたいに強姦だけはしないぞ。透子のパンツを感じてパンパンな俺が言っても説得力がないだろうが……。
なお、パンツは目の毒なので布を掛けておいた。すると神聖すら感じたので拝んでおいた。
その後、もちろんエミリーにしごかれた。具体的に言うと、倒されてナニをぐにぐに踏まれた。ヤバい、いっぱい射精ちゃううう。
というわけで、やむなく俺は風呂に入った。透子が入った後らしいが、特に何も感じなかった。妄想ははかどったが、それだけだ。……おかしい。
図々しい事に俺の次はエミリーが入るらしい。エミリーの家は近いらしく、着替えまで持ってきていて、洗面所の外で待機していた。
「覗くんじゃないわよ!」
「覗かねえよ!」
というか、透子が見張っているから覗けねえよ!
エミリーが風呂から上がってきた。湯上がりのエミリーを見て、俺はドキリとする。しかし、なんちゅう格好だ……。
呆然と見ていると、
「……松尾」
すぐさま透子に見咎められた。何故か腕に抱き付いてきている。胸を当てられると興奮してしまうじゃないか。ただでさえ、メイド服なのに。
「何、いちゃいちゃしてるの!? 離れなさい!」
すかさずエミリーが文句を言う。
「香田には関係ない」
「確かに関係ないけど! ああもう!」
エミリーが錯乱する。透子が俺の胸で勝ち誇り、にやりと微笑んだ……ような気がした。エミリーに気を取られて、よく見ていなかったからわからないが、果たして……。
そして、まもなく透子は言った。
「じゃあ、そろそろオムライスを」
「ああ……」
切り替え早いな……。
そういうわけで、いよいよ透子の手料理タイムである。
「ようやくお礼が出来る。二人のせいですっかり遅くなってしまった。今、作ってくるね」
と言って、用意しにキッチンへと向かう透子に謝罪したエミリーと顔を見合わせ、その後をつける。
予め作っておいたのかケチャップライスを用意した透子は卵を持って、コンコンし、片手で割った。――偶然ではない。力の入れ方を熟知しているようだった。あれは慣れた手付きだ。
フライパンを熱して、卵をささっとときほぐしながら混ぜた。そして油をひいたフライパンで手早く行い、簡単にとろとろに仕上がった卵を作り上げる。それをさっとケチャップライスに乗っけた。完成だ。
透子が気づく前に俺とエミリーは退散する。
「透子、なかなかやるわね……」
「だな。料理できるとか充分価値あるじゃねえか……」
「は?」
「なんでもない。ただの独り言だ」
「……そう」
俯いてボソッと呟いたエミリーは何かを察したようだった。
そうして、透子がオムライスを持ってくる。
ケチャップでハートを書いてくれ、「おいしくな~れ」なんて両手でハートを作って愛情を注入していた。サービスいいな。しかし棒読み無表情である。それでもきっと愛情こもってるだろう。
ところで、
「そっちのオムレットは?」
「デザート」
「そっか」
「そんなことより……」
さっきから透子にじっと見られている。俺に、早く食べてほしいのだろう。
なのでとりあえず食べてみることに。お手並み拝見というやつだ。見るからに美味しそうではあるが、味は如何ほどのものか。
掬い、もぐっといってみた。
「――ほお」
俺は感嘆の息を吐いた。透子を見て伝えてやる。
「ウマいな。やるじゃないか」
――ふわとろの卵に色々具材の入ったケチャップライス。
俺の舌が絶賛していた。
手を伸ばし、透子の頭を撫でてやった。
「……うん」
透子は俯きがちにぼそっと言った。透子のやつ照れてやがるな。
俺と透子がいい雰囲気を醸し出していると、横から空気の読めないエミリーが口を出す。
「てか、私の分のオムライスないじゃない!」
確かに、エミリーの分はなかった。
すると透子がぽつりと言った。
「浮気相手にまで料理を作る彼女はいない」
「あんたねぇ!?」
声を荒げてそう詰め寄ったエミリーは、続けて疑問を口にした。
「ならなんで、私が風呂から上がってくるのを待っていたのよ!」
「嫌がらせ」
「透子ぉ!」
エミリーはがんとテーブルに額を打って、そのまま頭を抱えてしまった。……あぁ、可哀想に。
てか、さっき友達になったんじゃなかったっけ……?
透子がエミリーに意地悪なのは、きっと俺がエミリーに構うせいなのだろう。少しだけ責任を感じた。
仕方ないので、エミリーに俺のを分けてやるか。
「おい、エミリー」
「なによ?」
――と、その前に、
「はい、あーん」
からかい混じりに俺はやってみる。
「あーん。――うんっ。美味しい! 透子、料理うまいのねっ!」
――ちょっ。
あまりにも自然体でビビる俺。
「なにこれ、あてつけ……」
透子がぷるぷる震えていた。
その後、ご機嫌を取るためにオムレットも少し食べた。ウマいのだろうが、甘いものが得意でない俺は上手く称賛することが出来ず。透子の機嫌を余計に損ねてしまった。
一方、エミリーはオムレットを大絶賛していた。「これは売れるわ!」と言って太鼓判まで押す。「大袈裟……」と苦笑いしていた透子は内心喜んだようだが、少し不服そうでもあった……。
二人が完全に仲良くなるまでは、まだまだ遠そうだ。今は、エミリーの一方通行気味であるゆえに。
今後も見守っていこう。
「というか、着替える。ご飯も作ったし」
「メイドさんはもうおしまいか、残念だ」
「最初はとんでもない格好だと思ったけど、実際可愛かったわ」
エミリーも名残惜しそうだった。
「コスプレをとんでもないって言うなよ。コスプレイヤーに失礼だぞ。とんでもないのは佑久だ」
「確かにそうね。ただ普段する格好じゃないことは確かなはずよ。佑久ってほんとろくでもないわね」
「どうだかな。俺は今回ばかりは佑久に称賛を与えたい」
「あんたも大概ね」
「……心外だ」
俺たちが議論している隙に、透子がメイド服を脱いでパーカーを被っていた。死角で着替えたらしい。……くそぅ、見逃した。
そんなこともあり、「まだ眠るまで時間あるし遊ぶか」「いいわね」「賛成」ってことになって、俺たち3人はその後ジェンガをして遊ぶことに。それは消去法で決まった。最初はトランプで大富豪にしようとしたが、透子が悲しそうな顔でルール知らないと言うから配慮したのだ。ならゲームをするというエミリーからの案もあったが、透子はそもそもどうぶつの森専門らしいし、エミリーはツムツム、ぷよぷよ、テトリスだ。そして俺はテーブルゲーム以外は門外漢ときた。
俺は、皆で出来るのはテーブルゲームだ。と思い、提案していく。しかし将棋も囲碁も通らず、「お前らそれでも日本人か」と言ってやったら、「……爺臭い」だの「今時のJKはTikTokよ」等と散々なことを言われてしまう。――てかTikTokってなんだよ?
ならばと自棄になってジェンガを俺が提案したら、すんなり通った。二人とも一度はそういうのもやってみたかったらしい。「トランプはなんか定番すぎて飽きが……」とはエミリーの談だ。
というわけで始める。
俺、透子、エミリーの順番だ。
エミリーが透子にしてやられて、透子がくすっと笑う。エミリーも次こそは。と意気込んでも、透子の仕込みによりまた負けてしまう。
俺もエミリーの前にやらせてもらったりして虐めてやった。ははっ。とても愉快。
そんなこんなで何回も繰り返しやった。毎回同じような流れだったが、ワイワイ出来て楽しかった。
ゲームを終えると、ふと、
「そういえば松尾って名前なんて言うの?」
エミリーに聞かれた。
「今さらかよ。昇だよ、昇。上昇の昇の字」
「の……」
と呟く透子。
……ぼるは何処いった?
と思ったら、ほんの少し透子の顔が赤くなっている。
ははーん。さては名前を呼ぶのが恥ずかしいんだな。ういやつめ。俺はもう透子の名を呼ぶの慣れたぞ。
そんなことを思っていると、横からため息。
「あんたの株は下降していってるけどね。顔だけはそこそこなのに、中身が残念」
やれやれとばかりに肩を竦めるエミリー。
「じゃあなんでそんな姿晒しているんだよ。気を許している証拠じゃねえか」
「鋭い指摘」
透子がぽつりと言った。
「てか顔は認めてくれてるのな」
「……ぐぬぬ」
エミリーは真っ赤になって俯いてしまった。なにも言い返せないようだ。一本取ったぜ。
そうやって終始和やかに団欒していた。
そうして。
そろそろ眠くなってくる。
「そういえば寝る時どうする?」
「別に床でいい。布団あるの?」
「ないな……」
「だと思って、家から布団持ってきた」
と言って、俺のベッドの傍に荷物の山の中から自らの布団を持ってきて並べた。
「どうやって家から持ち出したんだ?」
「背中にロープで括り付けて」
「無茶するなぁ……」
そこで俺は疑問に思う。
「何故、ロープがある?」
「お兄ちゃんの部屋にあった。用途はおそらく……」
「あんにゃろう……」
佑久の株がまた下がった。
「佑久、コロス……ゼッタイコロス……」
エミリーはぶつぶつ呪いの言葉を吐いていた。
またもや佑久の寿命が縮んだ。
それはさておき、布団を敷いた透子が「やっぱり」と呟いた。
「どうした?」
俺が問い掛けると、
「せっかく布団を用意したのだけど、今日だけは一緒の布団がいい。お願い、松尾のベッドに入れて」
おねだりしてくる。
俺はたじたじだ。
「えぇ……困っちゃうなぁ……」
頭を掻きながらそう言うが、言っていることとは真逆にたいして困っていないのが実情だ。透子も不安なのだろう。
「いいぞ」
仕方ないから即答してやる。あくまでこれは仕方ないんだ。
そんなことを話していると、エミリーが突然、
「私も今日泊まるわ!」
なんて言いやがる。格好からしてその気があったようだが、改めて言われると、噛み付きたくなる。
「はぁ!? どうしてだよ!」
「どうせ何かあったら捕まるのは松尾だし問題ないわ」
「大有りだよ! ダボが!」
「……淫らなことしなければ平気だよ。たぶん」
透子が言う。
そうして、なし崩し的に始まるお泊まり会。
俺と透子は同じベッドで眠る。透子は「今晩は松尾と寝るからごめんね」と、家から持ってきたというロップイヤーのウサギのぬいぐるみを枕元に置いて、布団に潜ってきた。いつもはぬいぐるみ抱いて寝ているのか。……可愛いな。
「少し狭くなったが、まあギリいけるな」
俺は、女子高生と同衾なんて寝付けるだろうか……。とか思いつつも、くっついてくる透子に鼻の下を伸ばしていた。明日はきっと寝不足だ。
やらしいことをするつもりはないが、ちょっとくらい触ってもいいだろう?
――しかし、それは叶わない。
そこにお邪魔虫がいるからだ。
エミリーは不寝の番をすると言って聞かなかった。
「松尾が透子に手を出さないか。見てやるわ」
俺と透子を視界に入れ、椅子に腰掛け、むんずと腕を組んでいる。
そんなエミリーは何故か透子の持ってきたプリモプエルを膝に乗せていた。が、奴はすぐおやすみと宣い、むにゃむにゃと寝息を立ててしまう。エミリーがガクッときていた。エミリーはプリモプエルをやむなく透子の布団で寝かせた。
「出鼻を挫かれたわ……」
ざまぁ。と心の中で俺。
といった感じで、俺はちらちらと横目でそんなエミリーの様子を伺っていた。
エミリーはだんだんとうつらうつらしてきたのか、軽く前後に揺れて
やったぜ。エミリーはガクンと寝落ちした。
暫く、熟睡するのを待つ。
トイレに目が覚めた体を装った俺は、確認をしにいく。
エミリーの顔を見ると、やたらとニマニマしている。実は起きているのかと思い、ぎょっとした。一応顔の前で手を振ってみたが、これでも寝ているようだ。……ホッとした。
とりあえず風邪を引いてはいけないので膝掛けを掛けてやった。
布団に寝かせてやろうかとも思ったが、勝手に身体に触れたら怒られそうだ。
にしても、寝顔を見ていると、ぶっかけたくなるな。
……あ、尿意が。あくまで装うつもりだったのだが本当にいきたくなった。
そんなわけでトイレに行って戻ってくる。
すると、エミリーが、
「松尾……、ちんちん」
ナニか言ってる。犬の芸のことだよな……? 俺を犬みたいにしつける夢でも見てるのだろうか。夢を見ている時まで失敬な奴だ。……試しにしつけられてみたい。
そんなこんなで俺がこれで透子にお触りし放題だぜ。と透子に触りながら寝ようと布団を捲ると、透子の目が空いていた。うお、起きてたのか。
不安げな表情を浮かべた透子が言った。
「松尾、なんで居なくなったの……」
「トイレで……」
「私も行きたい。連れてって」
「お、おう」
手を繋いで、寝ぼけているのか足取りが不安定な透子をトイレに連れていく。
その後、ベッドに戻り、べったりくっついてくる透子を撫でながら寝かしつけてやる。
透子がすぅすぅと寝息をたてる。
さて今度こそ寝るか。
……なかなか眠れん。
透子と密着しているせいだ。
ドキドキしてしまう。
気付けば透子がビクビクと震えていた。
「お兄ちゃん。やめて……」
もごもごと呟いた。悪い夢でも見ているのだろう。佑久め。
すると、透子がパチッと目を覚まし、
「松尾、ぎゅってして……」
甘えてきた。
「おー、よちよち、透子ちゃんは甘えん坊でちゅね~」
俺は透子を抱いて、いっぱい愛撫してやった。
透子は顔を赤くしたが、満足したようでまた眠りに就く。
やがて幸せそうな表情で眠った。
透子を胸に抱きながら、思い返す。
今日は一日、色々あった。透子と出会い、エミリーとも出会った。自殺しようとしていた透子にとっては佑久のせいで人生最悪だろうが、俺にとっては、人生最高の日であるといっても過言ではないかもしれない。
そんなことを考え、俺は眠る。
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