飛び込みJKの身辺整理
「お前のせいで母さんは死んだんだ」
ある日、お父さんが言った。
最初はその言葉の意味が分からなくて、なんでそんなことを言うのか疑問に思っていた。
けれど、やがてその意味が分かるようになった。
私は母親が命がけで生んだ子供なのだ。
それから私は考える。
いったい私は、どうして生まれてしまったのだろう。
私に、母親の命と引き換えにしてまで生まれる価値はあったのだろうか。
私の価値はなんだろう……?
じわじわと胸の辺りが黒いもので覆われてゆく。
そんな錯覚をした。
――夢の中で透子の心はどうしようもなく虚無感に包まれていく。
「透子たん、透子たん」
身体を揺すられる。
「う……うう、」
私は呻くような声を発す。
「そろそろ起きないと学校に遅刻しちゃうよ」
いい加減に起きる。
起こしてくれたのはいつものように、お兄ちゃんだ。
「……お兄ちゃん、おはよう。まだ眠い」
ふと夢を思い出してしまう。
とても悲しくなった。
「嫌な夢でも見たの?」
「……ぐす」
私は高校生にもなってみっともなくも泣いてしまう。
「透子たん……大丈夫……?」
心配してくれているお兄ちゃんに、目の辺りを拭いながら答える。
「悲しい夢を見た。私はどうしようもなくからっぽで価値なんてなかった」
胸が苦しい。この胸の平坦さも私の無価値を表しているように思えて物悲しい。とあるクラスメイトの胸を思い出してしまい、それと比較してしまう。
また、泣いてしまう。
「可哀想に……」
お兄ちゃんは哀れむような目で私を見た。
――私は可哀想な人間なのか。
お兄ちゃんは考える素振りを見せた。
お兄ちゃんが、私に再度顔を向けた時、その表情は私に向けたことのないものとなっていた。
私はそれを知っていた。
お兄ちゃんが主に女子中学生、ごく稀に女子高生に向ける表情だ。私は、お兄ちゃんも男だから仕方ないのだろうと、対象を細かく選別していることに訝しみつつも理解をしてあげていた。
きっと女の子にいやらしい視線を送るのも男の性なのだろうと。
その表情をいざ自分に向けられると、すくんでしまう。
そしてお兄ちゃんは、口の端を歪め、とても厭らしい笑みを浮かべた。
まるで肉食獣が獲物を見付けたかのようなその表情は理解しがたいものだった。
お兄ちゃんは、私に熱視線を送りながら、
「ようし。それなら僕が慰めてあげるよ」
閃いたといった調子でそんなことを言い出した。
「え?」
ぽかんとしてしまう、お兄ちゃんの言っている意味がよく理解できなかったのだ。
反芻する。
お兄ちゃんは慰めると言った。
それは……まさか……。
徐々に理解が及んでいき、やがて私は愕然とした。
「透子たんは僕の理想なんだ……それは女子高生になった今も……」
手をわきわきさせながら近付いてくるお兄ちゃんに呆然と問い掛けた。
「お兄ちゃんはロリコンなの……?」
「……」
お兄ちゃんは動きを止めて黙ってしまった。目が泳いでいる。
それが何よりの答えだ。
お兄ちゃんはロリコンだった。
それは仕方ないことなのかもしれない。
だけどまさか、それが実妹である私にまで及ぶとは思いもよらなかった。
「……しょうがないじゃないか」
ぽつりと言った。その言葉には、自分のニッチな性癖に、相当苦慮したという重みが込められているように感じる。
お兄ちゃんも思い悩んでいるのだ。とても痛ましい表情になっている。
ふとお兄ちゃんはズボンのポケットをまさぐり、縞模様のハンカチのようなものを取り出した。
それが広げられる。――私のパンツだった。
お兄ちゃんは、パンツに顔面を押し付けて、すぅーと吸い込む。
「……ふう」
そしてそれを頭に被った。
気を取り直したお兄ちゃんは私に身を寄せてくる。
「さあ、おはようのキスだ」
お兄ちゃんの顔がアップになり、唇が寄せられる。
それがあまりにも衝撃的で、私は「きゃっ!」っと頬を叩いた。
「……何故、拒むんだい?」
切ない表情での問い掛け。とても悲しそうな声だ。
「……当たり前でしょ」
セックスには忌避感がある、それも兄妹でなんて嫌だ。
「僕は透子たんが中学生になった辺りから思っていたんだ。スケベだな、って」
お兄ちゃんは涎を垂らす。
と思ったら、今度は唾を飛ばしながら、捲し立ててきた。
「ずっと我慢していたんだ! 食べ頃に育ってから三年以上もだ! 石の上にも三年と言うし、そろそろいいじゃないか! 僕は、毎晩毎晩透子たんの事を考えながら悶々としていたんだ! 僕はお兄ちゃんだから、って自分に言い聞かせて、くすねた透子たんの下着で我慢していた! エロゲの妹キャラに透子たんを重ねて吐き出したこともある! 透子たんのエッチな写真も使った! だけど! それももう限界だ! そろそろホンモノを恵んでくれてもいいじゃないか!」
お兄ちゃんが夜な夜なアレしていたのは知っていた。
だけどまさか、そんな……。
私はとにかくショックだった。
するとお兄ちゃんが獣のように飛びかかってくる。
そのまま私にのし掛かり、
「ヤらせてくれ!」
一心不乱に服を脱がそうとしてくる。
「いやあ!」
「そんな僕好みの体型をしている透子たんが悪いんだよ! ちっぱい最高!」
「やめて!」
お兄ちゃんの欲望の捌け口にされては堪らないと必死で抵抗する。
躊躇なんて出来なくて、蹴ったり、顔とか引っ掻いてしまった。
「はあ……」
ため息を吐いたお兄ちゃんはしょんぼりとした。
やがて引っ掻き傷を指で擦って、
「透子たんが付けた傷……」
何故か恍惚とした表情をする。
お兄ちゃんは背中を向けた。
「萎えた。そろそろ危ないし仕事行ってくる……」
とぼとぼと家を出ていった。
私は制服に着替えて、家を抜け出した。
そして駅に来ていた。
ただでさえ、自分の存在価値を見失っていたのに、信頼していたお兄ちゃんに裏切られた私はとてもショックで、何もかもを諦めていた。
来る電車に合わせて、
――衝撃に備えてグッと目をつぶる。
最後に脳裏に浮かんだのは何故か巨乳のクラスメイトで……。
そしたら、来たのは後ろから抱きすくめられる感覚で、
「きゃあっ!」
悲鳴をあげた私は現実に引き戻された。
お兄ちゃんがここまで追ってきていたのか。と思い込んだ私は、絶望感に包まれて、もうなされるがままだった。
けれど、
「サリー」
って呼んだ声は、男の声だったけど、お兄ちゃんのものとは違って、はっとする。
胸をがっしりと触られている。
こんなところで堂々と痴漢……?
私はもうわけが分からなくなって、
「死ねなかった」
としか言えなかった。
死にたい気持ちは消えなかったからだ。
男は何かを言っていたが、私は機械的にその言葉を口から発し続けていた。
すると擽られて――、
私は松尾と出会った。
松尾に「もう死のうとするなよ」と言われて、死ぬ気がだんだんと薄れてきたというのに「死にたい」なんて答えた。
すると駅員が来て、まずいと思った。
そして私は、松尾に話を聞いてほしくて松尾を無理やり連れ出したのだ。
ただ、松尾は私のタイプの顔をしていた。それだけが理由だ。
死んでいたら、松尾と出会うこともなかっただろう。
だから、
「飛び込みなんてするもんじゃないなあ……」
きっと私は自嘲気味な笑みを浮かべているだろう。
今、私はそんな松尾の家にいた。
私の今があるのは松尾のお陰だ。
飛びきりのおもてなしをしてあげよう。
その前に、私は松尾の部屋を漁り、目的物を探す。
やがて、空のトランクケースを見付けた。
それから何往復かして自宅から自分の着替えと荷物を全て持ち出すことにした。最寄り駅が同じなだけあって距離がそんなでもなかったからやってみることにしたが、とても怠そうだ。
私の物を回収する前に、
『くすねた透子たんの下着で我慢していた!』
この台詞を思い出し、お兄ちゃんの部屋を家宅捜索。家族なら、礼状なんて要らないよね?
冗談はともかく。部屋の壁一面に貼ってある私の写真にドン引きしつつ、私の下着を回収しておく。……うわぁ。
こっちは捨ててしまおう……。
そして、
『透子たんのエッチな写真も使った!』
この台詞が気になった私は少し申し訳なく思いつつも、パソコンのデータをチェックすることに。
パスワードが掛かっていたが、どうせ私に関連するものだろうと、まず適当に「toukotanprpr」と入れてみた。……。違った。ならば今度は「toukotanhshs」と入れてみる。……。空いてしまった……。
そしてスタート画面にある「学問」とかいう見るからに臭いファイルをクリックすると、ファイルの中にはさらに「妹学」ってファイルがあって、その中に「透子たんの成長記録」「透子たん観察日記」「透子たんの写真」「透子たんの生理周期データ」「透子たんボイスレコード」「僕×透子たんのSS」っていうファイルがあった。それを見た私は今、真顔だろう。かちかちと「透子たんの写真」のファイルを開くと、中にファイルが「日常」「エッチ」と二種類あった。「日常」には幼少の頃からの私の写真が色々納められていた。その量は四桁にものぼる。「エッチ」はそれよりも量が少なかった。中身は私のパンチラを代表とするサービスショットだ……。私は何度となくお兄ちゃんにがっかりした。こんなものがあったなんて……。そしてこれを見て致していたなんて……。
お兄ちゃんはパシャパシャ私の写真を撮っていたが、こんなに量があるとは驚きだ。さすがに消すのはもったいないので、全てを私のスマホに移した。「エッチ」の方は論外だが、「日常」の方も変な写真がないか、後でざーっとチェックをしよう。そしたら、お父さんに送ってやるのもいいかもしれない。喜んでくれたら、嬉しいな。
ついでに「透子たん観察日記」「透子たんの成長記録」「透子たんの生理周期データ」「透子たんボイスレコード」「僕×透子たんのSS」も貰っておこう。役に立つかもしれない。なお、「透子たんの成長記録」には年齢ごとの身長体重スリーサイズ等のデータが詰まっていた……。
そして生理周期だ。生理についてやたらリサーチしてきたのはこのためか、生理への理解を示してくれたんじゃなかったの……。
なんだかだんだんむかむかしてきた……。
パソコンの方は全部消去。バックアップも徹底的に潰してやろう。
お兄ちゃんの部屋の所々に貼ってあった私の写真も全部破り捨てた。人型のオナホに私の顔写真が貼ってあった時には、私でもふつふつと煮えたぎるものがあった。
お兄ちゃんはとことん最低だった。
面倒くさかった往復もやっと落ち着く。
荷物は通学時の鞄だけだ。洋服はハンガーに掛けて、その残りと下着はチェストが空いてなかったので取り敢えずその辺に積んでおいた。
お昼に食べたのはコンビニの菓子パン。
そして高校に行き、授業に交じった。
休み時間になると、
「ねえねえ」
何故か目を付けられている、
「あんたさあ……。今日午後からきてたけど、午前中何してたの? 病院? いや別に心配してるとかじゃないんだけどね!」
「運命的な出会い」
私はうっかりほぼ正直に答えてしまった。
「はあ!?」
「声が大きい……」
「ちょっとそれどういうことよ!?」
「だから声が大きい……」
香田はそれからあれこれ聞いてきたが、私は適当にはぐらかした。勝手に松尾の事を言えるわけがない。
帰宅。
セリアでチェスト代わりの収納ケースを買ってきた。これで私の服の収納も問題ない。黙々と詰め込んだ。
そしたら、なんだか疲れたので、風呂に入ったり、勝手に松尾のベッドで仰向けになったりしつつ、ぼーっと松尾の事を考える。家から持ってきたロップイヤーのウサギのぬいぐるみを抱きながら。
私は松尾の事をどう思っているのだろう……。気にはなっている。だけど好きなのかどうかはさっぱりわからない。
そんな事を考えていたら、いい時間になった。
あと1時間もしないうちに、松尾が帰ってくるかもしれない。
私は、帰ってきた松尾をもてなす準備へと取り掛かる。
お兄ちゃんが大好きだったメイド服を手に取った。
男は皆メイドさんと愛情こもった手料理が好きだと、以前、お兄ちゃんが言っていた。
だからきっと松尾も好きだ。
そうじゃないと困ってしまう。
準備に取りかかる。
炊飯器はあったけれど、米がない。
パックご飯で済ませているらしい。
食生活の違いを感じた。
不安になりつつ、冷蔵庫の中身を見た。
ご飯の時点で想像できていたけれど、どう見ても自炊をよくしている人のものじゃなかった。
それなのに、野菜だけは揃っている。
おそらく実家からの仕送りだろう。
ありがたく使わせてもらうことにする。
代わりに近くの棚にレトルトが整然と並んでいるのを見つけた。
松尾はわりときっちりしているらしい。部屋も散らかっていなかったし、見所がある。
しかし、
――ルーロー飯とはなんぞや?
聞いたことも見たこともない料理だ。
興味を惹かれるけれど、今日は手料理を作ると決めている。
私は着替え、料理をすることに。
オムライスでいいかな。
すると、チャイムの音。
「松尾!」
松尾が帰ってきたと思い、軽やかな足取りでインターホンに向かう。
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