第9章 指名手配犯として①
外は想像よりも夜明けが進み少しずつ明るくなっていた。このまま朝になって人が増えだしたら誰かに見つかってしまうかもしれない、奈津子の心に一抹の不安が広がりだしてきた。暫く進んでいると予想よりも早くこちらに向かって歩み進む人の姿が見えてきた。
「あっ!私ったらまたやってしまった、今度はマスクを忘れてくるなんて・・・どうしたらいいの」
周囲には他へ分岐する道路や通り過ぎるまで身を隠すスペースがなく、もちろん目撃者を刃鎌で亡き者にするなど以ての外。覚悟を決めた奈津子は咄嗟にフードを被り,足早に歩を進めてすれ違うことにした。
「コツン・・コツン・・・コツン・コツン・・・・」
その人物が女性であると識別できる距離にまで近づくと奈津子は心に不安感を覚え、内ポケットに忍ばせていた刃鎌を強く握りしめた。しかし今回は不安感や恐怖心が治まることなく、ましてや好奇心が沸き上がることもなかった。
「・・・『例えこんな私をどう思われようと構わない。だからお願い、この大きく広がった口だけは見ないで』」
コートが赤いおかげ鮮血が目立ちづらいとは言え、こんな朝早くにフードを被り,血なまぐさい匂いを漂わせた全身真っ赤な人物を怪しまない人など居ないだろう。女性はこちらの異様さに気がつくと何度も視線を向けては怪訝そうな表情を浮かべ、奈津子の側を通り過ぎていく。
「カツ・カツ・カツ・カツ・・・カツ」
2人の間が安全な距離にまで広がると女性は足を止め、振り返ってはこちらをじっと見続けている。
「何、今のデカ女、うつむき加減で顔が見えなかったけどおそらく女性よね。だけど醸し出す雰囲気や全身真っ赤な姿からは幽霊やお化けの類としか思えなかった、何だったの、アレ」
奈津子は次の十字路を曲がると一旦立ち止まりホッと胸をなでおろした。幸いにも女性が追いかけてくることはなく、また叫び声などもなかったことから口にも気づかなかったと思われる。
「・・・『なんとかやり過ごせたみたいだけ、この後どうすれば・・・』」
危機を脱したとは言え別の人物がいつ現れてもおかしくない状況に変わりがなく、もはや人目を避けて帰り着くのは極めて難しい。どうするべきか悩み手をこまねいていた奈津子の視界に在学中の高校が入ってきた。この学校は緊急避難所としての役割を担っているため裏門には鍵が掛かっておらず、また夜間になると守衛さんや先生達も帰ってしまい無人となってしまう。通い慣れた学校は急場しのぎにうってつけなのだが、それでは病院には帰れない。
「・・・『困ったなぁ、早く戻りたいのに口を曝し,血まみれの姿では・・・』」
足が自然と高校へと向かわせた。
校内は3日後の文化祭に向けて準備が進んでおり、ほんの数日休んでいる間に慣れ親しんだ校舎や講堂,部室棟などが様変わりを果たしている。奈津子は見慣れない景色の数々に戸惑いを覚えつつも身を隠して落ち着ける場所を求め彷徨っていた。登校してきた教師や生徒に発見されては意味がない。そうなると普段使われていない旧校舎が最適なのだが、今は文化祭のフロアとして使用されているため運が悪ければお化け屋敷を準備中のクラスメートに見つかってしまう。そうしている間にも時間が刻々と進み、空では日の出を迎えようとしていた。焦りだした奈津子の脳裏にある場所のことが思い浮かんだ。この学校にはプールが備わっていて、その隣には鍵のついていない更衣室と用具室が併設されている。夏場は水泳の授業や水泳部の練習に使用されているがそれ他の時期では近づく者すらいない、また用具室に至ってはその存在自体あまり知られておらず一時しのぎにうってつけである。奈津子は日没になるまで用具室に隠れ潜むことにした。
まず更衣室に侵入すると据え付けの洗面台で顔や手に付着した返り血を洗い流し、気持ちを落ち着けるべく水を飲んだ。その後用具室に移動した奈津子は部屋の隅でコートに包まり横になった。この2日間まったく睡眠を取っていないため疲労はピークを超えており、身体を休めるべく目をつぶってみるものの自宅での惨劇が走馬灯のようによぎり頭から離れない。
「・・・『どうしてこんなことに・・・』」
この夜も奈津子は一睡もできずに朝を迎えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます