第8章 第二夜の幕開け④
「お母さんと言えども本物を見るのは初めてじゃないかしら」
「・・・」
「・・・」
「口裂け女って美に対するこだわりが人一倍強いのはもちろんのこと、気性が荒く,自己中心的,そして自らを侮辱する人物には容赦なく切りかかって殺してしまうそんな恐ろしい女なの」
「!!!」
「!!!」
「昨日もこんな時間帯だったかしら、病院を抜け出しブラブラしていたら河川敷で面識のない女と鉢合わせしちゃった。あたし自身この口が他人にどう思われるのか、ちょっと興味があったからマスクを外して見せてあげることにしたの。そしたらその女ったらあたしの顔を見た途端よりにもよって化け物呼ばわりしてきたのよ、超ムカついたわ・・・所であたしの衣服や靴に付いている赤い液体が何なのか気になってたんじゃない。これはねぇ、刃物でその女を懲らしめてやったら時に噴き出させてやった血液、つまり返り血なの。女の泣き叫ぶ声にあたし、もの凄~く興奮しちゃった」
娘の言葉に2人は昨夜近所で女性が通り魔に襲われ大怪我にあったと言うニュースを思い出した。話の内容と報じられた内容はほぼ一致しており、返り血の跡が犯行を裏付ける決定的な証拠であった。女性を襲った通り魔が自分たちの愛娘で、その犯人が今自分たちの目の前で仁王立ちしている。気を良くして話を続ける娘を余所に2人の顔からは血の気が引いていった。
「表情から察するに分かったみたいね。あたしは切り裂かれた頬の現実から目を背けるべく犯罪に手を染めた心の弱い女。また被害者から加害者へと一変させたことで、人としての人権を失い,罪人へと成り下がった汚れた女。更には己の肉体を通り魔の傀儡として捧げ、快楽の坩堝へと堕ちていった哀れな女。そうしてあたしは通り魔の命令とあらば、友達だろうが親兄弟だろうとも平気で殺めてしまう凶悪な殺人鬼に仕立て上げられちゃった。これからは本物の口裂け女に相応しく,殺戮の限りを尽くし世の中を震え上がらせてやるんだから」
「・・・」
「・・・『これが私達の娘、奈津子の成れの果てだと言うの・・・嘆かわしい』」
「でもいいの、だってもう普通に人としての生き方になんの未練もないんですもの。逆に他人を傷つけることで得られる刺激的な興奮と返り血を浴びることで得られる美の魅力を知ってしまっては・・・ああん、ヤダ~、思い出したら急に人を殺したくなってきちゃった。ダ、ダメ~、この身体の疼きが止められないわ」
顔を奪われ,極限状態に追い込まれた娘は自らを異なる存在に置き換えることで現実逃避を果たし、犯罪者の道へと走らせた。すべては娘を襲い,口裂け女に変貌させた通り魔とこんなになるまで娘を放置していた両親が悪いのであって本人に責任はない。
「物騒な話は一旦置いといてだなぁ、立ち話も何だし上がっていったらどうだ。お前からも何か言ってあげなさい」
「ええ、外は寒かったでしょう、少し温まってからお帰りなさい」
「それじゃー、お言葉に甘えてお邪魔させてもらおうかしら」
2人は客人に投げかけるような言葉で話しかけると、娘も他人行儀な言葉で返してきた。
「コツン・・・・・コツン・・・・・コツ・・・・・コツ・・・・・コッ」
母の言葉にゆっくりとした足取りで家に上がり込んだ娘は何を思ったのか再び立ち止まると2人の方へと振り返った。
「あっ、そうだ!忘れる所だったわ。ここにやってきたもう1つの目的、あたしたちを食べてやろうと待ち構えているオオカミさんの腹を切り裂いてやることをね」
「???」
「???」
そう言うと娘は父の方を向いて、鋭利な眼差しで睨みつけた。
「さっきからちょろちょろ目障りなヤツが視界に入り込んでいたけど、そっかー、コイツがオオカミさんの正体だったんだ」
「奈津子!ドコまで落ちぶれたら気が済むんだ。高校生らしからない身なり,こんな真夜中に出歩き,そして親に向かってコイツ呼ばわりする態度、私たちはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!!!」
良太は良識を逸脱した娘の行為の数々に我慢ならず激怒した。
「そっ、そうよ。奈津子、お父さんに謝りなさい」
「奈津子、奈津子って呼ぶなぁ~!何度言えば分かるんだよ」
2人の言葉が自分に対する誹謗中傷のように聞こえ、その思いは娘の心に届かなかった。
「はっはぁ~ん、お母さんに見えるこいつも皮を被ったオオカミさんってことで、お母さんはもう食べられちゃった訳だ」
暫くすると2人の姿がオオカミのように見えてきて、今にも自分へと襲いかかろうとしていた。
「何を言っているの、正気に戻って」
娘は内ポケットに忍ばせていた刃鎌を握りしめるとゆっくり取り出し、高々と振り上げて2人に近づいていった。
「お母さん待ってて、こいつらを始末して助け出してあげるから」
常軌を逸した娘の行動に2人は立っていられなくなってその場に座り込んでしまった。
「コツ・・・・・コツ・・・・・コッ」
オスのオオカミの前にまで進んだ娘は躊躇することなく刃鎌を振り下ろした。
「ギャーーーッ!!!」
オスのオオカミは悲痛な叫びを上げると同時に首筋からはおびただしい量の血が噴き出した。
「・・・」
メスのオオカミは目の前のでき事に唖然となって固まっている。
「や、止めてくれ奈津子、助けてくれ」
オスのオオカミは尚も遠吠えを上げ、襲いかかろうとしている。娘は手負いのオオカミにとどめを刺すべく、再び刃鎌を振り上げた。
「今度こそ腹を切り裂き、確実に殺してやる」
そう言うと刃鎌が振り下ろされ・・・腹部からわずか数cm手前で止まった。暫くすると娘は全身を震わせだし一筋の涙を流した。
「お父さん」
「・・・」
「・・・」
時が止まり、周囲に長い沈黙が訪れた。
「できない・・・どんなに醜く変わり果てようとも私にはお父さんを殺すことなんてできない」
全身から力が抜け落ち刃鎌を滑り落とした娘は立っていられなくなってその場に座り込んでしまった。
「た、助かった」
「奈津子、正気に戻ったのね」
両親はホッと一息をついて安堵の表情を浮かべた。
「お父さん,お母さんごめんなさい。私・・・私」
「いいんだ、もういいんだよ」
「そうよ、奈津子、私達はあなたさえ元に戻ってくれたならそれだけでいいの、何も気にすることがないわ」
3人が肩を寄せ合い泣いていると玄関の前で聞き耳を立てて静観していた人物が姿を表した。
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