第8章 第二夜の幕開け③

「コツン・・・コツン・・・コツン・・・コツン」

女は室内に入ってくると土間で立ち止まり,両手を腰に当てると2人の前で仁王立ちのポーズを取った。

「お前、なんて姿をしているんだ」

女はどす黒い血のような液体を付着させた真っ赤な衣服を身に着け、足元には高校生に似つかわしくないヒールのとても高い真っ赤なハイヒールを履いていた。

「あなたって本当に私たちの娘、奈津子なの」

「ええそうよ、正確には元だけどね」

「元」

「なぜ過去形なんだ」

娘の意味不明な言動に2人は唖然となった。

「ちょっと~、さっきから奈津子、奈津子って呼んでくれちゃってるけど、あたしはもう佐伯奈津子じゃないわ。今ではまったく異(い)なる存在、【口裂け女】として生まれ変わったのよ」

「くちさけおんな?何を言ってるんだ」

「それってお母さんたちが子供の頃に広まった都市伝説でしょう。それと奈津子がどう関連して、どうして口裂け女になってしまうの」

目の前の女は明子が知る口裂け女像と似ている。また口裂け女が放つと思われる異常な雰囲気まで醸し出し、暫く見続けているうちに本物の口裂け女のように思えてきた。

「どうって・・・まぁ、その辺りも含めて色々教えてあげるわ」

「・・・」

「・・・」

「ねぇ、あたし、キレイ」

「???」

「???」

意味不明な言動の数々に2人は困惑の表情を浮かべた。

「ねぇ、聞いてる!あたし、キレイ」

「あっあぁ、綺麗だよ」

「・・・『これのドコが綺麗だと言えるの』」

威勢ある問いかけに父は声がかすれがちになりながらも答え、母は掛ける言葉が見つからなかった。

「本当にあたし、キレイ」

女は再び同じ問いかけを繰り返した。

「とても綺麗だよ」

父も再び称えるような言葉を繰り返すと女は口元を覆っているマスクを左手でマスクを押さえ,右手で耳から紐を外して,ゆっくりとマスクを外した。

「こんなあたしでも、キレイ」

マスクの下からは頬が上下に裂けて、新たに口の一部として左右に大きく広がったこの世のものとは思えない恐ろしい口が存在していた。

「うっ!!!」

「!!!」

意識を失いそうなまでの衝撃を受けた2人は悲鳴を上げそうになるのを必死で我慢した。

「凄いでしょう、あたしのコレ。特殊メイクや偽物(造り物)じゃなくて本当に裂けてるのよ。だ・か・ら、よーく見ててね」

女は顔を少し斜めに向け,顎を前方に突き出すと、続けて口を大きく開いてみせた。

「こええあわっうえ(これで分かって)・・・うっ、うーん、もらえたかしら、あたしが口裂け女であるってことが」

「ああ」

「・・・」

「あたしもねぇ、こんな所まで堕ちるには色々とあったんだ。襲われた時に命と引き換えとしてあたしの可愛らしい顔を要求されたの。助けがこない,逃げ出すこともできない、そんな状況下ではすべてを受け入れるしかなく顔を差し出したわ。分かる娘がどんな仕打ちを受けたか・・・想像を絶するって正にあの時のことを言うのね。もの凄い痛み悶え苦しみ,切り裂かれていく頬を嘆き,思いっきり泣き叫んで残ったのがコレよ。こんな顔、鏡を見るたびに針が突き刺さるような負の感情に苛まされてあたしの心は荒んでいったわ。そんな折に再び目の前に現れたの、通り魔ってば一旦閉じられた頬をこじ開け、それだけるじゃ飽き足りなかったみたいであたしをこんな姿に・・・」

女は自らの都合のいいように事実を捻じ曲げて説明を続けた。

「それだけじゃないのよ、あたしの心には残忍で冷酷な性格が植え付けられ,更には新しい名前と身分まで強要されてしまい、もう口裂け女の呪縛からは逃れられなくなってしまったの。親ってさぁ、娘が改造なんかされちゃったらどんな気持ちになるのかなぁ。どうせこんなボロボロになるまで放ったらかしにしている薄情な親ですものなんとも思わないんでしょうね」

2人には目の前の女が愛娘とは思えなくなってきて、変わり果てた娘に戸惑いと喪失感を覚えるのであった。

「・・・」

「・・・」

「もう!ボーっと突っ立ってないで何か言ったらどうなの。まぁ、あった所で何も言えないでしょうけど。少しでも責任を感じるなら・・・そうねぇ、このあたしを認めて口裂け女と呼んでちょうだい」

「・・・あ、ああ、分かったよ。お前が望むなら口裂け女と呼ばせてもらうよ」

「お母さ~ん。あたし、お母さんに呼んで欲しんだけど」

「明子、さぁ、お前からも呼んであげなさい」

「えっ、ええ・・・く、く、口裂け女、さん」

「イヤだぁ~、【さん】付けなんて止めてよ。蔑んだ口調で思いっきり罵ってよねぇ」

「口、裂け、女」

「もう1度」

「口裂け女」

「もっと、もっとよ。お母さんの目の前に立っている女がどんななのか言い放ってやって」

「口裂け女、口裂け女、口裂け女。今のお前はドコからどう見ても口裂け女そのモノだわ『なんでこんな娘になってしまったの』」

「そう、あたしは【口裂け女】。自他共に認められて本物の口裂け女へと一歩近づけたんだわ。ああ~ん、嬉しい~」

母に口裂け女であることを認識された娘は嬉しさのあまりに微笑を浮かべ、鋭利だった瞳を緩めた。

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