7章 洗脳②

「相当気に入られたみたいね、たった1日しか経っていないけど衣服たちはお前を自らの肉体として着こなしているわ」

暫くすると心にも変化が生じて、真っ赤な衣服たちの着心地の良さを少しずつであるが奈津子も感じ始めてきた。

「うっとりしている所を悪いんだけどマスクを外してくれるかしら」

「・・・」

奈津子は無言で頷くと口元を覆っているマスクを左手でマスクを押さえ、右手で耳から紐を外して、ゆっくりとマスクを外した。

「よかった、昨日の今日でまた閉じてしまわないか心配だったんだけど取り越し苦労だったみたいね」

確かに通り魔の言う通りで本来なら昨夜の出来事を話し、通り道対策と頬の処置をしてもらうべきであった。けれども他人を傷つけてしまった負い目から今朝は他人を遠ざけてしまい、結果的に再び通り魔の侵入を許すこととなってしまった。

「あっ、帰ってからお風呂にでも入ったのかなぁ、すっぴんに戻ってるじゃない。仕方がないわねぇ、昨夜の頑張りに免じてもう1度施してあげるわ」

そう言うと通り魔は化粧品と小道具を取り出してテーブルの上に並べた。

「今夜は大切な人に会ってご披露しなきゃならないから下準備から念入りに。まずは化粧のノリを良くするにウブ毛の処理からよ」

通り魔は奈津子をベッドに腰掛けさせると小道具の中からシェービングジェルを手に取って奈津子の顔全体に塗り広げた。続けてフェイスシェーバーを手に取ると奈津子の背後に回り込んだ。シェーバーは傷跡に注意を払いながら口元から剃り進み、顔全体に剃り残しが出ないように額から下の方向に向けて進められていった。

「しまった!」

ウブ毛を終え、眉を整えていた時にトラブルが起きた。通り魔は左の眉(眉山から眉尻にかけて)を誤って剃り落としてしまい、修正ができなくなってしまった。

「ごめんなさい、これだと・・・全部剃り落としてしまった方が手っ取り早いかしら」

通り魔は悪びれた様子も見せず、まるで始めから眉を剃ってしまうつもりでいたのかと思えるほどの手際の良さで両眉を剃り落としていく。眉がなくなると顔の印象はガラッと変わるもので、奈津子の素顔をとても恐ろしく変貌を遂げてしまった。

「次に洗顔だけど、今は直接水洗いをするのは傷口に良くないでしょう。そこで今回は拭きとりタイプの化粧水で綺麗にしましょうか」

通り魔は化粧水を手に取るとコットンに染み込ませて奈津子の顔全体を優しく撫でるように拭きだした。顔の汚れや古い角質とともに化粧残り(口紅)が拭き取られ、昨夜流した涙の跡まで拭き消されていった。

「お前はニキビや吹き出物が少なく、肌がピチピチと潤っているので化粧映えしそうね」

通り魔は奈津子の顎を掴み、鏡に向かって口元を突き出させた。

「鏡をよーく見ていなさい、真っ赤な衣服には今私がしているような派手なメイクで釣り合いが取れるようにしておくべきなの。これらから私の顔をお前の顔にそのままコピーしてあげるから」

洗顔に続いて化粧水,乳液,化粧下地,(ニキビやくすみの隠しの)コンシーラー,(パウダー状の)ファンデーション,フェイスパウダーの順に塗り進められていくと顔からは次第に幼さが消え失せていった。

「私の目元はアイメイクで強調してあるから恐ろしいでしょう。これもそのまま移し変えてお前の恐ろしい顔をより引き立たせてあげるわ」

通り魔はアイシャドウをチップに取ると奈津子の眉下からまぶた全体に掛けてホワイトシャドウをぼかすように入れ、その上からまぶた全体にパープルシャドウを重ねた。アイホール全体にはシルバーシャドウ、目の際にブラックシャドウを入れると上まぶたは完成した。続けて下まぶたの目頭にホワイトシャドウ、目尻に向かってラインを太くするようにエメラルドグリーンシャドウを入れると奈津子の瞳に妖艶な雰囲気が加わった。続けて(リキッド)アイライナーを手にすると上まぶたのまつ毛の真上辺りに極太の黒いアイラインを入れ、下まぶたにも同様に極細の黒いアイラインを入れると奈津子の目元は美しく強調された。更にはビューラーで上下のまつ毛に滑らかなカールを描き、ブラックのマスカラを塗ることで1本1本が長く,ボリューム感のあるまつ毛を演出が施され、最後にアイラインの2~3mm上につけまつ毛があしらわれると奈津子の瞳をより美しく,強調性のある目へと変化を遂げた。仕上げに昨夜と同様の口紅が塗られ、口裂け女メイクが完成した。

「1度見比べてみましょうか・・・ねぇ、私たちってソックリでしょう」

通り魔は昨夜と同様に自らの顔を奈津子の顔の横に並べた。

「言っておくけど私が真似したんじゃないわ、お前が私の顔をコピーして生まれてきたのよ」

鏡には口元の形こそ違えども双子か姉妹かと思えるほどによく似た2つの顔が映し出されていた。

「後は靴を履き,マスクを着けて、本来のあなたに戻りなさい」

通り魔は床に置かれていたハイヒールを手に取ると昨夜と同様に奈津子の正面で片膝をついて揃えた。ゆっくりと立ち上がった奈津子は足を靴に引きこまれると、続けて脚を持ち上げた。通り魔は両手で靴を包み込むとアンクルストラップで足首と固定させ、反対側も同様に行われた。最後にマスクを手に取り奈津子の背後に回り込んだ通り魔が口元をマスクで覆い隠すと、奈津子は昨夜と同じく鋭利で憎しみの目を現し、口裂け女への変身を完了させた。

「ねぇ、あなたの名前を教えてくれるかしら」

「あたしの名前は【口裂け女】、く・ち・さ・け・お・ん・な」

口裂け女は自慢の長い髪をかき上げ,風になびかせると自らの名を告げた。

「ねぇ、あたし、キレイ」

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