7章 洗脳①

今朝の出来事はあっと言う間に病院中へと広がり、奈津子を恐れてかその後病室を訪れる人はいなかった。病院内が日常診療や入院患者のケア,救急対応にと慌ただしく追われていると言うのにこの部屋だけ時が止まった異様な静けさに包まれていた。


時は進み時間は深夜0時を迎えようとしていた。今日1日の大半をベッドで過ごした奈津子は夜の闇が訪れても気づかないほどで、そんな奈津子の元へと今夜も無人とかした廊下から足音が聞こえてきた。

「コツ・・・コツ・・・コツ・・・コツ・・・」

少し低音であるが踵を踏み鳴らす音がこの病室に向かって近づき、病室のドアの前で止まった。

「トントントン・・・・・スーッ」

扉をノックする音が聞こえて、暫くするとスライド式の扉が開いた。

「コツン・・・コツン・・・コツン・・・コツン・・・コツン」

扉の前の人物は部屋へと侵入するとベッドの前まで歩み進んで再び立ち止まった。

「今夜も狸寝入りでやり過ごすつもりなの」

そう言うとベッドの前の人物は布団をゆめくり上げて奈津子の姿を顕にした。

「元気そうねぇ、昨夜の働き初めてにしてはよく頑張ったと褒めてあげるわ」

奈津子が恐る恐る見上げるとそこには足に黒いフェイクレザーのパンプス,それ以外は昨夜と同じ黒い喪服姿、例の通り魔が立っていた。

「あなたは昨日の・・・どう言うつもりですか、私をあんな化け物に変えて女性を傷つけさせるなんて。お願いです、もう止めてください」

「今更いい子ちゃんぶった所でお前はもう私と同類、罪人へと成り下がった汚れた女なのよ」

「違います!あたしは普通の女、ただの女子高校生です。こんな酷いこともうたくさんです」

「残念だけど1度覚えた快楽の呪縛からは逃れられないわ、お前の意志が幾ら拒もうと身体はたくさんの返り血を欲しているはず。私はそんなお前をサポートし、お前はその見返りとして自らの身を私の快楽ために捧げてもらう。私達はgive&talkの関係を築いていくことになるのよ」

通り魔はこれからも奈津子を自らの道具として利用し続けていくつもりであった。

「そんなことより刃鎌はドコにあるのかしら」

「あっ!」

通り魔の言葉でハッと気がつき、昨夜のことを思い返した。女性を切りつけた時にはしっかりと握りしめていた刃鎌はその後我に返った時に放り投げて逃げ帰ってきてしまった。

「もしかしてドコかに忘れてきちゃったのかしら」

「・・・」

奈津子は言葉が出なかった。

「図星みたいね、大切な刃鎌を置いてくるなんてどうかしてるわ。もしかして警察にでも捕まりたいのかしら」

「!!!『警察、逮捕!』」

女性を襲ったことで逮捕されるとはこれっぽっち思っていなかった。もし刃鎌に自分と事件を結びつける証拠が残っていたら・・・奈津子は不安を覚えるのであった。

「不安そうな顔をしているけどどうしたの」

「・・・」

急に現実に引き戻された奈津子は顔面蒼白で全身を震わせ始めた。

「あはははははは、ごめんなさい。はいコレ、拾ってきてあげたから」

「あっ、あたしの・・・あ、ありがとうございます」

奈津子はホッと胸をなでおろした。

「こんなことはこれっきりにしてね、だけど何で忘れてきちゃったのかしらねぇ。クスクスクスクス」

「・・・」

「さてと、無駄話はここまでよ。今夜も一仕事こなしてもらわなきゃならないんだから」

通り魔は刃鎌を奈津子に手渡すと続けて洗面台の鏡を開けた。

「今夜も・・・『また何かさせられるのね、嫌だなぁ』」

大問題が解決して安堵の表情を浮かべる奈津子であったが、刃鎌によって貸し借りのようなモノが発生してこれ以上強く追求することができなくなってしまった。

「それにしても・・・へぇ~、今ではセクシーな下着でも抵抗感なく着けてしまうんだ。だってそうでしょう、怖~いお姉さんに命令をされた訳でもないんだからショーツだけ履いて後はバスタオルでも巻いておけばいれば過ごせたでしょうに」

「・・・『確かに言う通りだわ』」

奈津子は頬を真っ赤に紅潮させた。

「分かってるわ、お前はその下着が気に入ったのよねぇ。だから自らの意志で身に着けたんでしょう」

1日中ベッドで過ごしていた奈津子にはスリーインワンとガーターベルト,ストッキングは必要なく、おそらく通り魔が言うように昨夜鏡に映し出された娼婦のような大人の出で立ちに愛着が芽生えだしたのかもしれない。

「まぁ、そんなことはどうだっていいわ、次に衣服や靴はドコにあるのかしら」

「・・・」

「どうせ今朝の大雨でずぶ濡れになって浴室にでも置いてあるんでしょう、取ってきなさい」

「・・・」

奈津子は無言で頷くと浴槽からポリ袋を手にして戻ってきた。

「アラ、それで隠してるつもりだったの。出しなさい」

袋を開けると中から鉄の錆びたような血なまぐさい匂いが漂い始めた。

「香しい血の匂いねぇ、お前もこの匂いを嗅ぐと興奮するでしょう・・・それとも媚薬の方が好みだったかしら」

「???」

奈津子には言葉の意味が分からなかった。

「それじゃー、着てちょうだい、グズグズしているとご褒美が・・・言わなくても分かるでしょう」

ご褒美の言葉にポリ袋からワンピースとコート,ハイヒールを急いで取り出すと床に並べた。衣服には返り血の跡が色濃く残り、暫くすると血液混じりの水滴が流れ出してきた。より赤みが増して異様な雰囲気を醸し出している衣服類に戸惑いを覚えながらもご褒美が恐ろしい奈津子は袖を通し始めた。濡れて湿り気を帯びた衣服は奈津子との密着性を高め、綺麗に洗い流された身体を再び返り血が汚していく。

「・・・『あたし、また着られちゃったんだ』」

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