聴こえてくる音色…
一色 サラ
引っ越して、分かったこと
梅雨の雨。夏のじめっとした空気と、雨の音が混じって、気分が悪い。
中嶋康生は、コンビニの陳列から、適当にパンとお菓子をとって、アパートに帰ることにした。ビニール傘をさして、アパートまで、重い足取りで、歩いていく。
アパートの二階の階段を上がって、自分の部屋の1つ前を通ると、まだ、音はしていた。気分が滅入ってきた。わざわざ、平日に休みを取って、ゆっくり休もうと思っていたのに、なんで、こんな昼間から、タン、タ、タン、タタと耳障りの悪いピアノを弾く音を我慢しなくてはいけないんだ。
康生は引っ越してきて、3カ月になる。引っ越しの当日に、隣からピアノの音が聴こえてきて、引っ越し業者の人が、「下手くそですね」と言われたことを思いです。
そして、土日になるたび、下手くそなピアノの音が聴こえてくる。まあ、心地ちのいいものならまだしも、あまりにも不愉快な音色だ。騒音のように頭に響いて、クラクラしてくる。
なんで、平日の昼間にあの男はいるんだろう。20代から30代くらいで、いつもスエット着ている男の姿が脳裏によみがえってくる。髪の毛も寝ぐせだらけで、たまに顔を合わせても、会釈すらしない愛想のない男だった。それも、康生が仕事から帰ってくる21時くらいによく部屋から出てくるのを見かけた。
ただ、土日に、ピアノを弾く音が聴こえてくることは知っていたが、平日も弾いているとは思っていなかった。無職なのだろうかと疑ってしまう。まあ、康生には、関わりのないことだが、有休をとって、少し家で休めると思っていたのに、こんな災難が待っているとは思わなかった。
「もしもし、中嶋ですけど、隣の人のピアノの音がうるさいんですが…」
とあまりにも我慢の限界か来てしまって、管理会社に電話した。
「そうですか。すみませんが、こちらは何もできなくて」と大人の女性で返答がしてきた。
「いや、どうにかしてくださいよ。ここのアパートって、防音設備が低いみたいで、音が丸聞こえですよ」
「そうですか。」と適当に言葉を並べてくる。親身に対応しようとしない態度にいら立ってくる。康生もさすがに堪忍袋の緒が切れる。
「話の分かる方に代わってもらってもいいですか?」
「すみません。それはできません。」
「いや、あなたとは話ができませんし」
「それって、失礼じゃないですか」
女性は怒りをぶつけてきた。そうやって感情的なるところが通じないのだろう。それに、康生も、現状が困っているので、こんな真面目に対応してくれない人に、話す気分にはならない。
「お電話変わりました。小西と申します。中島様、どうかされましたか」と男性の声になった。「隣のピアノの音がうるさくて」なんで同じことを繰り返し、言っていること疲れてきそうだ。
「そうでしたか、大変申し訳ございません。」
「どうにかしてもらえるんですか」
「そうですね。前にも同じ内容の連絡がありまして、隣の佐伯さんにも報告はしたのですが、お昼だけにしてほしいと頼んですけど。」
康生は驚いた。確かに、お昼しか聞こえてはこない。
「そうですか。わかりました。」とだけ言って、電話を切ることにした。
弾くことは、管理会社は了承している。何にも状態が変わりそうにない。ネットで、物件を探し始めることにした。もう、ここを引っ越そう。
隣のドアからドンドンと叩く音がする。
「ねえ、うるさいんだけど!!」
「うっせいな、ババアー、うせろ!!」
隣のドア越しで言っている声が聞こえてきた。康生は、平日に仕事を休んだのが初めてだったので、自分がいない時間にこんな出来事が行われていることを初めて知った。さらに、このアパートを出たくなってしまった。
聴こえてくる音色… 一色 サラ @Saku89make
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