神い
楠木黒猫きな粉
ニー
私は知る事だけが大切だった。祭り上げられた地位も訪れる運命も欲求の前に価値はない。
けれど周囲はそれを許さない。
人間は望んだ。存在する悪をなせと。
周囲は求めた。導き手となる唯一を。
けれど私は応えられない。私である限り果たせないだろう。
神のように崇められ、救いのように手を差し出された。視線が、意思が私を突き刺している。座った玉座で運命を待った。
子供のように本を読み、知識を蓄え、未来に想いを馳せる。
そうして自分の答えを知る。綴られた過去の記録が結末を指し示す。積み重なった盲信の記録。同じように着地する歴史。そして同時期に現れる太陽が焼き尽くす。
救いを求める民衆の手が、滅びを求めているようにすら思えたのだ。終わることで始まることがある。しかし盲目の民は始まりを知らないのだろう。
意思が唯一の悪へと向くときに人の太陽が現れる。
目を瞑り、ただ考える。きっと言葉は必要ない。意思が私を焼くのならば、思想を持って焼き払おう。
差し出された手を振り払い、私は私になろう。
私は玉座を捨て、指を組み祈りを捧げる。
運命の時は来る。空の玉座は燃えていた。割れんばかりの怒号の山が太陽に焼き尽くされている。
馳せた未来は焼き切れた。
手は全て燃え尽きている。
地位はもう関係はない。
対峙する男は太陽を見つめている。私の先にある輝かしい虚像。
いつものように祈り捧げる。
四肢をちぎり取る。
目を瞑る。
散っていく煤が想いを焦がす。
夜が世界を包んでいく。種を照らす灯火が萎んでいく。
鼓膜を揺らした最後の音は穏やかだった。
「しんでくれよ」
潰れた陽が冷めていく。私が叶えた悲劇に世界が揺らぐ。
「ひとなるみにてかみのいをしる」
知ることが私の全てだった。
私は私の名前を知らない。今ここで私を産もう。
「わたしはニー」
意味のない単語を名前と呼ぼう。お似合いだ。
「わたしはかみのいばしょがしりたかった」
私という意思が求めた。私という魔王が求めた。私という人が求めた。
意識は全て私の中に溶け落とそう。全ての願いを噛み砕いて、取り込んでいく。
「だからひとのかみになることにした」
英雄は信仰のない人々の柱だった。その座に私が着こうとしている。
「わたしはまおう。ゆいいつでむにのおう」
拡張された意識が自己とともに完結している。
「ねがいも、のぞみもすべてくらってかなえてあげる」
明滅した星々が私と接続する。
人々の願いは魔王の消滅。私の民が望んだのは救いだった。
「かみなるみにてただおもう」
喰らい尽くした願いが果たされている。意思を持って英雄は生まれる。人を叶え、王として役目を遂げた。世界が陽に包まれる。
願いに感謝しよう。
ステンドグラスが歪んでいる。
言葉を吐いた。人として神に至った者として、世界に残す最後の言葉。
「ごちそうさまでした」
神い 楠木黒猫きな粉 @sepuroeleven
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