Part.9

 信頼の置ける従者に調査をさせ、まとめさせた報告書に目を通したギルベルトは、頭を抱えていた。

 (あぁ……ついにやりやがった……)

 東部の外れの地での召喚は、ギルベルトは完全に把握出来ていなかった。召喚の際の魔力を感じ取り、急いで調べたものの時既に遅く、想定よりも高位の悪魔を喚び出し味方につけた過激派は、早々に武器の製造に取り掛かっていた。

 ただ、理想を掲げているだけだと思っていた。だが実際はどうか。いつの間にか量産体制を整えていた過激派達は、早速幾つも完成させている。

 (本当に、タイミングの悪い……)

 間の悪いことに、帝国皇弟オズヴァルドが、アテレーゼ領の視察を行った直後なのだ。恐らく、このまま開戦となれば、あっという間にアテレーゼ領は鎮圧されてしまう。

 (そもそも、アテレーゼが戦える訳がない)

 "不落の領地"と名高いアテレーゼ領を過剰評価している過激派だが、実の所アテレーゼが得意なのは防戦であり、攻める戦、ひいては"殺す戦"は苦手なのだ。

 争いを好まない人柄からも伺えるが、アテレーゼ家は人を、魔族を、殺せない。

 アテレーゼが持つのは、殺すための魔術ではなく、守るための魔術なのだ。

 そして何より、アテレーゼの娘が契約し、従属しているのは、魔界将軍だ。

 戦争となれば、間違いなく魔界将軍はアテレーゼに向かう。そして相対した瞬間、ロゼアリアは一切の魔術を使えなくなるだろう。

 敗北は決定しているようなものだ。

 

 「ギルベルト様!!どういうことですか!!」

 そこまで思考を巡らせた所で、ギルベルトの元にロゼアリアが駆け込んできた。

 「ああ、もう速達が届いたか。……どうもこうも、連絡した通りだ。ある娘が傲慢の悪魔を喚び出した事で好機と見た過激派が、帝国に武力抵抗する手筈を整えている。把握が遅くなった俺の落ち度だな」

 「今から抑えられませんの?」

 「無理だな。もう大分、奴らは武器を造り上げていやがった。しかも、勝手にアテレーゼと連名でやる気だ」

 「とばっちりなのですが!?」

 「いやほんと、そうだよな、悪い」

 苦笑いを浮かべる。ロゼアリアはまだ何か言い募ろうとしたものの、口を閉じた。

 「……ギルベルト様、よろしいの?」

 「良くないさ。良くはない、個人的には。……けど、覚悟は決めた。俺の領地で俺の領民がやっている事だからな、責任は負う。迷惑を掛けるな、アテレーゼ」

 「……」

 沈黙。口を閉じて少しの間俯いたロゼアリアが、決意を固めた表情で顔を上げた。

 「仕方ありませんわね。これは人族の総意、そういう事になります。直ちに我がアテレーゼ領民にも通達し、こちらも手筈を整えますわ。……全く、唯では済ませません事よ!終わったら、絶対に埋め合わせしてもらうんだから!覚えておきなさいよ、ギル兄様!」

 そう言い残して、ロゼアリアは走り去っていった。

 

 懐かしい愛称で呼ばれ、ギルベルトは少しの間、固まってしまった。

 まだ幼い頃、召喚の儀を行う以前。幼馴染みであったロゼアリアとギルベルトは、毎日の様に一緒に遊んでいた。このまま彼女と婚約するのか、と淡い期待を抱いていたのだが、召喚の儀にて打ち砕かれた。

 彼女は魔界将軍を喚び出し、自分は色欲の悪魔を喚び出し。

 そのまま彼女は婚約が決まり、帝国でも重宝される様になった。

 誇らしくもあり、羨ましくもあった。

 彼女には笑っていて欲しい。その為に、自分に出来ることは何か。

 (……アテレーゼを守るためなら、道化にだってなってやる)

 バルコニーに出る。領主館の眼下には、開戦を望む過激派達が集っていた。

 彼等を見渡して、そのまま宣言する。

 「総員に告ぐ!門を閉めよ!武器を持ち、反旗の狼煙を上げよ!帝国によって奪われた我等の土地を、今こそ取り返すのだ!」

 「そうだ!今こそ奪い返そう!」

 「ルナライト王国の力を見せつけろ!」

 歓声が上がる。笑みを浮かべた後、執務室に戻る。

 精々派手に暴れ、注意を引いてやろう。

 アテレーゼ領ではなく、ルナライト領に帝国軍が集中する様に。

 「……それで、良いの?ギルベルトは」

 「……ああ」

 アスモデウスの問いに、視線を栞に落としながら答える。

 幼い頃にロゼアリアから貰い、今も尚大切にしている、勿忘草の押し花の栞。

 「君の負担が減るように、なるべく頑張るから。……愛していたよ、アリア」

 寂しそうに笑って目を伏せる。

 再び目を開くと、部下に指示を飛ばした。

 

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