Part.1

 「失礼致します。昨日分の報告書をお持ちいたしました」

 魔界帝国皇城の一室。皇帝の執務室に、書類を抱えてロゼアリア・フォン・アテレーゼは入室した。

 人族の領地は独立地とはいえ、帝国の管理下にある。故に、売上高や出生報告、召喚申請等、全てをまとめて帝国側に報告、申請を行う必要がある。領地を治める父アテレーゼ領主と、魔族との関わりを嫌うルナライト領主の代わりに、アテレーゼ領主の娘であるロゼアリアが書類を提出し、遣り取りを行う仕事をしていた。

 「御苦労。そこに置いておけ」

 そう指示を出したのは、七つの大罪のひとり、憤怒の悪魔サタンだ。

 魔族は、獣の姿をしている魔物族と、その上位に位置し人型をとる悪魔族に分かれる。その魔族のうち、実力のある者がどんどん上位に上がれる実力主義社会だ。単純な実力(戦闘力)で評価された者には軍位(上から大将、中将、少将、大尉等)を与えられ、帝国の最高機関である帝国軍への所属と地位が約束される。知識や軍略を含めた知能での実力を認められた者には貴族位(上から公爵、侯爵、伯爵等)が与えられ、各種族の統治や帝国内の物品の生産、流通に関する政治への関与が認められる。

 そして、その最上位、軍位と貴族位(軍位と貴族位は同列に扱われる)、魔界将軍、皇帝位の更に上位に君臨しているのが、七つの大罪と呼ばれる、罪の名を冠する七人の悪魔だ。

 実力、知力共に皇帝を凌ぎ、下級悪魔すらも契約で従える事が可能な最上位魔族、七つの大罪。憤怒の悪魔サタンはその序列4位であり、現皇帝と契約、使役している悪魔である。他の七つの大罪の悪魔達がやりたがらず、押し付けられた形で帝国を統治している最高位権力者。従属者である皇帝カイルヴァルド・レイ・ファレストを完全に使役し、傀儡化出来る程の実力を保有する悪魔である。

 一礼し、指示に従う。

 「はい、確かに。何か、緊急の報告はあるか?」

 「いえ、御座いません。変わらず、ルナライト領は食品加工と商売で栄えており、我がアテレーゼ領は食品生産を行っております」

 「そうか」

 書類の提出や報告等の仕事を通して、魔族と人族の橋渡し役を担っているロゼアリアは、こうして執務室への直接の連絡を許可されている上、それなりに信頼を得ている。仕事の傍らに交渉を重ね、種族間戦争で失った旧ルナライト王国領地を、少しずつ取り戻していたりする。

 その交渉の手腕と両種族に対する信頼の情を、サタンは買っているのだ。

 それだけではない。アテレーゼ領は、主に農耕と畜産を行っているのだが、瘴気の影響により、従来の作物は育たなくなり、畜産用の動物は魔物へと変質してしまっていた。その問題に対し、アテレーゼ家は研究を重ね、作物の品種改良と魔物の肉の商品化に成功、流通させた。

 そして、アテレーゼ家は更に広大な敷地の茶畑を造り、改良を重ね、人族の習慣であり魔族には無かったアフタヌーンティーの文化を広めたのだ。

 アテレーゼ家は、魔術師の家系である。遡れば、ファレスト分家、ひいてはその主君たる隣界の公爵家一族にルーツを持ち、水か氷の魔術を操る。その魔術を利用し、領地をより良くするために瘴気の研究を続けている。更に、魔術師であるため、魔族に対する偏見や嫌悪を抱かず、瘴気によって変質してしまった元人族の"混ざり者"を受け入れ、仕事を与えている等、領民に慕われている一族である。

 魔界帝国でのアテレーゼ家に対する評価もかなり高く、善き領主としてその手腕が広く認められ、魔界将軍と同列の新貴族位を与えるべきとの声が出ているほどである。

 帝国側からすれば、独立領地のままにしておくには勿体無い領地である。

 「あー、欲しいな、アテレーゼ……」

 

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