第27話 夏休み

 王立学園は夏休みに入った。前世なら「待ちに待った夏休み!」になるハズなのだが、今世では少し事情が違う。学園生活はトラブルがあったもののそれなりに楽しかったし、何より愛すべき婚約者と毎日会うことができた。

 それらの日々がなくなるのだ。ちょっぴりセンチメンタルな気分である。


 そしてそんな気分を吹っ飛ばすために企画したのが、「リアと一緒のお泊まり会」だったのだが……どうしてこうなった。


「フェルナンド、これから行くところは王家でも人気の避暑地だぞ。期待してもいいぞ」

「左様でございますか」

「フェル様、見て下さい! 大きな山がありますよ。山頂が白くなっているのは、まさか雪ですか? こんな季節でも雪が残っているなんて……」

「あの山の雪は一年中溶けることがないという話ですわ。地元の人たちは万年雪と呼んでいるそうですわ」


 殿下、リア、マリーナ様が馬車の窓から見える景色を見ながら言った。王立学園四天王のそろい踏みである。だがあんまりうれしくない。二人だけでお泊まり会したかったのに。ただ、ただ、無念だ。


「湖が見えて来ましたわ!」


 リアが見ているその先に、青々とした水をたたえた湖が見えた。対岸が見えないところを見ると、かなり大きな湖のようである。


「ここは王家が所有する湖でな、許可のない者は入れないようになっているのだよ」


 あごを上げて殿下が言った。俗に言うドヤ顔である。マリーナ様が苦笑しているが、特にツッコミはなかった。窓からは涼しい風が入り始めた。どうやら湖を渡ってきた風のようである。俺たちは安全を確認すると窓を大きく開けた。緑の匂いがそこに加わった。


 並木道を馬車が駆けてゆくと、今度は赤茶色の洋館が見えて来た。レンガ造りのその建物は一部につる植物がはびこっており、年代物の建物であることが分かる。


「殿下、あの建物が私たちが泊まるところでしょうか?」

「ああ、そうだ。何でもこの国が建国する前からある建物だそうだぞ。だから、出るかも知れんな~?」

「で、出るって、何が出るのですか、レオン様?」


 殿下のちょっとしたおちゃめを真に受けて、震える声でマリーナ様が訪ねた。もしかして、マリーナ様はお化けが苦手なのかな? これまであまり苦手なものを聞いたことがなかったのだが、完璧に見えるマリーナ様でも苦手なものはあるらしい。ちょっと安心した。


「そりゃあ、な? フェルナンド」


 何でそこで俺に振るんだよ。チラリとリアを見ると、顔が青ざめている。どうやらリアも苦手のようである。というか、得意な人とかいるのか?


「お化け、ですか。確かに古い建物にはそのような話を良く聞きますね」


 面白そうなので乗っておくことにした。これでリアとイチャイチャできるなら、それだけの価値がある。リアとマリーナ様が手を取り合って震えている。あ、そっち?


「で、殿下もフェル様も冗談はおやめ下さいませ」

「そうですわ。実家に帰らせていただきますわよ」


 その一言に殿下がすぐに折れた。ほんの冗談だ、と言っていたが果たしてマリーナ様が許してくれるだろうか。しかしお化けねぇ。本当に出たらどうしよう。


「殿下、他にも何か伝承などはありませんか? 例えば、あの湖に何か巨大生物がいる、とか……」

「良く分かったな、フェルナンド。この湖には守り神がいるという話だぞ。今のところ、だれも見たことがないがな」


 そう言って湖の方向を見た。水面には風による小さなさざ波ができていたが、湖畔自体は静かにたたずんでいた。

 まさかここ、イベントの場所とかじゃないよね? いや、大いにあり得るのか? 殿下とヒロインの恋愛度が高かったら、このお泊まりイベントが起こるのかも知れない。そして湖の主と会うか、洋館のお化けと会うかのイベントが……うん、考えるのはやめよう。


 俺たちはヒロイン様ご一行じゃないし、ゲームとの関連性は皆無だろう。俺たちは関係ない。無実だ。

 一抹の不安を感じながらも洋館に到着した。玄関ではこの館の管理人らしき人と使用人たちが出迎えてくれた。


 熱烈な歓迎を受けた俺たちは、荷物の運び込みを使用人に任せると、さっそく先ほどから見えていた湖へと向かった。木漏れ日が落ちる涼しげな小道を抜けると、すぐそこには丸太でできたボート乗り場があった。木の桟橋も湖へと続いている。


「ここでは釣りもできそうですね。これだけ広いのに他の船は見当たりませんね」


 湖の近くまでやってきたが、相変わらず対岸は見えない。相当な広さのようである。そして他の船どころか、俺たち以外の人の気配はなかった。完全に貸し切り状態である。


「釣りか。やったことないな。フェルナンドは釣りをしたことがあるのか?」

「そういえば、やったことはないですね」


 もちろん前世ではやったことがある。決して釣り人ではなかったが、それこそ学生のころは友達と一緒に釣りに出かけたこともある。魚を釣り上げた記憶はないが。


「そうか。新しいことに挑戦するのもいいかも知れないな。釣りの準備をしておいてくれ。それまでボートに乗ってみないか?」


 貸し出し用のボートが五隻ほどあるようだ。もしかすると丸太小屋の中にはまだあるかも知れない。ちょっと危険じゃないかと思ったが、リアもマリーナ様もボートに乗ってみたいのか、チラチラとボートの方を見ていた。


「そうですね。四人乗りのようなので、殿下とマリーナ様、私とリア嬢で別れましょう。万が一に備えて、渚から離れないようにして下さいね」

「分かっている。万が一のときは、マリーナを抱えて陸まで飛ぶさ」


 そう言って殿下は腰に差してあった杖を掲げて見せた。ここは王立学園ではない。みんな自分の杖を持参していた。これなら問題ないだろう。空飛ぶ魔法は俺も使うことができる。いざとなればリアを抱えて飛ぼう。


 俺たちが話している間に準備ができたようである。ボートが乗りやすい位置まで引っ張られていた。リアに手を貸して、慎重に乗り込んだ。ボートが少し揺れると、小さな悲鳴をあげてリアがしがみついてきた。


「だ、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。ボートの上に立つようなことをしなければ、そうそう転覆しませんよ」

「フェルナンド様の言う通りです。このボートは安全第一に作られておりますので、転覆する危険性は極めて低いです。ボートの上で暴れなければ、まず大丈夫です」


 共にボートに乗り込んだ使用人がそう言った。どうやらこの人はこのボート小屋を管理している人のようで、慣れた手つきでボートを漕いでいる。殿下たちが乗っているボートも問題なく湖の上を滑っていた。


 初めは緊張していたリアも、すぐに慣れたようである。今は水面に手をつけて遊んでいる。


「水が冷たくて気持ちいいですわ。ほら、フェル様も触ってみて下さいよ」


 リアにそう言われて水に手を入れる。冷感マットを触ったような心地良い冷たさが伝わってきた。


「本当ですね。もしかすると、あの山頂に雪を頂く山からの雪解け水がこの湖に流れ込んでいるのかも知れませんね」

「なるほど。だからこれだけ日差しが強くても、水が冷たいのですね。それにとても澄んでますわ。海底のお魚さんが見えますわ」


 リアが言うように、湖の透明度は極めて高かった。この辺りなら、湖底がハッキリと見えている。殿下がこの湖に主がいると言っていたが、もし本当にいるのであれば、これならすぐに見つかりそうだ。


 湖に潜ると、一体どのくらい先まで見通すことができるだろうか。ちょっとワクワクしてきた。問題があるとすれば、この世界には水着はないため、泳ぐという習慣を持たないことである。

 リアの水着姿、見たかったな。とても残念だ。……どうする? 作るか?

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