第26話 正々堂々

 チェスとダーツの大会はすぐに開催された。資金は豊富にある。必要な道具はすぐにそろえられ、各教室だけでなく、専用の遊技場が設置された。


「準備万端、と言ったところですわね。さすがですわ、フェル様」

「ありがとうございます。とは言ったものの、我が伯爵家が贔屓にしている店ですからね。少し融通してくれと頼んだら、全力で作ってくれましたよ」


 そのときのことを思い出して思わず苦笑いをしてしまった。まだ計画段階のときにちょっと聞いてみただけのつもりが、本格始動になって頼みに行ったら、すでに出来上がっていた。


 何を言っているか分からないが、俺がほんのちょっと臭わせただけで、それを信じて全力で用意してくれていたのだ。多分、三日三晩は徹夜してると思う。今度、差し入れを持っていこうと思う。


「学園側が新しく遊技場を提供してくれたのは本当にありがたかったですわね。お陰でさらに大会が盛り上がりそうですわ」

「そうだな。まさかこれほどまでとは思わなかったな」


 マリーナ様の声も弾むように明るかった。殿下も新生生徒会になってからの初めてのイベントが盛り上がりつつあるため、うれしそうである。

 新しく設置された遊技場は普段からだれでも利用して良いことになっており、連日多くの生徒が訪れていた。


 そう。今や、チェスとダーツは王立学園で一大ブームとなったのである。

 理由は簡単。だれでも気軽に取り組めて、男女差がなく平等であること。王立学園で催される剣術大会ではどうしても男性が中心になってしまいがちだが、この二つの大会は違う。体格差も男女差も関係ないのだ。



 授業が終わった後の時間を使って、予選も順調に行われている。ただいま殿下がチェスの試合中である。その様子を多くのクラスメイトが固唾を呑んで見守っていた。

 

「負けました」


 殿下がチェスでの敗北を認めた。その瞬間、教室がシンと静まり返った。

 殿下はふうと一つ息を吐くと、立ち上がって相手に握手を求めた。


「実に良い試合だった」

「あ、ありがとうございます!」


 高揚しほほが赤くなった相手が殿下と握手を交わしている。なぜかどこからともなく拍手が沸き起こった。

 この大会を盛り上げるために、なるべく身分の差が出ないように配慮をしていた。もしも出来レースになってしまえば、みんなが冷めることは間違いないだろう。


 そのため、生徒会は一丸となって、「この大会はお互いに正々堂々と勝負しよう」とスローガンを掲げた。そして試合前と試合後に握手をすることを義務づけた。そのかいあって、大会中も大会後も、スポーツマンシップに則った試合がなされるようになっていた。


 そしてそれは殿下も同じであることが、今、証明されたのであった。それによって「本当に正々堂々と勝負するんだ」という風潮を強化することができるだろう。


 ちなみに俺もリアもマリーナ様も予選敗退している。王立学園四天王、完全に名前だけである。ちょっと悔しかったので、その後リアと一緒にチェスやダーツを楽しむようになった。これはこれでありだと思う。


 数日後、全クラスの代表が決定した。あとは決勝トーナメントの日を迎えるだけである。場所はもちろん、遊技場で行われる。


「たくさんの人が訪れそうですわね」


 リアがパタパタと生徒会室の俺の席までやってきた。ここまでは思った以上に順調に進んでいる。決勝トーナメントが待ち遠しいのかも知れない。


「そうですね。少しでも多くの人が見ることができるように、時間経過で観客を入れ替えるのがいいかも知れませんね」

「良い考えだが、追い出された人はどうするんだ?」


 殿下が眉をひそめて聞いてきた。観客を入れ替えるとなれば、当然俺たちも追い出されることになる。それを気にしているのだろう。


「フッフッフ、ご心配なく。中庭に屋台を呼びましょう。ちょっとしたお祭りにするのです!」

「おおお!」


 殿下だけでなく、生徒会役員の多くが声を大きくした。そしてその場で、全会一致で可決された。そうと決まれば屋台の呼び込みだ。さっそくみんなで招待したいお店を挙げて、チラシの作成に移った。


 ちょっと急だが、何軒かは出店してくれるだろう。ダメそうなら食堂のおばちゃんに頼んでやってもらおう。

 いや、待てよ。俺が甘味を提供すれば良いのではなかろうか。俺はその日のうちに両親に相談した。そしてガジェゴス伯爵家から甘味屋台が出店することが決まった。


 提供するのはプリンにアイスにシャーベット。最近はドライフルーツも作れるようになったので、それを練り込んだパウンドケーキも提供する予定だ。リアに試食させたら「ずるいですわ」と言われた。なんでじゃ。


 決勝トーナメントは白熱したものになった。あまりの熱狂ぶりに、臨時で出店していた屋台の食べ物が飛ぶように売れていた。また機会があれば呼んで欲しいと頼まれたが、次があるかは不明である。


 あまりの反響だったので、売り切れを阻止するべく、俺は甘味作成マシーンと化していた。まぁ言い出しっぺなので甘んじて引き受けるけどね。お陰で決勝トーナメントを見ることができなかった。



 大会は大盛況のうちに終わった。そしてこの大会は国内にも飛び火した。王立学園で決めた規定を元に、王国各地で大会が開かれるようになったのだ。

 そこには高らかに「正々堂々と勝負すること」と明記されていた。いいのかな? 俺たちが勝手に決めたことを採用してしまっても。


 それって、大事な部分だよね? 身分差を排除しろって言ってるようなもんなんだけど。もちろん、試合の始まりと終わりに握手を交わすことも盛り込まれていた。


 どうやら思った以上に盛り上がり過ぎたようである。もちろん遊具は飛ぶように売れた。そして俺の懐にもウハウハなお金が入ってきた。

 ジョナサンの工房にはたくさんのお土産を持って行った。ドライフルーツと共に最近開発した、イモをスライスして揚げたものを持って行ったのだが、どちらも飛ぶように売れた。



「リア、夏休みはどうする?」

「夏休み、ですか? そうですわね……」


 お金に余裕がある俺は、下心ありきでリアを旅行に誘おうと思っていた。もうすぐ夏休みが始まる。聞くなら今しかねえ。


 いつもの出迎えの馬車内でそう尋ねた。馬車の中には室温を下げる魔法が使われており涼しくなっている。しかし一歩外に出ると、真夏の太陽が照りつけており、馬車のボディーはアチチになっている。


 さすがに王立学園全体を魔法で涼しくすることはできないようであり、教室以外は汗がしたたるほどの暑さになりつつあった。この時期はこぞって避暑地に行くのが貴族たちの通例である。そのため学園も王城も一部機能を停止するのだ。もちろん他国も同じである。


「もし予定がなかったら、旅行に出かけないか?」


 まあ! と思わず声を上げた使用人は口元に手を当てるとすぐに気配を消した。こりゃ後でトバル公爵に告げ口されるな。どのみち許可はもらわないといけないから、知られるのが早いか遅いかの違いしかないけどね。


「そうですわね。みんなで旅行、楽しそうですわね」


 笑顔を向けるリアに、「違う、そうじゃない」とは言い出せなかった。使用人が小さく首を振っているのが見えた。

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