第28話 洋館
「白魚、白魚ですわー!」
陸に戻った俺たちはさっそく釣りを始めた。リアは釣り上げた魚をどうすればいいのか分からず叫んでいた。
「リア嬢、私の方へ白魚を引っ張って来て下さい。網で捕まえますから」
リアは眉をキリリと上げて、ゆっくりと慎重な手つきで俺の方に白魚を寄せてきた。それを何とかキャッチすると、桟橋に引き上げた。
「やりましたわ!」
「お見事です、リア嬢。この魚、食べられるんですか?」
魚についた針を取り外している使用人に尋ねるとすぐに返事が返ってきた。
「白魚は塩焼きにするととても美味しいですよ。あちらで準備しておきましょうか?」
「お願いしますわ! さあ、フェル様、どんどん釣り上げますわよー!」
初めての釣りにテンションがずいぶんと上がっている様子。俺も負けじと仕掛けを投げたが、一匹も釣ることができなかった。殿下とマリーナ様も釣れていたようなので、どうやら魚が釣れなかったのは俺だけだったようである。
「フェル様、私のお魚を差し上げますのでそんなに落ち込まないで下さいませ」
「別に落ち込んでなど……」
どうやら顔に出ていたようである。俺も釣ってみたかったな、魚。リアにもらった白魚の焼き魚は塩が利いて美味しかった。たぶん涙のせいではないだろう。
洋館に戻った俺たちはそれぞれの部屋へと案内された。窓からは湖畔の姿が見えており、庭に植えてある木々が夏の暑い日差しをしっかりと遮ってくれていた。湖畔からは相変わらず涼しい風が吹き付けてきている。
あの冷たい水の上を風が渡ってくる間に冷却されているのだろう。まさに天然のクーラーのようであった。ここが王家の避暑地になることもうなずける。そう言えば奥にサロンがあるって言っていたな。ちょっと行ってみるかな。
期待に胸を膨らませて向かうと、すでにリアがサロンでくつろいでいた。
「あらフェル様、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、リア嬢。明るくていい場所ですね。それに、いい風が窓から入って来ている」
「そうですわね。とても夏とは思えませんわ」
「ええ、本当にそう思いますよ」
丸いテーブルに座っているリアの前に座ると、二人で笑いあった。すぐに使用人がお茶を持ってきてくれた。昼食の代わりがあの白魚の塩焼きだったのだが、それでは少しもの足りなかった。
そのためテーブルの上にはパンに野菜や肉を挟んだものがいくつか置いてあった。それをつまみながら、リアとたわいもない話をしていた。
そのうち殿下とマリーナ様もやってきた。マリーナ様の表情が少し引きつっている。何かあったのかな? もしかして、お化けでも出ました?
「ご機嫌よう、殿下、マリーナ様。マリーナ様、顔色が悪いですが、何かありましたか?」
「それが……」
そう言ってチラチラと殿下の方を見るマリーナ様。殿下が早くも何かをしでかしたのかな? 殿下に視線が集まった。当の本人はキョトンとしている。何かありましたか? みたいな雰囲気を作りだしている。
「殿下、何かマリーナ様を困らせるようなことをしませんでしたか?」
これではらちが明かない。思い切ってストレートに聞いてみた。殿下は首をかしげながら言った。
「別に何も……ただ、国王陛下と王妃様もいらっしゃると言っただけなのだが……」
そ・れ・だ! なぜ国王陛下と王妃様がいらっしゃるのか。それは当然、ここが王族御用達の避暑地だからである。あああ、何で気がつかなかったんだ。これなら無理やりにでもガジェゴス伯爵家の別荘にしておくんだった。
リアの顔色も青くなっている。公爵家の娘とはいえ、それほど国王陛下たちとは親しくはないのだ。その場の空気が一気に重くなった。一人を除いて。
「そうだった、そうだった。国王陛下と王妃様が一緒にチェスやダーツをしようと言っていたぞ? ここは王立学園四天王として、負けられんなぁ」
ハッハッハと笑う殿下。俺たち三人の目からは光が失われていたことだろう。こうなったら護衛たちも巻き込んで……あれ? いない! あいつら事態を察してどこかに行方をくらましやがったな。自分たちだけずるいぞ。
お通夜のような状態でサンドイッチ風のパンをモソモソと食べていると、にわかに玄関ホールが騒がしくなってきた。どうやら、いと貴き方々が到着したらしい。俺たちは身なりを整えると、すぐに玄関ホールへと向かった。
「おお、館に戻ってきておったのだな。湖に遊びに行っていると聞いていたので、あとから向かおうと思っていたのだが、少し当てが外れてしまったな」
「あらあら、それは残念ですわ。時間はたっぷりあることですし、また明日にでも行けばよろしいではありませんか」
「うむ、そうだな。そうするとしよう」
国王陛下と王妃様が気さくな感じで話しかけてきた。そこにはいつものような他者を圧倒するような圧迫感はなく、ごく自然なただ者ではないオーラが出ていた。これが王者の風格か。どうやら自分の纏う空気を自在に操ることができるようだ。
その柔らかくなったオーラに、目尻が少し下がったリアとマリーナ様。どうやら国王陛下は、王城にいる間はいつもあの威圧するようなオーラをあえて出していたようである。
あんなにすごいオーラを絶えず出し続けるとは。国王陛下はすごいな。俺にはとてもできそうにない。
予定外ではあったが、俺たちはいつもとは違う国王陛下と王妃様の人となりを知ることができた。この日から、俺たちと国王陛下との壁が少しだけ低くなったように感じた。
「フェル様、チェックメイトですわ」
「ぐぬぬ、負けました」
「ハッハッハ、フェルナンドはチェスが苦手なようだな。チェスを開発したのはフェルナンドだと聞いていたのだが、違ったかな?」
リアに負けた。リアだけではない。全戦全敗。俺はとことん勝負事に弱かった。ギャンブルには絶対に手を出さない。そう心に固く誓った。
殿下は片方の眉を器用に上げてこちらを見ている。何か、腹立つな。
「チェスはフェル様が開発したのですか!? もしかして、ダーツも?」
「その通りだよ、エウラリア嬢。フェルナンドがチェスもダーツも、何だったらガジェゴス伯爵家から売り出されている、新しい甘味のすべてはフェルナンドが作りだしたものだよ。そうだろう?」
ニヤニヤしながら殿下が言った。こいつ、なぜそんなことを知っているのか。俺が返事に窮していると、国王陛下が助け船を出してくれた。
「宰相が自慢げに話していたからな。間違いないだろう。あいつは次に息子が何をしでかすのか、楽しみにしているようだったぞ」
「さ、左様でしたか。初めて聞きました」
冷や汗ものである。お父様、なぜ国王陛下に息子の自慢話を聞かせるのですか。親バカにもほどがあるだろう! だがしかし、お父様は国王陛下の隣に常にいる宰相なのだ。そんな話をしていてもおかしくはないのかも知れない。
やはりジョナサンの発明にしておけば良かった。甘味の件についてはすでに手遅れだったが。
「そうだったのですね。フェル様がそんなにたくさんのヒット商品を作りだしていただなんて、知りませんでしたわ。なぜ私に内緒にしていたのですか」
「なぜ、と言われましても……自慢するほどのことでもないかと思いまして」
「ハッハッハ、フェルナンドは本当に欲がないな。婚約者殿の評価を上げるチャンスだっただろうに」
確かに! そう言えばそうだ。私の婚約者はすごい、と思ってもらえば別れ話など出てこないだろう。さらにお金も持ってます、ともなれば完璧である。これはもう一度リアと二人っきりで話し合う必要があるな。
お邪魔虫がたくさんいる状態でどうやって二人っきりになるか。これはやはり、夜這いを仕掛けるしかないか?
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