第22話 火急の知らせ

 ほどなくしてアーノルドが戻って来た。だが、その表情は険しい。これは間違いなく、何かトラブルがあったな。


「どうだった、アーノルド?」

「ハッ! 報告します。どうやら近くに魔物の群れが現れたそうです。王立学園の生徒が襲われているという情報が本部に入ってきているようです」

「なんだと!?」


 俺たちは顔を見合わせた。本部からは馬に乗った兵士が飛び出し、いずこかへと駆けて行った。馬に乗った兵士は大会運営者が雇った兵士なのだろう。人数は二人。大丈夫かな?

 魔物の群れということは、一匹や二匹ではないハズだ。


「殿下、安全のため本部と合流しましょう。魔物の群れの規模が分かりません。ここまで押し寄せてくる可能性も考慮しなければ。いざとなったら、殿下はマリーナ様とリア嬢を連れて、馬で逃げて下さい」


 本部には護衛三銃士の馬がつないである。それで逃げれば問題なく逃げることができるだろう。


「フェル様はどうしますの!?」


 ガクガクとリアが俺を前後に力強く揺すってきた。やめて、気持ち悪くなりそう。


「落ち着いて下さい。いざとなったら、の話です。まだそこまで差し迫っておりません。今は少しでも情報を集めなければなりません」

「フェルナンドの言う通りだな。急いで本部まで戻ろう」


 殿下の言葉を皮切りに俺たちは本部へと急いだ。



 本部が設置されているテントの中では、慌ただしく人が動き回っていた。その中には生徒会長の姿もあった。今さら仲良くする気はないが、事が事である。ここはいがみ合っていても仕方がない。


「何があった、報告しろ!」


 殿下が叫び声を上げた。サッと静まり返り、注目が殿下に集まる。すぐに現状の報告が始まった。

 報告によると、どこからともなく魔物が現れたと見回りをしている先生方から連絡があったらしい。先生方はそのまま対処にあたっているが、生徒を誘導する人員が欲しいということで、たった今、兵士を送り出したそうである。


 生徒は王立学園の決まりで魔法を使うための杖や、剣などの武器を一切持っていない。今は先生方と数人の護衛の兵士だけが頼りである。テントの中にはまだ五人ほどの兵士が残っていた。


「何だって!? 分かった。すぐにそちらに向かわせる。どうやら別の場所でも魔物が現れたみたいです」


 通信魔法での連絡を受け取った先生がそう言うと、慌てて兵士たちを向かわせていた。

 これは偶然ではないな。何者かが意図的に仕組んでいるに違いない。一体だれが?

 まさか冒険者ギルドが儲からなかった腹いせに? いや、それはないだろう。そんな危険なことはしないはずだ。それなら一体だれが……。


 さいわいなことに、現れた魔物は王都近郊に出没する弱い魔物だそうである。先生たちでも十分に対処できるレベルだそうだ。

 そうこうしているうちに、兵士たちに先導されて散り散りになっていた生徒たちが本部へと戻ってきていた。


 時間が経過するごとに着々と人数が増えていく。しかしその中にショッキングピンクの髪を持つ人物の姿は見えなかった。あれだけ目立つのだ。見逃すはずがない。まだ戻って来ていないのだろう。ものすごく悪い予感がする。


 そんな中、一人の兵士が本部のテントの中に飛び込んできた。そのあまりの差し迫った空気に、テントの中が水を打ったようにしんとなった。


「大変だ、見慣れないでかい魔物が現れた。至急救援を頼む。あの人数じゃ、太刀打ちできない」


 周囲を見渡すがだれも何も言わなかった。それもそのはずだ。度重なる支援要請で、ほとんどの学園関係者は出払っており、兵士たちもまだ戻って来ていない。援軍として送れる人物がいないのだ。


 どうする? 多分と言うか、間違いなく襲われているのはヒロインだろう。他にも道連れになっている生徒がいるかも知れない。

 放っておくか? ヒロインが死んでも俺にはまったく影響はない。それどころか、むしろありがたいと思うだろう。


 だがそれは人としてどうだ? 俺は心のない魔物ではない。一人の人間だ。得意なことも、苦手なことも持っている、一人の人間だ。


「襲われているのは何人ですか?」

「フェル様!?」

「襲われているのは少なくとも五人います。戦っているのは先生方が二人。私は馬に乗っていたので、救援を呼んできてくれと言われてここまで急いで戻って来ました」


 五人か。全員が無事に逃げ出すのは難しそうだな。これは行くしかないか。この場で救援に行けるのは俺だけだろう。

 俺が行こうとしたのをリアが腕をつかんでとめた。


「フェル様が行ってどうなさるおつもりですか? 武器などありませんよ! 危険な目に遭うだけですわ!」


 必死な形相のリアに、俺は胸のブローチを指でトントンと指差した。


「ジョナサンたちにもらった入学祝いがあります。このブローチは緊急時に杖として使えるようになっているのですよ。短いですが素材はミスリルです。普通の杖として十分に使えると言ってましたよ」


 笑顔で答えると、リアが恐ろしいものを見るような目でこちらを見た。体が小刻みに震えている。俺をとめる理由がなくなったと思って、動揺してるのかな?


「フェルナンド、お前が行く必要はない。俺の護衛を差し向ける」

「いけません、殿下。そうなれば、だれが殿下とマリーナ様を守るのですか。この場にはもうほとんど戦力が残っておりません。殿下の身を守る者、殿下を安全な場所に避難させることができる者が必要です」


 殿下の護衛は戦闘力だけで選ばれているわけではない。非常事態のときに生き残ることができるように、サバイバル経験や、絶対に殿下を守り切る力を持った人物が選ばれているのだ。


 くっ、と唇を噛む殿下。そう、それで良いんだ。万が一のときは何としてでも生き残ってもわらねばならない。

 ハッキリ言って、俺が行っても無駄かも知れない。だが、これがゲームのイベントならば、俺が行くことで解決する可能性は極めて高いだろう。死亡フラグも立っていないはずだ。なぜなら俺は攻略対象なのだから。


 俺はまだ震えているリアの頭を優しくなでると、テントを後にした。すぐにシュワルツが馬を持ってきた。


「フェルナンド様、せめて私の馬を使って下さい!」

「せっかくだが、気持ちだけ受け取っておこう。それよりも、万が一のときは、できればリア嬢も助けてやってくれ」

「そんな……分かりました。必ずやエウラリア様も一緒に守り抜きます」


 シュワルツが先ほど駆け込んできた兵士が乗っていた馬を見ている。ここまで全力で走ってきたのか、たてがみは力なくうなだれており、毛並みに艶もなかった。


「大変言い難いのですが、この馬に二人乗るのは難しいでしょう。馬を借りた方がよろしいのでは?」


 水を飲んで一息いれていた兵士が言った。


「その必要はない。現場まで走って行くから」

「はい?」

「え?」


 シュワルツと兵士が困惑の声を上げた。だって、馬で走るよりも自分で走った方が速いんだもん。

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