第21話 スケッチ大会

 スケッチ大会当日になった。空には少し雲があるが、快晴と言っても良いだろう。日に当たると暑くなりそうなので、少し曇っていた方がありがたいな。

 目的地までは学園が用意した馬車に乗って移動する。もちろん、護衛として兵士もついている。


 これから行く丘は、魔物はもちろんのこと、野生の動物もほとんどいないそうである。そのため、兵士がついていると言っても最小限である。よっぽど予算がなかったんだな。

 今年初のイベント、生徒会は華々しく飾りたかっただろうなー、知らんけど。


 本日のイベントは丘の上に到着した後、好きな場所に行って、好きな景色を描く。ただそれだけである。実にシンプルだ。絵の具は自前である。持ってない人には道具を貸し出していた。

 庶民の中にはそんなものを買う余裕がない人たちもいるからね。いい判断だと思う。


「フェル様ー! ど、どうせ独りぼっちなんでしょう? 私が一緒に描いてあげても構わなくてよ!」


 目的地に着いた途端、リアが駆け寄ってきた。どこかテンションが上がった様子である。この気持ちが良い陽気に誘われたかな? 少しツン成分が入っているが、もちろん俺に異論はない。すぐさまオッケーを出した。


 そうこうしているうちに、殿下とマリーナ様もやってきた。王立学園四天王そろい踏みである。マジでこの名前で通すつもりなのかな。大丈夫? 恥ずかしくない?


 この丘は王都に住む住民の癒やしスポットにもなっているようだ。よく見ると、遠くにちらほらと人影が見える。


 ……これ、本当に大丈夫かな? 確かに魔物や動物による危険性は極めて低いのかも知れない。

 しかし、対人での安全性はどうだろうか? こんな開けた丘で盗賊に襲われでもしたら、逃げるのは非常に困難になることだろう。いや、この場合は山賊になるのか? まあ、いいや。とにかく危険そうな気がする。


 自由行動とはいえ、これはあまり遠くまで行かない方が良いな。なるべく本部に近い場所で過ごす方が無難だろう。

 そんなわけで俺たちは本部にほど近いところにある、ベンチになりそうな石を見つけると、そこに陣取った。


「うーん、この場所は少し殺風景じゃありませんか?」


 周辺の景色を観察していたリアが眉をぽよぽよと寄せながら聞いてきた。その動く眉を触りたい衝動を抑えて答える。鎮まれ、俺の左手。


「そんなことはありませんよ。これだけ広い丘です。景色の映える場所を探そうとしても、きっと途方に暮れることになるでしょう。それならば、この場所に座って、今見える景色の中から素敵な風景を見つける方が迷わずに済むと思いませんか?」


 少し見開いたリアのつり上がった目が、目尻を下げながら少しだけ細くなった。口は閉じたままだが口角がわずかに上がっている。


「それもそうですわね。絵描きではない私たちが探し回っても、きっとそんな素晴らしい景色は見つかりませんわ。今いるこの場所の素敵なところを探しましょう」


 そう言ってリアは自分の腕を俺の腕に絡めた。柔らかいマシュマロスライムが俺の二の腕を這ってゆく。これはけしからん!

 あわあわしている俺に気がつくこともなく、リアは真剣な表情で周囲を観察しはじめた。


「フェルナンドもなかなか詩人だな。今いるここで素敵なところを探せ、か。確かにそうだな。同じ場所で同じような景色を見ても、きっと違う風景が描かれるのだろうな。これは楽しみだ」

「ウフフ、そうですわね。私たち『王立学園四天王』で初めての同じモチーフの作品になりそうですわね」


 楽しげにマリーナ様が言った。あ、やっぱりその名前、採用するんですね。


「それならなおのこと、真剣に描かなければいけないな」


 ハッハッハと楽しげに殿下が笑った。



 本部に近い場所を選んだ理由は安全性の他にもう一つあった。それは補給物資を得やすいことである。この場所なら飲み物はもちろん、食べ物だってすぐに手に入れることができる。殿下の護衛に頼めばすぐである。


 悠々自適に飲み食いする俺たち。完全にピクニック気分である。あ、もちろん絵は描いている。残念なことに俺には絵の才能がなかったらしく、他の三人に修正してもらいつつ描いていた。

 知ってたよ。ミミズがのたうち回るような字しか書けなかった時点でな。


「フェル様にも苦手なものがあるのですね。何だか可愛らしいですわ」

「か、可愛らしい!? リア嬢、冗談はやめて下さい。私も人間です。苦手なことの一つや二つ、ありますよ」


 まあ! とリアが目を丸くして驚いた。その少しオーバーなリアクションを見た殿下たちが笑い声を上げた。ちくしょう、ネタにされた。


「気になりますわね、フェルナンド様の苦手なもの。他に何があるのですか?」


 目と口を三日月型にしたマリーナ様が追い打ちをかけてきた。なんてこったい。まさかこんなことになるなんて。だが、やられっぱなしでは終わらんよ。俺は何事もないかのようにポーカーフェイスを装った。


「そうですね、リア嬢の涙、あれだけはどうしても苦手ですね。あれを見ると胸が締め付けられそうになる……」


 リア嬢に会心の流し目を向ける。まともにそれを受けたリアが今にも頭が沸騰しそうな勢いで顔を赤く染め上げた。その目が涙目になっている。

 あれ、もしかして俺、やり過ぎちゃいました?


「フェル様……」

「リア嬢……」


 見つめ合う二人。そこには二人だけの世界があった。その世界を悪の大魔王が打ち破る。パンパンと二回柏手が鳴った。


「ハイハイ、二人とも、それくらいにしとけー。その空気、近くにいる俺らが困るから」


 そう言って呆れる殿下の隣では、マリーナ様が扇子の陰で瞳を爛々と輝かせていた。楽しそうですね、マリーナ様。護衛三銃士は「我々は何も見なかった」とばかりに背を向けている。その耳は少しだけ赤かった。


 そんな緩みきった状態でスケッチ大会を堪能していた俺たちの耳に、何やら騒がしい声が聞こえてきた。どうやら運営本部で何かトラブルがあったみたいである。何人かの先生や、大会運営者である生徒会役員らしき人たちが、本部があるテントを出入りしている。


「何かトラブルか? アーノルド、ちょっと調べてきてくれ」

「かしこまり!」


 殿下の指示に、アーノルドが本部へと走ってゆく。その後ろ姿を見ながら、俺は何だか嫌な予感を抱かざるを得なかった。

 まさか、スケッチ大会にもゲームのフラグがあるのか?


「フェル様? フェル様! どうされたのですか!?」


 リアの呼ぶ声に我に返った。いかんいかん、まだそうと決まったわけではないのだ。本来、このスケッチ大会はイレギュラーなはず。フラグが立つ可能性はゼロのはずだ。

 俺はリアの肩を抱き寄せると、成り行きを見守った。

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