第20話 波紋
王立学園の生徒会が割れたことは大きな波紋を生み出した。
これまで入手した情報によると、学園で行われるイベントは貴族からの援助金によってその規模が大きく変わる。当然、援助金が少なければイベントもショボくなる。
ここまではオーケー? そしてその援助金を出す貴族のほとんどが、在籍する生徒の親である。もちろんそれは学園生活を楽しんでもらいたいという思惑もあるだろうが、貴族としての見栄の部分もかなりのウエートを占めているだろう。
そんな大事な援助金が現在ピンチになっているらしい。大きなところでは、王家と二つの公爵家が見送りを決定してる。王家はもちろん殿下、公爵家はリアと殿下の婚約者であるマリーナ様の実家だ。ちなみにその他の公爵家の子弟は、現在王立学園に在籍していない。
そのほか、俺の実家の伯爵家や、共に生徒会をやめたメンバーの実家が中心となって援助金の見送りを決定してる。そのため、今年のイベントが縮小されるのは必至。いまごろ生徒会役員は青くなっていることだろう。いい気味だ。
その中でも、王家の見送りは王立学園に多大な衝撃を与えた。なにせこれまで、王立学園に王族が在籍していようが、いなかろうが、毎年援助金を出していたのだ。それを見送るとは一体何があったのか。学校側は速やかに調査を始めた。そして殿下が生徒会をやめたことを知って大いに慌てふためいた。
「フェルナンド、何だか機嫌が良さそうだな?」
「ハハハ、殿下の目はごまかせませんか。ですが、殿下も機嫌が良さそうですね」
「まあな。お陰で自由な時間が増えた。これは感謝の一つくらい言った方がいいかも知れないな」
ハッハッハと二人で笑った。生徒会室で無駄な時間を過ごす必要がなくなった殿下は、ここぞとばかりにアグレッシブに動き出した。マリーナ様を連れて城下町にデートに出かけたり、他のクラスを訪ねて見聞を深めたりしている。
もちろん俺とリアもついて回っている。これはマリーナ様からのお願いだ。一人にしないで。そこにはマリーナ様の切実な思いが込められていた。すがるようなあの子犬のような瞳。断り切れなかった。
その結果、優秀な人材を何人も発掘することができた。なぜこんなに優秀な人材を生徒会は放っておくのかと不思議なくらいだ。
そして気がついた。生徒会役員は家格と顔によって選ばれている。本当にろくでもない組織だな。
そんな生徒会も現在は立て直し中。お金を持ってる貴族の生徒に、片っ端から声をかけまくっているらしい。金、金、金、生徒会として恥ずかしくないのかね? これはもしかして成績も金で買っているのかも知れないな。
だから庶民のビラリーニョ嬢は赤点スレスレに……まあ調べて本当だったら面倒だし、在籍期間は二年間だけだし、見なかったことにしておこう。王立学園は人脈を広げ、社交界でのマナーを磨く場だ。最低限の役割を果たしているのだからよしとしよう。
「そういえば、もうすぐスケッチ大会だな」
「ええ、そうですね、殿下」
「何でも初めての試みらしいぞ?」
「……」
殿下の顔は相変わらずニヤニヤしている。昨年度までは、この時期には魔法の実戦訓練が行われていたハズである。
比較的安全な近くの森を、冒険者たちの力を借りてさらに安全にした上で実戦訓練が行われるのだ。
初めて魔物と対峙して、その危険性を肌で感じる。
それが本来の目的であるのだが、近年では近くの森の魔物が減りすぎて、わざわざよそから弱い魔物を捕まえてきて指定された場所に解き放つという有様。
当然、コストはストップ高。年々その費用はバカにならないものになっていた。一部では、冒険者とギルドが結託してわざと魔物を狩り尽くし、よそから魔物を捕まえて持ってくることでさらなる収益を上げているようだ、とウワサされていた。
火のないところに煙は立たぬ。あり得そうな話である。
そして今年は……その費用がなかった。当然だな。支援者が極端に少なくなったのだから。なので初夏の風物詩である「王立学園実戦訓練」は開催されないことになった。
その代わりと言っては何だが、王都近郊の小高い丘でのスケッチ大会が催されることになったのだ。
うん、なんていうか、ずいぶんと平和的なイベントになりましたね。こんなことなら「チェス大会」とか「ダーツ大会」とかにした方が盛り上がりそう何だけどね。夏祭りでも良かったが、まだちょっと肌寒いかな?
「絵なんて描いたことがありませんわ。大丈夫かしら?」
「エウラリア様、私もですわ。ああ、どうしましょう」
女性陣二人が悩んでいる。大会の内容がどんなものなのかは知らないが、公爵家に連なるものが描いた絵を誹謗中傷するような人はいないと思う。そう、これは出来レースなのだ。心配する必要はまったくない。
「フェルナンドはずいぶんと余裕そうだな。二人の話を聞いて、俺も何だか心配になってきたぞ」
「何をおっしゃるのですか。殿下が自ら描かれた絵なら、売れば間違いなく高値がつきますよ。マリーナ様と合作でもすれば、さらに値段が倍増することは疑いの余地がありません。お金を稼ぐには持って来いの手段ですね」
冗談めいてそう言うと、みんなで声をそろえて笑った。いやらしい話ではあるが、そんなことをしなくても俺たちは十分にお金を持っている。
「そうだな、今さらお金を稼いでも……いやまてよ。絵を売ったお金を孤児院に寄付するのはどうだろうか? 城下町で見かけたときに気になっていたのだよ。数年前の戦争で多くの戦争孤児を生み出してしまった。そのわび、というわけではないが、何かしてあげられないかと思ってな」
おっと、どうした殿下、何か悪いものでも食べたのか? ずいぶんとまともなことを言っているぞ。俺たち三人は顔を見合わせた。
前回のカフェテラスでのダブルデート以降、秘密結社オズに新たにリアが加わっていた。テッテレー。そのためこうして三人で意思疎通をする必要が出てきたのだ。
「良い考えだとは思いますが、王族が直接お金を渡すのは色々と問題があるのではないでしょうか?」
マリーナ様がそう言った。確かに言う通りだと思う。王族という肩書きはだてじゃない。王族が孤児院を訪れただけでも、大きな波紋を引き起こすことになるだろう。そして特別にお金を出したとなれば言うまでもない。それではどうするか。俺に良い考えがある。
「確かに、あちこちに何らかの影響が出そうですね。それならば、偽名を使って寄付すれば良いのではないでしょうか?」
そう、何となく殿下ですよと分かる偽名を使えばいいのだ。多くの人が殿下の仕業であると察するだろう。だが、確認をすることはできない。殿下の心意気を踏みにじる者はいないだろう。
「なるほど、さすがはフェルナンド! その手でいこう。それなら偽名を決めないといけないな。どうせなら、ここにいる四人の連名にしないか?」
「良い考えですわね。私たち四人を敵に回すものなどいないでしょう」
声を弾ませてマリーナ様が言った。しまった、巻き込まれたぞ。助けを求めてリアを見ると、一つうなずいた。
「もちろん、私たちも参加しますわ。ね、フェル様」
違う、そうじゃない。そうじゃないんだが、どうやら逃げることはできなさそうである。これは腹をくくるしかないか。秘密結社オズのメンバーにも協力してもらおう。ここは一蓮托生だ。巻き込んじゃえー。
そして俺たちの偽名は「王立学園四天王」に決定した。おいだれか、殿下を止めろ!
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