第5話 残念な王子様

 ある晴れた昼下がり、王城へと続く道。伯爵家の馬車がゴトゴトと俺を運んでゆく。俺の隣にはお父様の姿がある。キリリと引き締まったその顔はさすがのイケメンである。思わず惚れてまうやろーって言いたくなった。そりゃお母様みたいな美人が嫁に来るわ。


「あの、お父様。なぜボクが王城に行く必要があるのですか?」


 俺の疑問はもっともだと思う。何も告げられずに「王城に行くぞ」とお父様に言われて馬車に詰め込まれたのだ。まさか自分が荷馬車に乗せられて出荷される子牛の気持ちが分かる日が来るとは思わなかった。


「先日、国王陛下からの申し出があった。フェルと殿下を引き合わせたいと」

「なるほど」


 とは言ったものの、お父様の顔は引き締まったままだ。これはアレだ、良くない傾向だ。お父様は何か悪いことがあったときは、それを表に出さないために無表情になるのだ。

 ふと、「もしかしたらお父様は、殿下に不快感を持っているのではないか?」という疑問が沸き起こった。


 何だか殿下に会うのが嫌になってきたぞ。これはもしかしてフラグってやつなのかな? 俺は必死に「死海文書(仮)」に書き連ねたことを思い出した。だがしかし、さっぱり思い当たることはなかった。


 何のことはない。俺は例の乙女ゲームのことをほとんど何も知らなかったのだ。それもそのはず。実際にそのゲームをしたことが一度もないのだから。だから俺が覚えていたことは、紙一枚に対して半分にも満たなかった。全くの役立たずのでくの坊である。

 だが「この世界が乙女ゲームの世界なのではないか」と思っているがゆえに推測することもできる。知識こそパワー。


 おそらく俺がこれから引き合わされる殿下も乙女ゲームの攻略対象なのだろう。それならば、今後も顔を合わせることが多くなるはずだ。ヒロインとの親密度を知るためにも、仲良くしておいた方がいいだろう。


 それに相手は腐っても王家に連なる人物である。伯爵家という立場上、絶対に敵回すわけにはいかない……と俺は思っているのだが、どうもお父様がその辺りを考慮していなさそうなんだよね。今になって思えば、お父様から殿下の話が出たことはなかったな。この国の宰相をしているにもかかわらずだ。


 これは困ったぞ。俺がクーデターを起こそうと思ったのも、これから会う殿下に何らかの欠陥があったからである可能性も十分に考えられる。うわ、ますます会いたくなくなってきたぞ。ヤバイ、吐きそう。仮病を使おうかな……。



 そんな俺の思いとは裏腹に、無情にも馬車は王城へと到着したようである。馬車が停止すると、兵士が近づいてきた。


「宰相殿ですね? はい、確認が取れました。どうぞお通り下さい」


 どうやら顔パスのようである。さすが宰相。気がつけばいつも家にいるので大丈夫かと思っていたが、問題ないようである。それらば、お父様は一体いつ宰相としての仕事をしているというのだろうか? まずい、気になってきたぞ。夜眠れなくなりそう。


 兵士の声に見送られて王城の内部へと入って行った。再び馬車が動き出したのだが――突然馬車が急ブレーキをかけた。思わぬ出来事に体が前へと投げ出された。それを予想していたかのようにお父様が俺の体を支えてくれた。同時に「チッ」という舌打ちが聞こえた。え? お父様が舌打ちしただと!?


「おーい、宰相ー! 乗ってるんだろー? 俺の友達を連れてきたんだろー?」


 子供の声が聞こえる。どうやら馬車の前に飛び出したのはその子のようである。そして叫んだ内容的に、その子供はこれから会う予定の殿下なのだろう。お父様の眉間に深い深いシワが刻まれている。おお怖い。ちびりそうだ。


 お父様がいつも家にいるように見えるのは、頻繁に家に帰ってきているからなのかも知れない。家から王城まで馬車で十分くらいの距離だもんね。こんな馬車の前に飛び出すような野生児が近くをうろうろしていたら、そりゃあ心が安まらないだろう。お父様の苦労が忍ばれる。

 先に馬車から降りたお父様がすぐに苦言を呈した。


「殿下、馬車の前に出ると大変危険です。家庭教師が教えているはずですよ。それにお供をつけずに一人で行動してはならないと、あれほど言われてもまだ分からないのですか?」

「そうだったか? 覚えがないな。あいつら足が遅いからな。大目に見てやってくれ」


 完全に他人事のようである。どうやら馬車の前に飛び出したのはこの国の王子で間違いなさそうだ。こいつはとんでもない問題児が現れたぞ。まさか頭の中まで筋肉でできていないだろうな? お父様に続いて馬車の外に出る。


 そこには金髪に黄金の瞳を持つ、将来イケメンになることが約束されし人物がいた。間違いなく攻略対象だ。でなければこんなにキラキラしていない。「この人が攻略対象です」と言わんばかりである。もしかして、俺にもこのキラキラが出ているのかな? それはそれで何かやだな。


「おー、こいつが俺の友達かー」


 すでに友達関係になっているようである。展開が早い。あれ? もしかして俺、この殿下の手綱を締める役目なのか?


「お初にお目にかかります。フェルナンド・ガジェゴスです」


 俺はひざまずいて臣下の礼をとった。それを見たお父様も俺と同じポーズをした。うん、何だろう。すごく今さら感があるよお父様。本来なら最初にするべきだよね。


「俺はレオン・アルレギ・デラだ。フェルナンドには特別にレオンと呼ばせてやろう」

「ハッ! ありがとうございます、レオン様」

「お、おお」


 どうやら俺が素直に命令に従ったことに驚いているみたいである。もしかして、言うことを聞いてくれる人がいなかったのかな? あ、泣き出した。


「ううう、俺にもついに友達が、友達が……」


 どうやらボッチだったようである。そう言えば、俺もボッチだったな。これまでお茶会に参加したことはほとんどなかったからな。確か今年からお茶会に力を入れる、みたいなことを言っていたな。


「レオン様、この場所は危険です。ささ、こちらへ」

「ううう、フェルナンドは優しいなぁ……」


 グズグズと泣き出した。大丈夫か、この王子。だが、言わねばならないことがある。


「レオン様、あえて言わせていただきます。なぜこのような危険なことをなされたのですか。レオン様の身に何かあれば国王陛下も王妃殿下もどれだけ悲しむことか。それだけではありません。国民が全員、悲しみに心を痛めることになるでしょう。それがお分かりですか?」


 俺は強い口調で言った。王城の中とは言え、不用心過ぎる。それに馬と接触してケガでもした日には、相手側の首が飛ぶだろう。危うく俺たちの首が飛ぶところだったのだ。二度と止めていただきたい。

 

「う、うわぁぁあん! ごべんだざい!」


 顔面の穴という穴から液体を出して殿下が謝った。まずい、殿下に謝罪させてしまった。顔の筋肉が強張ったのが分かる。俺、死んだかも。こんにちはギロチン。

 そのとき遠くから殿下を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら護衛のようである。チラリとお父様の方を見ると、うんうんと満足げにうなずいていた。どうやらまだ胴体とサヨナラバイバイしなくても済みそうだ。



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