第6話 ハニートラップ

 その後、完全に殿下になつかれた。そのお陰で俺は毎日のようにお父様といっしょに登城する羽目になってしまった。

 そしてそのたびに、子犬系王子様が尻尾を振って俺の元へとやって来るのである。言っておくが、俺はノーマルである。偏見は無いが、そっち系に興味はない。


 俺がしつけたこともあって、殿下は馬の前に飛び出さなくなったし、三人の護衛を常につけるようになってくれた。

 今では俺は「王子を矯正した人物」として一目をおかれている。何でじゃい。


「フェルナンド、内緒の話があるんだ」

「何でしょうか、レオン様?」


 近づいてきた殿下が耳元でコソコソと小声で話しかけてきた。


「今度、密かに城を抜け出して、城下町に行ってみないか?」


 何考えているんだ、この王子! そんな危険なことできるわけなかろう!


「分かりました、レオン様。私にお任せ下さい」

「おお、さすがフェルナンド! 我が友よ!」


 さて、早いところお父様と護衛に相談して計画を立てないとな。殿下にバレないように「監視付き城下町視察計画」を練らねばならん。こうして俺は暗躍するのであった。

 殿下が無茶振りをしてくることは頻繁にある。だがすべてをダメだと断るといつ爆発するか分からない。そんな不発弾のような殿下を制御するためには、たまにガス抜きが必要である。


 なのでこうやって、殿下の役に立ちそうな計画には乗るようにしている。今回の城下町に行くことについても、「社会科見学」と思えばやる価値は十分にある。

 城下町はこの国で一番治安が良い場所だ。しっかりと前準備しておけば何とかなるはずだ。そして殿下にとって、それが必要なことは国王陛下も理解している。「爆発するよりかはずっとまし」だそうである。


 そして今回も何とか乗り切った。外で買い食いをしたり、雑貨店で買い物したり、本屋でエロ本を探したりした。もちろん店も料理も店員も、あらかじめこちらが用意しておいたものである。料理も城の専属シェフが作ったものであり、裏でしっかりと毒味も行われている。手抜かりはない。

 何も知らない殿下は俺の指示に素直に従ってくれた。何もかも計画通り。


「今日は楽しかったぞ、フェルナンド。ありがとう」


 幻覚なのか、耳と尻尾が見える。もちろん尻尾は全力で左右に振られている。ズキッ。何だ、胸が痛んだような気が……いや、そんなことはあり得ない。この日まで俺がどれだけ胃を痛めたと思っているんだ。もう二度とやりたくないぞ。


「礼にはおよびません。しかし、疑わしく思われているかも知れません。しばらくは大人しくしておいた方がいいでしょう」


 俺は神妙につぶやいた。殿下がそれもそうかと深くうなずきを返してくれた。素直か!

 だがこれで、しばらくは無茶を言ってくることはないだろう。やれやれ、これで一息つけそうだ。



 そんなある日、王城の中でも、一、二を争う人気のサロンに、しょんぼりと耳が垂れ下がった殿下がいた。どうした、一体何があったんだ? ああ、なるほど。そういえば、昨日お妃様候補と会うって言っていたな。おそらくそれ関連だろう。


 もしかして、お妃様候補がゴリラだったのかな? いやいや、それはないだろう。将来国民の前に立つことになるのだ。ゴリラなわけがない。


「レオン様、どうされたのですか? 婚約者候補の方と何か問題があったのですか?」


 殿下はどんよりとした薄暗い雲のような虚ろな顔をこちらに向けた。


「さすがはフェルナンド、分かるか」

「ええ、何となく……」


 うわ、こんな顔をした殿下、初めて見た。いつも「元気ハツラツ、ビタミンC!」みたいな顔をしているのに。今は「人生終わった」みたいな顔になってる。


「フェルナンド、エロ同人雑誌のようにはいかないな」

「はい?」


 こいつ、何をやらかしたんだ。まさか婚約者に対してセクハラしてないよね!? ジッと殿下の顔を観察したが、ほほに紅葉の跡はなさそうだ。すると不意に殿下が目をそらした。そのほほがほのかにピンク色になっている。


 ……ちょっと待てぃや。俺は本当にそっちの気はないぞ。まさかゲームの裏設定で「実は殿下が女の子でした」なんてことないよね? まずい、そういえば三本目の足を確認してないぞ。お父様が俺と殿下をくっつけようと……いやいや、それはない。だって昨日顔合わせしたのはどこぞの公爵令嬢だったはずだ。良かった、安心した。


「レオン様、何があったのですか?」

「それが、母上みたいな子でな……」

「あー」


 察し。王妃殿下は厳しいもんね。でもそれは息子を立派な人に育てたいからであって、決して意地悪や嫌がらせでやっているわけじゃないんだよね。せめてその部分は分かって欲しい。


「あの者は苦手だ……」


 めっちゃ嫌がってるー! これはまずい。何とかせねば。考えろ、考えるんだ俺。

 まずは殿下と婚約者との関係がうまくいかなかった場合。まあ、当然、新しい候補者がやってくるな。それはもうタケノコのようにぽこじゃかと現れるだろう。この世界に竹があるのかどうかは知らんけど。


 もしその候補者が、王妃殿下のような厳しい人物ではなかったら? おそらく殿下の暴走を止められずに国が衰退する。そしてそのすきをついて隣国が戦争を仕掛けてくるだろう。これは良くない。


 それではヒロインが殿下を攻略した場合。これはもっと悪い。ヒロインは庶民の出だ。当然、後ろ盾はない。王家の力はますます衰退し、最悪、内戦で滅ぶ。俺がクーデターを起こさなくても、だれかが立ち上がるだろう。断固、阻止しなければならない。


 そもそもこの婚約は、弱まりつつある王家の力を取り戻そうという意図があるはずだ。何せ相手が王家寄りの有力公爵家の娘なのだから。それならば、この婚約を何としてでもまとめなければならない。よし、やるか。


「レオン様、その方はどのような容姿なのですか?」

「確か深紅の髪が胸の辺りまで伸びていて、琥珀色の瞳をしていたな」

「なるほど、なるほど。それで……スタイルの方はどうでした?」

「え? そういえば、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ……エロ同人雑誌に出てきそうな体つきをしていたな!」


 殿下の顔がパアッと明るくなった。よし、食いついたぞ。


「確かレオン様の婚約者様は私たちと同じ八歳でしたよね? 将来が楽しみですな~」

「その通りだ、フェルナンド。実に楽しみだ。彼女は実に素晴らしいレディーだ」


 その光景を夢想するかのように目をつぶり、腕を組んでうんうんとうなずく殿下。これでひとまずは何とかなるだろう。その間にうまく殿下を操って、二人の絆を構築せねば。

 翌日、お父様から「よくやった。国王陛下も王妃殿下も大層お喜びだ」と言われた。

 俺はお父様に真実を告げることができなかった。殿下の婚約者をハニートラップに利用したなど、口が裂けても言えるわけがない。

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