第4話 フェルナンドと魔法の杖

 それは突然の出来事だった。

 対象を氷付けにして粉砕する魔法の開発にいそしんでいたときである。ミシミシッと杖から嫌な音がしたかと思うと、一瞬で杖の先端が裂けた。その様子はまるでタコさんウインナーのようである。

 お母様にそのことを話すと「タコ?」と首を左に曲げた。どうやらこの世界にはタコはいないようである。


「あらあら、思ったよりも早かったわね」


 タコさんウインナーを見たお母様が目尻を下げてほほ笑んだ。この感じだと怒れることはなさそうだ。むしろ、織り込み済みのようである。どういうことだってばよ。


「お母様、早かった、とは?」

「ウフフ、フェルが使っていた杖は初心者用の杖なのよ。魔法を使い始めたばかりの子供がケガをしないように、危険で強力な魔法が使えないようにしてあるのよ」


 なるほど。ということは、俺が「危険で強力な魔法を使おうとした」から杖の先端が裂けるチーズみたいになってしまったのか。……それってまずくないか? 俺がそんな魔法を開発していたかのようにお母様に勘違いされてしまう!

 俺はただただ果物を使ったシャーベットを作る魔法を開発していただけなのに。


「あの、お母様」

「いいのよ、フェル。分かっているわ。あなたは魔法の才能にあふれていますからね。そのような魔法を持っていた方が、あなたを守ることになるでしょう。そうですね、少し早いですが、あなた専用の杖を作ることにしましょうか。魔法の制御は完璧だと先生に聞いています。問題はないでしょう」


 お母様はにっこりとほほ笑んだ。

 アーッ! これ絶対勘違いされているやつー! 違うんだ、違うんだよ。そんな危険な魔法を作っていたつもりはないんだよ。


 でも、専用の魔法の杖かー。ちょっとワクワクするな。もしかしたら伝説の杖に選ばれて大活躍しちゃったりするのかな? 因縁の悪者もビックリ! かつて大魔導師が使っていました、みたいなやつ。うは、夢が広がる。


 お母様は俺を抱きかかえると、すぐにお父様の執務室へと連れて行った。お母様、俺はもう一人でもしっかりと歩けますからね? ほら、使用人たちが生暖かい目でこっちを見てますよ。

 どうもあのときのことがトラウマになっているのか、両親が俺に甘すぎるんだよね。これはちょっとまずい傾向だ。しっかりとしつけておかないと。



 お父様との話し合いはすぐに終わった。「よし、今から行こう」である。そして俺たちはガジェゴス伯爵家がパトロンとなっている鍛冶工房へと向かった。

 さすがに先触れは出していたようだが、鍛冶工房の親方、ジョナサンの顔は渋面だった。


 大事なパトロンに対してのこの態度。よほど腕に自信があるのだろう。ガジェゴス伯爵家が手を引いてもやっていける、お前たちの支援は必要ない。そういうことであろう。


「いきなりの訪問とはどうなさったのですか。せっかく孫が来ておったのに」


 なおもブツブツと言い続けるジョナサン。そういえばジョナサンには最近、初孫ができたばかりだったな。孫が出来てうれしい、可愛い、といつも自慢していたっけ。


 それを知っていた両親は申し訳なさそうな顔をしている。もちろん俺もである。やはり止めるべきだった。新しい杖に興奮してしまい、大事なホウレンソウをおろそかにしてしまった。

 それに気がついたジョナサンはばつが悪そうにほほをかくと、いつも通りの機嫌に戻った。


「家族総出で来るとは、坊ちゃんの新しい杖をお求めですかな? まだ早すぎるのではないですか?」


 俺をチラリと見ると、ジョナサンはため息をついて小さく首を左右に振った。その様子はまるで「この親バカどもが」と言っているようである。しかしジョナサンは自分が「孫バカ」になっていることに気がついていない様子。人の振り見て我が振り直せ。俺も肝に銘じておこう。


「ジョナサン、フェルが使っていた初心者用の杖が壊れてしまったのよ」


 そう言いながらお母様が使用人に目配せすると、使用人は壊れた杖をジョナサンに見せた。軽くジョナサンの目が見開かれた。そしてすぐに口角を上げてこちらを見た。


「なるほど、さすがは坊ちゃんだ。もうそんな強力な魔法を作りだしているとは。それならば初心者用の杖ではいけませんな」


 何だかとてもうれしそうな小声である。両親はそろってドヤ顔をしている。すぐにそんな態度をするから「親バカ」って陰で言われるんだよ。

 そして俺はジョナサンにも盛大に勘違いされている。シャーベットを作る魔法が完成したらジョナサンに披露して誤解を解いておこう。


 ジョナサンは巻き尺を手に取ると、俺の手の長さや身長、足の長さを測定し始めた。何だろう。まるで服をオーダーメイドしにきたかのような感じである。


「素材はどうしますかな?」


 ウキウキ、といった感じでジョナサンが尋ねる。今から作るのが楽しみ、そんな感じである。

 これはもしかして、思っていたのと違うパターンなのかな? どうやら杖は出来合い品から選ぶのではなく、あつらえ品のようである。ガーンだな。出鼻をくじかれた。


「そうだな、土台は世界樹にしてもらおう。それにフェニックスの尾羽とグリフォンの羽、フェザードラゴンの羽根の組み合わせで頼む」


 なにその組み合わせ。羽根系統に偏ってるんだけどいいのかな? ジョナサンがしきりにうなずいているところを見ると、問題ないみたいだけど。


「それなりの値段になりますな」

「それで構わない。一番いいのを頼む」


 確かに粗悪品をつかまされるよりかはいいのかも知れないけど、どれだけ高価なものが出来上がるのかを考えると、今から頭が痛い。一方で、両親の好意を無駄にはしたくない。


「お父様、お母様、ありがとうございます。ジョナサン、よろしく頼むよ」

「お任せ下さい。究極の一品をあつらえますよ」


 自信たっぷりに言った。これは失敗したかも知れない。オーパーツが出来てしまったらどうしよう。もしかして、俺のせい?



 数日後、俺専用の新しい杖が出来上がった。これがもう、ドン、と机とたたきたくなるほど素晴らしいできだった。これまでの初心者用の杖とはまったく違う。

 イメージ通りに何でもやってくれる、とてつもない代物だった。まるで杖に意志があって、俺の希望を聞き入れてくれているかのようである。


 そして新魔法「シャーベット」が完成した。すぐさま料理長の前で披露すると、料理長を含めた全ての料理人が教えて欲しいとお願いしてきた。もちろん教えた。隠す必要はないからね。プリンと綿菓子、アイスクリームを作る魔法もみんなに教えてある。我が伯爵家の甘味事情は実に優秀であった。


 シャーベットは好評だった。天然の果物をそのまま使えるため、ほどよい甘みと酸味が大変受けが良かった。杖のお礼もかねて、ジョナサンたちにもシャーベットを振る舞った。お孫さんにも大好評だ。


 そしてジョナサンは「まさか」みたいな顔をしていた。そう、そのまさかなのだよ、ジョナサン君。分かっているよね? 庶民の間に変なウワサを流さないよね? 俺が視線を合わせると、すぐに目をそらされた。


 ……これはすでに手遅れだな。庶民の間では俺が危険な魔法を開発しているとウワサになっているのかも知れない。そのうち「漆黒の堕天使」とか言われるようになるんだろうな。ゲーム上でつけられて「二つ名」みたいに。しょんぼり。

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