第3話 特別なスープ

 医者であるおじいちゃん先生の話によると、どうやら俺は一週間も昏睡状態だったらしい。それでベッドから降りたときにあんなに体が動かなかったのか。体力の限界だったようである。無理してごめんね、相棒。


 そのため今の俺に必要なのは「十分な栄養補給と休養」だと告げられた。すぐにお母様がパンパンと手をたたくと、使用人たちが「かしこまり!」と言って、来たとき同様に慌ただしく俺の部屋から出て行った。見事な統率である。これが貴族の力か。


 お母様の膝に抱かれていると、すぐに食事の準備ができたとの報告がきた。いくら何でも早すぎるような気がしたが、そのことをお母様に聞くと「いつでも食べられるように料理長が準備してくれていた」そうである。

 あとで料理長にお礼を言っておこう。それにせっかくの異世界だし、ついでに怪しいレシピも教えてあげよう。


 俺はお母様に抱えられてダイニングルームへとやってきた。恥ずかしいからやめて欲しいとお願いしたのだが、一切聞く耳を持ってくれなかった。母は強し。いつの時代も、どこの世界でも。


 真っ白なテーブルクロスの上に、銀色の器に入れられた黄金色のスープが収穫前の稲穂のような輝きを放っている。お母様の目の前で毒味係の者が一口飲んだ。どうやら大丈夫なようである。


 それでも信用ならなかったのか、お母様も一口飲んだ。うん。問題はなさそうだ。ただ一つ問題があるとすれば、お母様が俺に餌付けしていることだろう。スープをすくうと、せっせと俺の口へと運んでくれる。


「お母様、お気持ちはありがたいのですが、自分で食べられます」

「いいえ、あなたには無理です。見なさい。手が震えているわ」


 言われて自分の手を見た。さっきは書くことに夢中で気がつかなかった。細くなった腕が、枯れ木に残った最後の一葉のように、頼りなげにプルプルと揺れている。これはアカン。黙ってお母様の言うことに従うことにした。


 それに気を良くしたお母様が楽しそうに俺の口にスープを運んでくれた。お腹がすいていたこともあったのだろうが、そのスープの味が特別なスープの味であるように感じた。 ハッキリ言って、めちゃくちゃ美味しい。スープの中に溶け込んだ栄養成分が体の隅々まで行き渡るようだ。


 スープの中には肉や野菜が入っているようにはまったく見えない。だがしかし、そのすべてがこの黄金のスープの中に溶け込んでいる。思わず咀嚼してしまうほどに、濃くて肉厚で歯ごたえのある味だ。どうなっているんだ。こんなに美味しいスープは前世にはなかったぞ。


 そんな俺に気がついたのか、お母様がおかわりを注文していた。顔に出ていたのだろうか? ちょっと恥ずかしい。だが食べるのをやめることはできなかった。口が勝手に動き出すんだよね。不思議。


「フォッフォッフォ、それだけ食べられたら上等じゃろう」


 楽しげにおじいちゃん先生がそう言った。今気がついたけど、おじいちゃん先生もスープをごちそうになっていたのか。美味しそうにスープを口に運んでいた。



 食事が終わるとすぐにお風呂に入れられた。もちろんお母様も一緒だ。なんでやねーん!

 普段は使用人がお風呂の世話をしてくれるのだが、気がついたらお母様が一緒に入っていた。何を言っているか分からないが、今さら追い返すことはできなかった。


 前も後ろもお母様洗ってもらった。お母様の裸体は……すごかったです。

 体力がなかったことがさいわいして、気にしていた俺の相棒は野生の雄叫びをあげることはなかった。しゅんとしてた。


 もしかすると、まだ八歳ということもあるのかも知れない。……まさか毒で再起不能でリタイアとかになってないよね? あとで試しておかないと。何事も事前のチェックは大事である。いざと言うときにしょんぼりしてたら、相手が自信を無くしてしまいかねない。

 風呂から上がると自室へと放り込まれた。


「フェル、しばらくはベッドの中で良い子にしているのよ。体が元に戻れば、魔法の勉強も剣の練習もやらせてあげるからね」


 そう言うとお母様はほっぺたにキスをして出て行った。伯爵夫人としてお母様も忙しいのだろう。それなのにわざわざ時間を作ってくれた。本当にありがたい。

 そんなお母様の好意を無駄にしないように、俺は眠りについた。そしてどうやら俺が書いていたメモについてはうやむやになったようである。何だか分からないけど助かった。



 その後の俺は、おじいちゃん先生がビックリするほどの速度で、みるみるうちに回復していった。使用人たちからは「倒れる前とは別人のようだ」と言われている。

 あながち間違ってはいない。元々の人格に前世の人格と知識がインストールされたのだ。別人と言っても差し支えないだろう。


 剣と魔法の訓練も絶好調。さすがは乙女ゲームの攻略対象だけあって、無駄にスペックが高いようである。何をやらせても数回で覚える。まさに公式チートである。魔法の先生からは「もう教えることはない」と早くも免許皆伝をいただいたので、その後はオリジナル魔法の作成に取り組んでいる。


 実はこの世界の魔法はオリジナルの魔法が大半を占めている。教えられる魔法は、そのほとんどが基礎的な魔法ばかりである。あとは自分で作るか、その家系で伝わっている魔法を習得するか、どこかに弟子入りして教えてもらうかのいずれかだ。

 そのためだれもがオリジナルの魔法の一つや二つは持っている。俺も試しに簡単な魔法を作ってみた。


 料理長にもちゃんとお礼を言いに行った。その際に異世界定番のプリンの作り方を教えておいた。もちろんすぐに評判になった。気を良くした俺は他にもアイスや綿菓子なんかの作り方も教えた。どちらもオリジナル魔法で簡単に再現することができた。魔法の力ってスゲー!

 だがそんなある日、悲劇が俺を襲った。

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