第7話 塩梅
土曜日の朝。
普段なら仕事休みのミホはゆっくりしてるんだけど、今日はなんだか騒々しい。
「どうして連絡をしてくれないんですか!?」
「えーっと……ごめん、あなた誰?」
突然訪ねてきた男の人。
どうしたのかな。
「この前居酒屋で!!」
「あー……………………?」
ミホは覚えてないみたい。
金曜日の夜はお酒の匂いと共にフラフラと帰ってくる事が多いけど……
「あなたの事が忘れられないんです。こんな気持ち初めてで……」
「はぁ……っていうか何で私の家知ってるの?」
「失礼ですが跡をつけさせてもらいました」
「怖っ……アキ、警察に電話して!!」
「えっ? どうしよう……私電話持ってない…………あの、自首してもらえますか?」
「フザケないで下さい!! っていうかこの子は何なんですか!?」
「何だっていいでしょ? 私達朝食まだなの。帰ってくれる? アキ、ご飯にしよっか」
「はーい」
土曜日のミホは、しっかりとした朝ご飯を食べたいみたい。
今日はお豆のご飯とお味噌汁、昨日の肉じゃがの余りと葱の入った卵焼き。
「わー美味しそう♪ アキも座りな」
「お新香切っちゃうから先に食べてて」
「いただきまーす……うん美味しい♪」
「はいお新香。じゃあ私も……ミホ、いつもありがとう。いただきます」
食べようとした所、男の人が私をジロジロと見ているのに気がついた。
この人はいつまでいるのかな?
なんだか食べづらい。
「あの……食べますか? 私のでよかったらだけど……」
「アキ、優しくするとつけ上がるだけだよ。邪魔だから帰ってちょうだい」
「僕は本気なんです!! あなたの為なら命だって掛けられる!!」
その言葉に、ミホが少しニヤついた。
「じゃあ死んで。ほら、早く。そしたら付き合ってあげる」
「そ、そんなの無理ですよ!!」
ミホはそう言われるのを分かっていたかのような顔をする。
そのまま私の方を向き……
「アキは私の為に死ねる?」
「うん」
ミホの為なら、ミホが言うなら。
ミホは私に包丁を渡してきた。
そのまま思い切り振りかぶり、お腹へと突き刺す。
が、先が触れた所でミホに止められた。
シャツの上から血が滲み出ている。
「覚悟も度胸も無いのに命云々なんて気安く言わないで。アキ、このモヤシになんか言ってやんな」
モヤシ……
「モヤシって胡麻油と和えると美味しいよね」
「く、狂ってる……あなた達は狂ってる!!」
「そうよ、人なんて元々狂ってるの。マトモなフリをしてるだけ。そうやってバランスをとって人間やってんのよ。もしかして自分がマトモだと思ってるの?」
ミホがそう言うと、モヤシさんは泣き叫びながら出ていった。
「ったく、人の朝食邪魔して……アキ、こっちに来なさい」
ミホが怒ってる。
何かしちゃったのかな……
ミホは私の服を捲ると、包丁で傷付いた所に消毒をしてくれた。
痛くて涙が出てくる。
「アキ、痛かったら言って?」
「……痛い」
すると、今度はミホが涙を流す。
こんなに悲しい顔をしたミホは見たことがない。
「アキを試すような事しちゃって……ごめんね……私の欲がアキに傷をつけちゃう」
ミホは不思議な絆創膏を貼ってくれた。
カサブタの代わりになってくれる奴だって前に言ってた。
「ミホ、ありがと」
「…………アキは優しいね」
「ミホ……?」
「ねぇ、今日はアキがしてよ」
「えっ? でも……」
「アキにして欲しいの」
「……うん」
ご飯はそのままで。
寝室に向かう。
私からした事は無くて、たまに触るとかはあるけど……
ミホがしてくれるみたいに、私なりに。
優しく優しく。
分からないところは、ミホが手ほどきをしてくれる。
ミホの顔を見たり、声を聞いたりするとなんだか胸がムズムズして……
私には似合わない、甘くて優しい時間。
最後にミホを抱きしめて、頭を撫でる。
いつもミホがしてくれる事。
「ふふっ、アキ上手だったよ」
「ホント? よかった……」
「……アキ、私といて楽しい?」
遠くを見つめて私に問いかけてくる。
寂しそうなミホ、その手を握って答える。
「毎日ご飯が食べれてふかふかのベッドでミホと一緒に寝れて……幸せだよ?」
「……そっか、ならいいの。さーてご飯の続き食べよっか」
「うん。お味噌汁温め直すね」
「ヌルいのも美味しいから大丈夫だよ。そうだ!! 今日は私がお昼ご飯作るよ」
「ホント? じゃあ私ミホが作る卵かけご飯食べたい」
「ふふっ、良い塩梅にしてあげるよ。醤油多めがポイントなんだから」
ミホがいて、卵一つにご飯があれば私は幸せ。
なんて、贅沢な事を考える。
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