第6話 空の色
コロコロコロ……ぽてん。
「わっ、ミホ見た? 一本倒れたよ?」
「ふふっ、やったね♪」
金曜日の夜、ミホが連れてきてくれたのはボウリング場。
初めて来たけど、なんだか賑やかな場所で……
ルールとかはよくわかんないけど、白い棒を倒せばいいってミホは言ってた。
「ミホはやらないの?」
「ん? こうして見てるだけで楽しいから。可愛いアキが見てたい気分なの」
そう言ったミホは、なんだか嬉しそうな顔をしていた。
その顔に私も嬉しくなる。
投げようとしたところ、隣の男の人が話しかけてきた。
「お姉ちゃん、そんな投げ方じゃダメだって。こうやってこう!! 分かる?」
よく分かんないけど……
教えてくれてるから頑張らないと。
「こうかな……えいっ」
ボールは脇の溝に吸い込まれていく。
「お姉ちゃんヘタだなー。そんなんじゃ楽しくないしょ!?」
「えっ? 楽しい……よ?」
「いっぱい倒さなきゃいけないゲームなんだからさ。それじゃダメだって」
ダメ……
でも、ミホは楽しそうにしてくれたよ?
もしかして、無理して笑ってくれたのかな。
私が下手だから……
胸の奥がムズムズする。
目に涙が溜まっているのが分かる。
「ったくこれだから女は。泣いたって上手くなんないぞー?」
「……おじさん、私と勝負しようよ。私に勝ったら気持ちいいコトしてあげる。負けたら……アキに謝って」
「ミホ……?」
「アキ、私は一生懸命投げてるアキが大好きだよ。ダメなんかじゃないから。私が一生懸命投げてる所も見てて?」
優しくミホが笑ってくれた。
その笑顔にドキドキして、涙はどこかへ行ってしまった。
ミホと男の人が順番に投げてる。
画面を見るとミホの名前の横にはリボンみたいな形がいっぱいついてる。
男の人は暗い顔をして……なんだか楽しそうじゃないみたい。
「おじさん、なんで私が怒ってるか分かる?」
「お、お姉ちゃんを泣かせちまったからだろ?」
「アンタのそのくだらない価値観をアキに押し付けてきたからだよ。無邪気に一本倒すアキの何がダメなの? 人それぞれでしょ? ほら、謝って」
「くそっ、やってられるか!!」
そう言って男の人はどこかへ行ってしまった。
ミホは複雑な顔をしてる。
どうしたのかな……
「アキ、私が代わりに謝るね。ごめんね、アキ」
「な、なんでミホが謝るの? ミホすごくカッコよかったよ。多分……私の為だよね? ありがとう、ミホ」
ミホは涙目で私を抱きしめてくれた。
私も優しく抱き返す。
「外に出るとね、ああいう人達が多いの。仕事でもそう。……ちょっと疲れちゃった」
「ミホ……」
どうしたらいいか分からない。
ミホには笑ってて欲しいけど、でも泣きたい時だってあると思う。
「アキ、癒やしてくれる?」
「うん、なんでもするよ」
その場をあとにして、お家に帰る。
どうやったらミホを癒せるのかな……
そんな事を考えてるうちに、お家に着いた。
私に出来る事なんて、たかが知れてる。
ミホの好きな事。
この小さな身体で出来る事は……
四つん這いになって、ミホにすり寄る。
「ミャア」
「ふふっ……ネコちゃん、こっちにおいで」
そう言われ、寝室まで手招きされる。
ベッドの上でミホは膝の上をポンポンしてる。
あそこに行かなきゃ。
膝の上につくと、ミホは私を弄ってきた。
「やっ、ミホ……?」
「ネコちゃんなんだから、喋っちゃダメ」
いつも以上に求められる。
でも私はネコだから……
全てをミホにさらけ出す。
いつもは使わないところも、全部。
恥ずかしいけど、ミホが喜んでくれるなら……
身体に刻まれる痕の分だけ、ミホを感じる。
◇ ◇ ◇
「ごめんね、アキ」
「ううん、私に出来るのはこれくらいしかないから……」
「そんな事無いよ?」
「えっ?」
「……アキ、空はどうして青いと思う?」
「えっと…………分かんない。でも今は黒くて青くないよ?」
「ふふっ、そうだよね。空は青いとは限らないんだよね。でもね、年を取るにつれて、色んな経験を重ねるにつれて人は理由をつけたくなってくるの。大人になったつもりで、視野が広がった気がして……空の色がつく理由ばかり考えて、空の色を見てない。理屈とか常識とかっていうフィルターが視野を狭くさせてるのに気が付かないんだよね。私もそうだったけど……アキと出会ってから変わったの。アキのおかげだよ、ありがとう」
難しい話はよく分かんないけど……
ミホが褒めてくれたのが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「えへへ……どういたしまして」
「……ムラムラしてきた。アキ、今日は寝かせないよ」
「ミホ?きゃっ── 」
私みたいな存在でも……ミホの何かになれてるなら、生きている意味を感じる。
いつまで側にいさせてもらえるか分からないけど、その日が来るまで精一杯ミホの為に生きていく。
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