第4話 呪文
ミホが映画のチケットを会社で貰ったから、今日は映画館に行く予定。
時間を合わせる為に、とあるお店に来た。
「ミホ、ここって何屋さん?」
「ふふーん。ここはね、カフェって言うんだよ。甘い飲み物とか苦いやつとか……あとはお菓子とかケーキとか」
「甘い……」
確かに、お店の中ではみんな何かを飲んでいる。
なんでお家で飲まないのかな?
「お次でお待ちのお客様ー」
「ほら、私達の番だよ。私は……マンデリンのブラック、Sで。アキ、この中から選んで」
そう言われメニューを見たけど……
魔法の呪文みたいな言葉がズラリと並んでいて、さっぱり分からない。
後ろに人も並んでるし、早く選ばないとだよね。
「えっと……甘いの下さい」
「……プッ……バニラクリーム──なんかはいかがてしょうか?」
「は、はい……よくわかんないけど……それ下さい」
店員さんが呪文を唱えている。
一体どんな飲み物なのかな……
「アキ、あそこの窓際の席に座ってて」
「うん、分かった」
促されたけど、ミホは機嫌が悪そう。
私、なにかしちゃったかな……
椅子に座っているとミホと店員さんが揉めているのが見えた。
ミホは店員さんに怒鳴りつけているけど……
みんながミホを見てる。
出された飲み物を奪い取ってミホはこっちに来た。
「ミホ……大丈夫? 私、何かしちゃった? その……ごめんなさい……」
「あの店員、アキの事鼻で笑ってたから文句言ってやったの。ほんとにムカつく」
「私が変な事言っちゃったのかな?」
「ううん、アキは何にも悪くないし変じゃないよ。アイツが全部悪い」
そう言ってミホは店員さんを睨みつけた。
番犬みたいに、ガルガルしている。
「ったく……ほらアキ、これ飲んで。甘いぞー♪」
渡されたのは真っ白い……飲み物?
上にはクリームが乗っている。
こんなもの、見たことがない。
「わー……ミホ、これなんていうの?」
「ふふっ、名前なんかどうだっていいよ。飲んでみたら?」
「いただきます…………わっ! ミホ、これすっごく甘い。美味しいよ」
「良かった♪ そんなに反応してるアキも珍しいね。気に入った?」
「うん……これ好き」
ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな。
でも……それくらい衝撃的で。
道行く人も、街並みも、キラキラと輝いて見える。
私にはこの場所は眩しすぎる。
ふと不安になり、ミホを見つめてしまう。
「ん? どうしたの?」
「ううん、大丈夫。何でもない」
「……私さ、大学に行くまでは地元にいたんだけど……これが結構な田舎でね、都会に来たらビックリしたんだ。だってお祭りじゃないのにこんなに人がいるんだもん。初めて入ったお店のメニューが横文字ばっかりで何書いてあるかサッパリ! ……呪文みたいに思えたよ」
私と同じだ……
「恥ずかしくて……それからは頑張ったの。綺麗な服を着て、お洒落なお店でお洒落な物を頼んで。街に溶け込むのに必死だった。気がつけば私は呪文を唱える側になってたよ。でもね……」
「……?」
「あんなに輝いていた街の住人になれたのに、私自身は全然輝いていなかった。きっと、ここにいる人みんながそうだと思う。偽って、無理をして、街の風景になる事に努めて……つまらないんだよね、それって。ふふっ、アキが羨ましいな」
「私なにもしてないよ?」
「それでいいの。呪文を覚える必要もないし、街に溶け込む必要もないよ。……あーあ、映画館とか面倒になっちゃった! 家に帰ってカップラーメン食べよっか」
「じゃあ野菜入れたいから買ってきたい」
「いいよ、そのままで」
「でもミホの体が心配だから……」
「……アキのそういう所も大好きだよ。いつも私の事考えてくれてありがと」
「だって私は── 」
言い終わる前にミホがキスをしてくれた。
濃くて、長いやつ。
ガラス越しに、たくさんの人がこっちを見てくる。
この街の人から見たら、私達はどんな風に見えてるのかな。
街の流れはとても早く感じるけど、私達を取り巻く時間は緩やかに感じた。
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