第29話 元カップルは再開する
※優希※
文化祭が終わり、生徒には日常が戻ってきた。
ただその中で、変わった関係性もあれば、変わらなかった関係性もあった。
そんなこんなで、普段通りの日々に戻るかと思われた俺たちだが、文化祭委員にはまだ仕事がある。
「だぁーかぁーらぁー!ここ違うって言ってんでしょ!」
「違わねぇって!これがこうなってんだから合ってんだろ!」
「それはこっちの資料よバカ!」
付き合いたてのカップルというのは、周りがイラッとするほどイチャイチャするものだ。
とはいえ俺たちは例外。普通のカップルとは違い、紆余曲折を経て復縁を果たしたカップルだ。
となると当然、相手の気心くらいは知っている。
「バカってなんだ!この前の数学の小テストは俺が勝ったじゃないか!」
「あれは私の計算ミスだから実質満点。よってノーカンよノーカン!」
計算ミスも立派な間違いだと思うのは俺だけですか?
さて、俺たちが一体何をしているのかと言うと文化祭の会計資料作りである。予算のうちどれくらいを何に使ったのかを領収書と照らし合わせながら一覧にまとめなければいけない。
「あ、ほらまた間違ってる!」
「だからこれはこれだろ?」
「それはこっち!購入品目を見なさいよ!」
畜生!こういう仕事は俺には向いてないんだよ!力仕事持ってこい!
すると作業を終わらせたらしい杏奈が俺に救いの手を伸ばす。
「私がやろうか?君は他の仕事を……」
「ダメよ杏奈甘やかしちゃ!優しさを見せちゃダメよ!」
なにしてくれるんだコノヤロウ!お前は俺のおかんか!
せっかく杏奈が救いの手を差し伸べてくれたというのに「そうもそうか」と何故か納得して引き下がってしまう。
「それじゃあ私はお先に。資料はこっちに積んであるから」
「うんお疲れ〜」
杏奈、下校。
そして教室には鬼と俺が残された。
本来であればイチャイチャしたり、キャッキャウフフしたりと妄想が膨らむところだが、さっきから「早くやれよ」という圧が凄いせいでそんな展開が期待できない。
「…………早く終わらせて帰ろう……」
※昴※
「本当に良かったのか真昼?」
「……いいの」
文化祭翌日、片付けを済ませ一足先に下校することにした俺は、駅から近い公園でコンビニで買った缶ジュースを飲んでいたところ、偶然同じ考えをしてきたらしい真昼と会った。
しばらく互いに沈黙した後、俺と真昼はブランコの柵に腰を掛けた。
「私はねー、自分が幸せになることより好きな人を幸せを願える人間になりたいんだ」
「……自分を犠牲にしても?」
「うん、犠牲にしてでも」
自分を犠牲にして、好きな人の幸せを願う。
口で言うのは簡単だが、現実はそう甘くはいかない。
人は誰しも、目の前の自分の幸せに飛びついてしまうものだ。
「だからいいの。優希が幸せになってくれたら……」
「…………っ!」
自分を犠牲にして好きな人の幸せを願った真昼と、振られるとわかっていながらも抗った俺。
もし笹川と付き合えたなら、俺は一体どうしていたんだろうか。真昼と同じ選択を取れていただろうか……。
「恋、してたなぁ……」
星が見え始めた空を見上げ、真昼はぼそっと呟く。
好きになって、傷付いて、抗って、失って、願って。
どれもこれも、立派に恋だ。
「あぁ……恋してた」
今にも溢れ出そうな涙をぐっと堪える。
誰も悪くない。
誰も悪くないから誰も責められない。だからこの想いのやり場に困ってしまう。
「あ、私良いこと思いついちゃった」
「ん?」
真昼はその良いことを俺に「うひひっ」と笑いながら言う。
「後悔させてやるの!優希を!」
「後悔?」
「そう!もっともっと良い女になって、私に振られたことを後悔させてやるの!『あーあの時なんで俺真昼を捨てちまったんだ』って思わせてやるの!」
「真昼……それ……」
言っていることがちぐはぐだ。好きな人の幸せを願うんじゃないのか?と言いかけて俺は口を閉じる。
気付いたのだ、真昼の願いはただの善意ではないということに。
「それで最後は私も優希も幸せになるの!」
カッコいい。
ただ素直にそう思った。
既にある立場に満足せず、振り向かなかった男を振り向かせるために自分を磨く。そして、最後は自分に振り向いた男と共に幸せを育む。
「真昼らしいな」
「でしょー?」
本当にカッコいい。その彼女のカッコ良さが羨ましい。
俺と真昼の立場は限りなく近いが、俺に無いものを彼女は持っている。
中村昴。お前はどうする?
「俺も頑張るわ」
不意にその言葉が口からこぼれ落ちた。
「うん、一緒に頑張ろうね!」
真昼は満面の笑みで俺に言葉を掛けた。
※優希※
「やっと終わった……!」
「遅いわよもう、ほら帰るわよ」
労いの言葉一つ無しですか。
わかってましたよわかってました。でもちょっとくらい言ってくれたってバチは当たんないと思うんですけどねぇ?!
「何顔しかめてんのよ。トイレ?早く行ってきな」
「トイレちゃうわ」
「じゃあ何よ」
俺は小声でなんでもないです、と言う。
なんで?! 付き合ってるんだよね?! なんなら世間のカップルより結構複雑怪奇なことがあった末に俺と結ばれたんだよね?! なんで世間のカップルより冷たいんですか?!
「ほら帰るわよ」
「あ、はい」
俺は陰キャ特有の、会話の語頭に「あ、」と付けて返事をしてしまう。
なんだろう、中学の頃に戻ったかのような感覚だ。
俺と笹川は教室を出て、他愛のない話をしながら帰路へ着く。
二人きりの会話は途切れることがない。
お互いに気を遣っているのだろうか?
もう気を遣うような間柄じゃないというのに。むしろ、この半年以上、俺らは一切気を遣ってきていない。だから、逆に気を遣われると距離が出来てしまったかのような思いになる。
「ね、優希」
「……ん?」
なんでもない会話から一転。真面目なトーンで笹川は俺の名を呼んだ。
「私たち、付き合ってどれくらいかな?」
「…………え?」
思いもよらぬ笹川の言葉。
付き合ってどれくらい?そんなのわかりきっているじゃないか、交際期間一日だ。
だけど笹川が言いたいのはそういうことじゃない。
中学時代の交際期間はカウントするのか、ということだろう。
俺の答え次第で全てが決まる。
なら俺は────僕は、過去も今の自分を作っている一つのピースだと思うから。
「交際期間四ヶ月目、ってことでどうだ?」
「っ!」
「中学時代の三ヶ月と昨日からの一日。三ヶ月と一日で四ヶ月目だ」
「……あはっ、なにそれ」
あーおっかしーと笹川は笑う。そして「じゃあさ……」と若干頬を赤らめて笹川は言った。
「じゃあさ……! 付き合って四ヶ月も経ったんならさ……そろそろじゃん?」
「え……」
そろそろ……。
そろそろってあれだよな、そろそろ頃合だよねのそろそろだよな?中高合わせて四ヶ月。普通の学生ならそりゃあ…………ね……。
いやでも!
「ま、まだ早くないか?」
「え、そう?」
早くないのかーーーーーー!!!!!
学生のカップルは付き合って三ヶ月でセックスするって噂は本当だったんだな!都市伝説だと思ってたよ!
「……ちょ、心の準備が……」
「私とは嫌?」
「いやいやいやいやいや決してそういうわけではないんだけども!まだ四ヶ月だよ?早くない?」
「え、むしろ遅くない?」
遅くねぇーよ!
なんで?!どうして?!笹川はいつからこんな積極的になったんだよ!
真の陽キャってのは三ヶ月で至るものなの……?嘘だろ……?!
「そ、そうか!じゃ、じゃあするか……!」
「何焦ってんのよ」
「あああ焦ってねぇし?!」
なんで笹川は冷静なんだよ!
というかゴム……ゴムがない!何をやっているんだ俺は!こういう時のためになんで常備しておかなかったんだよ!
少々ダサいが、今からでもコンビニに行って買ってくるしか……!
「そんなに焦るようなこと?」
「そりゃ焦るだろ!だってそんな……!四ヶ月って早すぎだろ!」
「ま、待って!え、なんのことだと思ってる?せーので言ってみようよ」
「せーの」と俺は笹川に合わせる。
「セックス」
「キス。…………は?」
やらかしました。
そっか、そりゃそうだよな、よく考えたら俺らまだキスすらしてないじゃないか。
「……スケベ」
「うっ……」
反論のしようもございません。
「普通に考えてありえないでしょ四ヶ月で」
「ですよね」
「ほんっとありえない!」
「……はい、すいません」
これは責められてもしょうがない。甘んじて受け入れよう。
いやいや、最初からキスと言わない向こうも悪くない?俺だけ責められるのおかしくない?
「
まだ……ね。
今はそれで我慢するとしよう。
「んで、するの?しないの?キス」
「なんで半ギレなんだよ……」
「うるさい。するの?!しないの?!」
「しますします!」
……初キスって怒られながらするものなの……?
笹川は「ん」と顎を少し上げてキス待ち顔をする。俺からするんですね。
それにしたってこいつ、本当に可愛いな。
「この顔ずっと見てたい」
「は?!あーもう!さっさとしなさいよ」
「はいはい」
俺は辺りに人がいないことを確認してから、逃がさないよう笹川の両肩を掴む。
勇気を出せ!俺のバイブルにも沢山描いてあったじゃないか!
彼女の体は、少し力を込めれば潰れてしまいそうなくらい細かった。俺はそんな彼女の綺麗なピンクの唇にそっと己の唇を重ねる。
「んっ……」
全身に痺れるような感覚が走り幸せを実感する。
一秒が一分のように感じられて、ずっとこのままでいたいと思ってしまう。
するとポンポンと笹川が、いつの間にか俺の背中に回していた手で背中を叩いた。終わりという合図だろう。
「……長い」
「わ、悪い」
「別に責めてない」
え、えぇ……。
すると笹川はぎゅっと俺を抱きしめて言った。
「もう離さないから」
※
ある所に一人の王女様がいました。
周りに愛想を振りまき、気に入られ、地位があり、彼女の周囲には常に人がいた。
でも一人だけ、王女様に取り入ってこない人がいた。
王女様に取り入ってこないその男に、王女様は興味を示した。
それが初めて王女様が自ら掴みにいったものだった。
だけど、王女様が望んで手に入れたものを、周りは当然受け付けない。
止まぬ陰口や悪口、根も葉もない噂話。
王女様はついに傷心なさって、自ら掴んだそれを手放してしまった。
それからしばらく時が経ち王女様は逃げた。地位も名声も権力も財力も、全て投げ出して逃げた。
そして逃げた先で待っていたのは、自ら手放した男との再会。
それは神のイタズラか、はたまた何かの呪いか。
ついに彼らは、祝福される形で結ばれた。
一度目よりも強く。
二度とその結び目が、解けないように────
《完》
ユウキくんの残念高校デビュー 澄崎そうえい @soueinarou
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