第28話 元カップルは恋をする
※優希※
中学の時の俺は、自分が『外側』の人間だと思っていた。けれど決して孤独ではなかった。外側には外側の人間がいたから。
そんな俺────僕がまかり間違って『内側』に足を踏み入れてしまった。
狂いだした運命は、
「…………」
二日間の文化祭が終了し、校庭にキャンプファイヤー用の木材が組み立てられている。見守る生徒たちは、着火を今か今かと待ち望むようにそれを囲んでいる。
そんな彼らを俺は教室から眺める。
彼らの中には真昼や昴、杏奈の姿も見つけることが出来た。
日が沈み、実行委員長が着火する。
「……来たわよ」
「……おう」
俺以外誰もいなかった教室に笹川が現れる。
キャンプファイヤーの灯りと月明かりだけが教室を照らし、幻想的な空間を創造する。
「キャンプファイヤー、懐かしいわね」
「……そうだな」
思い出せば、笹川に告白されたあの時も、校庭でキャンプファイヤーが行われていた。
……散々嫌ったのに、ちゃんと全部覚えてるんだよな……。
「は、話があるんでしょ?早く言いなさいよ」
「俺からか?!いやいや、ここはレディーファーストってことで笹川から言ってどうぞ」
「ここは男の方から言い出すのが常識でしょ!」
「はぁ……」
これ以上の口喧嘩は無駄だろう。
覚悟を決めるしかないようだ。
「お前、前に俺に聞いたよな?『あなたのそれ。なんで?』ってな」
「うん」
オリエンテーションに行くバスの中で、彼女は俺に言ってきた。
何故高校デビューをしたのか、と。
その時の俺はテキトーに誤魔化し、笹川の深くは追及しなかった。
「教えたくなった。そういうことでいいのよね?」
「あぁ」
あの時彼女は、俺が教えたくなった時に教えてと言ってきた。当時はもちろん教える気など毛頭なかったが……。
「それじゃあ教えてよ。なんであなたは高校デビューしたの?」
「俺は……」
俺が、こんなにも努力して手に入れた陽キャで本当にしたかったこと。
それは、笹川への復讐でもなく恨みでもなく妬みでもなく嫉みでもない。
「俺は堂々と、お前の横に立ちたかった」
付き合い始めは、自分が彼女をどう思っているのかわからなかった。好きなのかすらわからなかった。だけど、付き合っていたあの短い間のうちに、僕はとっくに彼女に惚れていた。
「お前の横に立っても、誰にも文句を言われない。俺はそんな人になりたかった」
付き合っていた時に浴びた偽りの善意と正真正銘の悪意に満ちた悪口。
俺たちの恋愛は、俺が陰キャだったからダメだった。
「『笹川萌結』と並び立てる人間になりたかったんだ」
「……私だって……」
気付けば、笹川は目に涙をためていた。
耳まで真っ赤にし、小さく肩を震えさせている。
「私だってあなたと並びたくてこうなったの!」
窓から射し込むキャンプファイヤーの火の灯りが、強くなった。
※萌結※
「私だってあなたと並びたくてこうなったの!」
気付けばそう叫んでいた。
彼が変わった理由を聞いたから、私は自分の理由を言わずにはいられなかった。
「あなたは陰キャで、暗いしいつも冷静」
だから悪口が絶えなかった。
皆が偽りの善意を振りかざし、私たちを仲違いさせた。
「私が陽キャだったからダメだったんだよ。だからこうして、あなたと並んでも何も言われないようになりたくて……」
「……マジか……」
彼の呟きに私は小さく頷く。
最初は慣れなかった。普段の自分を抑えて、偽りの仮面を被ったまま人と接することが私には辛かった。明るさも言葉遣いも立ち位置も、今まで全く気にしてこなかったことを私は気に掛けるようにしなければいけなかった。
それも全て、いつかまた会えた時に、今度は堂々と隣を歩けるように。
「結局全部おじゃんになっちゃったけどね」
「それは俺のせいじゃないぞ」
「わかってるわよ」
そうだ、私たちが高校で再び巡り会ったのは運命だ。
神様のいたずらであり、誰が悪いわけじゃない。
私はふと、まだ言ってない言葉があるのを思い出した。
「ねぇ佐々……優希」
「お、おう……?」
私が急に名前で呼び始めたことに動揺を隠せていない優希。
まあ、中学時代にだって一度も呼ばなかったしね。
「あの時のことはごめんなさい。私はあなたに言ってはいけないことを言った。本当にごめんなさい」
私は誠心誠意頭を下げる。同時に私はやっと言えたという安堵感を覚える。
ずっと私の後ろ髪を引いていたあの時の言葉。それをやっと謝ることが出来たことに私は安心する。
「別に怒ってないから頭を上げて」
私の謝罪を聞いた彼の言葉は優しかった。
すると彼は「よしっ!」と気合を入れる。
え……?
「じゃあ本題にいくぞ」
「ちょちょちょ……っ!」
「なんだよ……?」
ちょっと待って!私だけ?!謝るの私だけなの?!
普通順番的に次は優希が謝る番じゃない?それとも何、別れ際に優希が言った言葉は本心だから謝る理由がないってこと?!
本題に入るのを邪魔された優希は少し不満そう。
い、一応聞いてみよう……。
「優希はその……言うことない……カンジ?」
※優希※
「優希はその……言うことない……カンジ?」
「え、言うこと?」
言うことと言えば、本命の話以外に無いのだが……。
しかし俺の本題を遮って言ってきたということは、さっきまでの笹川の話の続き。つまり今度は俺が謝る番ということ……。
俺、なんか謝らないといけないようなことしたっけ?
「……えーと……」
ここで忘れたなんて言ったら雰囲気ぶち壊しもいいとこだ。ここは何としても思い出さなければ!
だけどマジで思い当たる節がない……。
いや、唯一あるとすれば俺が別れ際に彼女に言ったと思われる言葉の内容。
でも覚えないし……。
「えーと……」
「まさか覚えてないの?」
「もちろん覚えてないわけではないよ」
「どっちよ」
ぐっ……ダメだ、本当に思い出せ…………ん?
待てよ、俺が高校デビューをしたのは笹川の言葉があったからだ。となれば、笹川が高校デビューする要因になったのが俺の言葉だったとしたら…………?
もし俺が、彼女が陽キャであったことを批判したなら……? きっと俺だって同じような行動を取る。
なら俺が言った言葉は────────
「あ…………」
「思い出した?」
「あぁ思い出し……じゃなくて、もちろん覚えてた」
「…………」
こいつぜってぇ忘れてたろ、という目線を俺に向ける笹川。やめてください。
……というか俺、なかなかなこと言ってるよな……。
『君のせいだろッ!君が、クラスの人気者のくせに僕なんかに告白するからいけないんだッ!二度と近寄るなッ!』
「────ありがとう。君が、クラスの人気者の君が俺に告白してきてくれてありがとう。だからあの時の言葉は間違っていた。ごめんなさい」
「うん、いいよ」
俺の謝罪に彼女は案外あっさりと、思っていたよりも軽い声音で許した。
……もう、やり残したことは何もない。
杏奈の言っていた通り、俺がここまで頑張れた理由は、どうしようもなく彼女が好きだったから。
「笹川萌結さん、俺ともう一度付き合ってくれませんか?」
キャンプファイヤーの火の灯りと月の光が射し込む教室で、俺は彼女に告白した。
一度すれ違った俺たちだけど、またこうしてめぐり逢えたのは運命に他ならない。
『好き』という気持ちがお互いを変えた。
「はい、よろしくお願いします」
彼女は暗い教室でもわかるくらい頬を赤らめて言った。
瞬間、嬉しいという感情が身体中を熱くする。
きっともう、誰も俺たちの文句は言わない。言わせない。それに今の俺と笹川なら、何を言われようと乗り越えていける。
俺の高校デビューは────────大成功だ。
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