第11話 元カップルは蓋をする
※優希※
グサッと鈍い音がして、俺は改めて己の現状を確認する。
フード男が突き出したハサミの刃は、皮膚こそ裂けてないものの、俺の右手中指のつけ根に食い込んでいた。
そう、俺は笹川を庇ったのだ。
「ちょ!あなた……!」
「いいから下がってろ!」
状況に気がついた笹川に何も言わせまいと一蹴すると、予想だにしない俺の登場に未だ唖然とするフード男に向けて言う。
「あんた何者か知らねぇけど、ストーカーとは暇な奴だな!」
「だ、誰だあんた!それに、笹川さん彼氏はいないって……!僕に嘘をついたのか?!」
「あ?誰が彼氏だ?」
「ひっ、ひぃぃぃ!!!」
とんちんかんなことを言うフード男に俺が睨めつけるように言うと、彼は尻もちをつき逃げていく。
別に俺が追わずとも誰かが通報しているだろうし、これくらいで逃げていくのなら再犯の心配はないだろう。
「ちょっとあなた大丈夫なの?モロに刺さってたけど……」
「あぁ別にこれくらい余裕……」
すると緊張が解けたためか、急に痛みが広がってきた。
痛たたた!!!なんなん?!なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないん?!俺はいつからラブコメの主人公になったんだよ!
血は出てないのが不思議なくらい痛い!
……だが、ここで慌てふためくようなら陽キャではない。
「お、お前が無事でなによりだよ」
「…………なによそれ」
待って!そんな乙女みたいな顔しないで!
確かに窮地を助けた俺に惚れるのはわかる!わかるけどもね!俺たちの関係考えよう?!
「とにかく、ありがとう。痛みが酷くなるようならちゃんと医者に行くのよ?」
「あ、あぁ……」
すると笹川は俺に背を向け、再び駅の方を向く。
「じゃあね、ここからは一人で帰るわ心配してついてくる必要は無いからね?」
「いや俺もそこの駅から帰るんだけど」
勢いをつけた笹川のスクバが視界に入るのはすぐ後のことだった────
────奥歯がガクガクします。痛いです。
ガタンゴトンと、小さく揺れる電車の吊り革に掴まり、呆然と外の景色を眺める俺と笹川。
あの後、この理不尽クソ女は、あろうことか負傷している俺に自らのスクバを投げてきたのだ。俺はそれを間一髪のとこで回避したが、余程俺のツッコミが頭にきたのか、この暴力クソ女は二度目の投げを強行。それも間一髪のとこで回避した俺の動体視力も、視界に入っていなかった電柱は見えなかったらしく、俺は電柱に激突した。
「変に警戒して遠くのファミレスにするんじゃなかった」
「だから言ったのに……。てか、一番の被害者は俺なんですが」
「ストーカーの件は……悪かったわね」
むしろそっちの痛みはもう引いて、電柱の痛みしかないんですが。
そう思うが、電車内で暴れられても迷惑極まりないので俺は言葉を押し殺す。
「てか、あのストーカーは誰なんだ?」
「さぁ……?思い当たるとすれば……佐藤、三宅、下村、江口、司馬、谷口……こんな感じかしらね」
かしらね、じゃねぇよ思い当たる節多すぎだろ。
なんでそんな大勢から恨み買うようなことしてるんだよ。
というか。
「それ全部同中の奴らじゃ……?」
「そうよ。全く、私の高校突き止めてストーカーしてくるなんて余程の暇人かどっかの高校デビューくらいね」
「待て、その高校デビューってひょっとしなくても俺のことか?俺は別にお前の追っかけじゃねぇぞ」
「そういうことにしといてあげるわ」
このアマー!
どうしてくれよう、どうしてくれようこのクソ女。
沸々と湧き出るイライラをどこに向けようかと考えていると。
「なんであそこまでして助けたの?」
その言葉を聞いて、湧き上がってきていたイライラは急速に収まっていく。
改めて考えてみると不思議なものだ。
俺はこのクソ女を未だに許していないし、正直なところ、こいつがクラスで孤立しようが、陰キャに成り果てようが、俺には心底どうでもいい。
それでも助けたのは…………。
「まぁ……知り合いが危ない目にあってたら助ける。それって当たり前のことだろ?」
俺はそう言うと「だからなんだ……」と続ける。
「俺は当然のことをしたまでだ。別に恩に着る必要もない」
そう、俺が助けるのは当然だ。なんて言ったって陽キャだから。
危ない目に遭っている友人を助けない陽キャなど、どこにいようか。
俺は、俺の陽キャの信念に基づいて動いただけだ。
俺の言葉を聞いた笹川は「そう……」と小さく呟くと。
「それでもありがとう。カッコよかったわよ」
そう言う彼女の笑顔に、ふと昔の面影を感じてしまう。
どんなに努力しても、人間そんな簡単には変われない。それは俺が一番わかっていることだ。
今も、ボロを出さないよう取り繕うので精一杯。俺の根は陰キャ。油断すればすぐに陰キャに出戻りしてしまうだろう。
「……変わってねぇな……」
「?」
笹川萌結は良い人。
きっと同中の卒業生のほとんどはそう思いながら卒業し、別れ際俺に言ったあの言葉さえなければ、俺の中でもその評価で終わっただろう。
なにより、俺がここまで引きずるのは、その言葉があの頃の彼女からは到底出てくるとは思えなかったからだ。
────つまり、そんなことを言わせてしまうほど俺という存在は彼女を苦しめていたのだろう。
彼女が別れを切り出したのも、あんな言葉を言ったのも、元を正せば全て俺が原因だ。
だから自分を必死に磨いて、陽キャになろうとした。
二度と、俺が陰キャであったがために苦しむ人がいないように。
そして、今、この立ち位置を築き上げて思うのだ。
何故笹川はあの地位を捨てたのか、と。
ヒロインと脇役。どちらの人生の方が得かなんて、笹川に分からないはずがない。それでも捨てたのはなんでだ?
オリエンテーション合宿に向かうバスの中では笹川に先手を打たれ、口に出して聞くことができなかった。
だから今度は────
「なぁ……」
「……なに?」
「お前の
※萌結※
「お前のそれ、どうしてだ?」
オリエンのバスの中で私が聞いたのと同じ文言で、佐々木は私に問いかけた。
私は改めて考えてみる。
何故クラスカーストトップの座を捨てて、この地位に成り下がったのか。
「それ……は、」
言葉が思いつかない。
なんて言えば伝わる?なんて言うのが正しい?そもそも私は、なんで…………?
瞬間、ふと私の脳裏によぎったのはあの言葉。
『君のせいだろッ!君が、クラスの人気者のくせに僕なんかに告白するからいけないんだッ!二度と近寄るなッ!』
あの時から動き始めた私のこの計画。
私はどうしたかったのだろう……。どうしたくてこうなったのだろう。
自分のことなのに分からない。
答えは自分しか知らないはずなのに分からない。
「私が……今の私になったのは…………」
…………いや、わかっている。
どんなに理由をこねくり回しても、中心にあるこの気持ちの名前は分かっている。
でも目を瞑っている。
認めたくないのだ、拒絶されるのが怖いから。
知りたくないのだ、私が私では居られなくなるから。
封じ込めたいのだ、知らなければ誰も傷つかないから。
『次は〜◯◯駅〜◯◯駅〜』
電車内にアナウンスが響き、私の意識は現実世界へと引き戻される。
そして彼に返答しないまま、電車は私の最寄り駅のホームに着いてしまった。
「……着いちゃったわね……。また今度、話すわ」
「お、おう」
私はそんなことを言いながらホームに降り立つ。
「じゃあね」と手を振って、電車が発車するのを見届ける。
「はぁ〜〜〜〜ぁぁぁ……」
私は深いため息をつきながらしゃがみ込む。
今のはタイミング的に神様からの救いなのかしら?それともいじわる?
でもきっと、いつかは言わなければいけないのだろう。
私も彼も、今の自分たちがいる理由を話す時がきっと訪れる。
その時、私は…………?彼は…………?
全く、こんなに悩まされるのならさっさと言っておくべきだったかな。
私はそんなことを思いながら帰路に着く。
神様、もし私に時間をくれるなら────
────私はもう少し、この気持ちに蓋をしていたい。
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