第3話 元カップルは安心する
※優希※
高校デビューした先に元カノがいました。
さて、日頃思考を女子生徒の太ももとチンコにしか使っていないクラスカースト五軍の控えの諸君たちは、これを聞いてさぞ盛り上がることだろう。
そんな諸君に、陰キャOBの俺から一言。
ラノベの読みすぎだ阿呆共がッッッ!
嬉しい?そんなわけないだろ!こちとら、いつ爆発するかもわからない爆弾抱えて毎日学校生活送らないといけないんだ!嬉しいどころか常に冷や汗と共に生活しとるわ!
こんなはずじゃなかったのに……と、そんなことを思いながら俺は呑気に前の席に座る元カノ……笹川萌結に目を向ける。
中学のクラスカーストトップだった自らを捨て、何故かヒロインの引き立て役に成り下がった女。
陽キャに転身した俺と、引き立て役に転身した彼女。
お互いに何故そうなったのか、どちらも語らないしどちらも聞こうとは思わない。
真昼や昴といる時に仲良く演じるのは、それが俺と彼女にとって一番メリットがあるからだ。
LINEだってブロックしたままだし、インスタも俺は彼女にフォローリクエストを送っていない。
喧嘩別れした元カップルには、これくらいの距離感がちょうどいい。
「あなた、部活は何にするの?」
俺と笹川が元同級生だということはバレてはいけない。
それがバレれば、俺の中学の頃が全て露見することになる。それだけは何としても阻止しなければならない。
つまり、未だ新入生とレッテルの貼られた俺らが異様に仲良くするのは間違いであって……
「……は?」
「なによ、は?って。部活は何にするのって聞いてんの」
顔をこちらに向け俺にそんなことを聞いてくる笹川。
…………こいつ今なんつった?
俺に部活聞いてきたのか?何に入るかって?
「お前、本当に笹川か……?」
「失礼ね!私は本物よ!なに、おかしなこと言った?!」
「い、いや別に……」
おかしい。誰だこいつは。本当に俺の元カノか?
こいつが真昼や昴の前以外で俺に話を振ってくるなんてどうかしてる。やはりドッペルゲンガーの存在を疑うべきか?
それとも……
「お前もしかしてまだ俺のこと」
「寝言は寝て言え」
ですよね。知ってましたよ知ってました。そりゃそうでしょうよ!
別に
すると田川先生が教卓から声を掛ける。
「笹川さん、何かありましたか?」
「いえ何もないですよ。ただ
俺のことじゃないよな?
なんか含みのある言い方だった気がするのは俺だけだよな?
「そうですか、払い終わったなら前を向きましょうね」
「はーい」
田川先生は笹川の返事を聞くと、帰りのホームルームを続ける。
解放された笹川は前傾姿勢になる。しばらく経ってシャーペンを置いた笹川は脇の下を通して俺に付箋を渡してきた。
『さっきは言いすぎたわ、訂正する』
お、おぉ……!こいつがついに俺に謝る時が来たのか。なんなら別れる時に言ったあの言葉も謝ってくれていいんだぞ?俺は寛大な男だからな、今なら許してやる。
もう一枚回ってきた。
『寝言は寝て死ね』
むっっっかつくっっっ!!!
こいつに少しでも期待した俺が馬鹿だった!そうだこの女はこういう奴だった!
どうしてくれようか、どうしてくれようかこの女!!!
陽キャになるにあたり、レディファーストと女の子に優しくすることを身につけた俺だが、こればっかりはこいつに痛い目を合わせてやりたい!
悩みに悩んだ末、俺は笹川の椅子をガンと蹴った。
時は流れて放課後。
俺と昴は共に部活を見て回ることにした。すると真昼、杏奈、笹川のグループが「一緒に回らない?」と誘ってきた。
なるほど、これが陽キャのやることか……!などと感心している間に昴が承諾し、一緒に回ることに。
「まずは体育会系からだね」
「そうだな」
部活の活動内容や活動場所、時間がひとまとまりにされた新入生用のパンフレットを開きながらそう呟く真昼。
俺運動音痴だから体育会系入る気ないんだけど……と思いつつも場の空気を壊さないよう、俺は適当に相槌を打つ。
すると肘でツンツンと俺の腹を突いてくる笹川。
「なんだよ」
「なんだよじゃないわ……」
笹川は内緒話をするように俺の耳元に自分の口元を寄せる。
「あなた運動できるの?」
「いいや全く」
「……でしょうね」
でしょうねってなんだでしょうねって!
運動音痴なだけで徒競走とかシャトルランくらいは出来るわ!
もちろん俺だって高校デビューするにあたり克服しようと試みた。しかし、バスケのボールは顔面に当たるわ、サッカーボールはあらぬ方向に飛んでいき行方不明になるわ、バレーボールを脚で踏みつけて転んだあげく軽く捻挫するわで散々だったのだ。
「だからどうするの?って聞いたのよ」
「ホームルームのあれはそういうことかよ」
「それ以外に理由あるわけないでしょ。で、どうするの?」
体育会系が出来ないとすれば、残る選択肢は文化部か無所属。
とはいえ、未だ世間一般の常識では、文化部に所属する者を陽キャと認識するものは少ない。また、俺だけが陽キャでも意味が無いのだ。周りも陽キャでなければ、俺は次第に元の陰キャへとリバウンドしてしまう可能性が高い。
「もう少し見て回ってから考えるわ」
「……そう」
それだけ言うとぷいと顔を背ける笹川。
一体なんなんださっきから……変に俺に気配りしてくるのは。
正直、そういう変に意味ありげな行動をするのはやめてほしい。見た目は陽キャ、頭脳は陰キャの俺に対しての思わせぶりな行動は、陰キャ特有の「こいつ俺のこと好きなんじゃね?」思考に至ってしまうからだ。
未だ完全に陽キャ思考に染まれていない今の俺にとって、恋愛とは大きな壁。
中学の頃とは違うと頭ではわかっていても、行動には移せないのが元陰キャ。
もちろん恋愛をしたくないわけではないが、恋愛におどおどしたりするのはちゃんと陽キャに染まってからでいい。
……と自分の脳に説得したわけだが、深く考えるまでもなく、俺の思い過ごしだろうという結論に至る。
俺たち五人は体育館で活動する部活を見学し、続いて校庭で活動している部活を見学。そして最後は校舎内で活動する文化部の見学だ。
とはいえ、文化部に入るつもりは毛頭ないので特に見たいものなどないのだが……。
「ね、体験で占ってくれるって!」
廊下に立てられた『占い部』の看板を指差す真昼。
そうして導かれるがままに占い部の部室へと入っていく。
室内は暗く、カーテンが閉じられ、電灯はついていない。明かりはキャンドルの火だけ。そしてその火のそばには黒いフードを深々と被った生徒が待ち受けていた。
※萌結※
「すいませんが、占えるのは同時に二人まで。そうね……手前のカップルを先に占いましょうか」
「「カップルじゃないです!」」
占い師の格好をした女子に言われ、すぐに真昼と中村くんは否定する。
手前のカップルと言われれば、状況証拠から真昼と中村くんしかいない。となると自然に私と佐々木の組み合わせになるんだけど……。
「じゃあ申し訳ないけど後方のカップルは廊下で待っててくれる?」
「「はぁ……?」」
私と佐々木は釈然としないまま、半ば無理やり廊下に出される。どうやら拒否権はないらしい。
佐々木とカップルなんて反吐が出るほど嫌で嫌で仕方ないが、ここでワガママを言わないのも引き立て役に徹した私の役目。きっと中学までの私なら、色々な屁理屈やこじつけで無理矢理変更させていた。
「……お前とカップル扱いされるとはな……」
「なに?嬉しいの?」
私は少し挑発気味に佐々木に言ってみる。
すると「当たり前だろ」と普通のトーンで返された。
えっ?!
「嬉しすぎて吐きそうだぜ」
「あっ?!」
むっっっかつくっっっ!!!
なんなのこの男!嬉しいなら嬉しいって、嫌なら嫌ってはっきり言いなさいよ!全く……そういうとこは変わってないんだから……!
一瞬でも期待してしまった自分が恥ずかしい。穴があったら入って蓋をしたい。
「安心して。私とあなたがカップルになることなんかもう有り得ないわ」
「そりゃ助かるな」
……チクリ。
「せいぜい私に惚れないよう頑張ってね?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」
垢抜けてちょっとイケメンになったからって調子に乗ってぇぇぇぇぇえええ!!!
今すぐこの男の澄まし顔を殴ってやりたい。
「大丈夫、私があなたに惚れることなんて金輪際有り得ないから」
「お、奇遇だな!俺もお前に惚れることなんてもう有り得ないから安心しろよ」
……チクリ。
先程から時折胸に痛みを感じるのは気の所為だろうか。恐らく気の所為だろう。
私は夜十時には寝て、朝六時には起きる健康優良児そのものだし、病気になっているとは考えにくい。
だとしたらこの痛みは一体……?
「あー!楽しかった!占いって奥が深いんだねぇ!」
どうやら真昼と中村くんの占いが終わったらしい。
やけにハイテンションで出てくる真昼と、やたらげっそりしている中村くん。
「じゃあ次は俺たちの番だな、入ろうぜ笹川」
「え、あ、うん……」
まるで、さっきまでのことが何も無かったかのように振る舞う佐々木。
その姿を見て、私は少し心が穏やかになった気がした。
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