第2話 元カップルは遊びに行く

 ※優希※


 クラスに元カノがいました。


 これだけを聞けば、昔の「僕」然り、ラノベを読み漁るオタクの群衆は「運命の出会いじゃねえーか!」「お!復縁だ復縁!」とバカ丸出しに盛り上がるだろう。

 しかしお前らはわかっていない!当事者たちはガチでいたたまれない気持ちでしかないということを!


「じゃあ自分の分のプリント取ったら後ろに回してねー」


 入学式が終わり教室に戻ってくると、事務的なプリントが何枚か配布される。俺のクラスの担任となった田川凛たがわ りん先生は一列ごとに人数分のプリントを配布していく。

 この先生すんごい美人で、胸を除き、まるで中学時代の笹川をそのまんま大人にしたような感じだ。


「佐々木くんはいどーぞ」

「ありがとう笹川さん」


 俺は前の席に座るから回されたプリントの束から一枚取り後ろに回す。


 状況を整理しよう。

 俺は過去の失恋から、自分がもっとまともな恋愛を送り、いつの日か笹川を見返すためには陰キャであってはならないと一念発起し、見事陽キャに転身しこの椿高校に入学した。

 対して元カノであり俺の前の席に座るクソ女こと笹川萌結もどういう意図かは知らないが、中学時代の人気者だった自分を捨て、漫画のヒロインの引き立て役のような女子に成り下がり、この椿高校に入学してきた。


 そんな俺と笹川は入学式当日の今日、この教室で不運にも再開してしまった。

 お互いの弱みを握り合うも、高校デビューバレしたくない俺と笹川は一致団結。元カップルであることを悟られないのを条件に、互いの高校デビューを隠すことにした。


 こんなはずじゃなかったのに……。


「はぁ……」

「ため息やめて、口臭いから」

「残念だったな、俺は学校行く前の口臭ケアを怠らない。今日だってちょっと高めのお口クチュクチュをしてきているんだ」


 無味無臭どころか、むしろいい匂いがするだろう。……でも気になるから、後で一応確認しておこう。

 というか、何故ため息を一つつくだけでここまで言われなきゃいけないのか。むかつく!


「何言ってんのキモいんですけど。てかさっさと卒業アルバムを焼き捨ててよ」

「お前があの写真を消したら考えてやるよ」

「消せるわけないでしょ。あなたを黙らせる武器だもの」

「俺も同じ意見だな、お前を黙らせる武器なんだ」


 すると今まで前を向いて話していた笹川は俺の方を振り向いてきた。


「あなたねぇ!とっっても卑怯よ!」

「その言葉をそっくりそのままお返しするぜ!卑怯と言われたくないのなら写真を消せ!」

「嫌!お断り!あの写真は永久保存よ永久保存!」


 むっっっかつくぅぅぅぅぅ!!!

 どうしてくれようかこのクソ女!本当にどうしてくれようか!むかつくむかつく!あぁぁむかつく!!!

 ……と俺はあることに気付く。


「提案を呑んでほしければ私の提案も呑みなさい。いい?焼き捨てて」

「おい……」

「何よ、気を逸らそうったってそうはいかない。……って話聞いてんの?」


「えぇ、聞いてるわよ」


「「……」」


 机の列の間に立ち、俺と笹川を見下ろす田川先生。


「入学早々元気に溢れていて大変結構。でもね、ホームルーム中は静かに」

「「……はい」」


 するとどっとクラス中が笑い声で溢れかえった。

 あれ?ウケてる?

 未だ誰が陽キャで誰が陰キャなのかという雰囲気にはなってないが、これは非常に好印象だ。

 新クラスの時は最初の掴みが大切!

 すると笹川は、


「もう話しかけてこないでね」

「you too」

「むっかつく!」


 そんな言葉を吐き捨てながら前を向いた笹川に田川先生は「仲良くしなね?」と呟きながら教卓へと戻っていった。


 時は過ぎて放課後。

 入学後初のホームルームは正午前に終わり、下校の流れとなった。

 すると帰り支度をしていた俺に、


「お前面白いな?名前は……佐々木優希だっけか!」

「あぁそうだよ、気楽に下の名前で呼んでくれ。名前は……」


 話しかけてきたのは茶髪にパーマをかけ、つり目の整った顔。身長は俺と同じくらいの男子。

 根っからの陽キャ感が漂っており、俺のように三ヶ月で作り上げた急造の陽キャとはオーラが違う。


「おいおい!自己紹介したじゃねーか、中村昴なかむら すばるだよ!気楽にスバルと呼んでくれ」

「おう、よろしく昴」

「おうよ、優希」


 俺は突き出された拳に、自分の拳を軽くぶつける。

 とはいえ、今の俺の内側は……「入学初日に友達できた!すげぇ!」とテンションが上がっている。

 そんな中、


「なあ優希、今から向こうのグループとカラオケ行くんだが一緒に来ねぇか?」

「いいのか?」

「当たり前だ!それに向こうには承諾済み」

「じゃあ行かせてもらおうかな」

「よしきた!」


 俺はスクバのチャックを閉め肩にかけるとスバルに付いていく。グループには複数人の男女がいて、俺を含めて男子が三人、女子が二人。

 俺が「よろしくー!」と挨拶をしていると、一人の黒髪ポニーテールの可愛い系女子────如月真昼きらさぎ まひるが言った。


「ねぇねぇ!もう一人誘ってもいい?」


 すると「いーよー」とアッシュブラウンのショートヘアの子が言った。名前は確か津川杏奈つがわ あんな。いかにもスポーツ系女子という感じだ。


「じゃじゃーん!笹川萌結ちゃん!」

「いいの?よろしく!……あ」

「……あ」


 現れたのは『ヒロイン引き立て役になりきった』笹川だった。



 ※萌結※


 高校デビュー先のクラスに元カレがいました。


 こんな設定、少女漫画でもなかなかないし。ましてや現実で起こるとは考えられない。しかしあろうことか現実で起きてしまった。

 別れてから絶縁状態にあった元カレこと佐々木優希は、陰キャだった中学時代から一転、高校では見事な陽キャ的存在に成り上がっていた。


 だが彼の存在は、普通の恋愛をし、二度と同じ失態を繰り返すまいと思っている私にとって大きな障害になる。高校デビューをバラされるという障害。

 だから協定を結んだのだ。


「でも一緒にカラオケに行くとは言ってない!」

「それはこっちのセリフだよ!」


 付き合ってた頃ですら佐々木とカラオケなんて行ってないのに、まさか入学初日から一緒に行く羽目になるとは……。

 皆盛り上がっているので、私たちの会話が聞こえることはない。


「なんであなたと隣なの?!」

「仕方ねぇだろ。スバルが男女交互に座ろうって言うんだからさ!」

「だからってねぇ!」


 室内は六人で座るには少々狭く、自然と肩と肩がぶつかるくらいの距離になってしまう。

 無駄にいい香りするじゃない……。


「ほら、お前の番だぞ」

「おう任せろ」


 佐々木が中村くんからマイクを渡され、曲のイントロが流れ始める。曲は今流行りの四人組バンドの曲だ。

 中学時代の彼からアニメソングを歌いそうなものなのに……。


「優希くん結構上手だねー!」

「そうか?」

「うん上手!」


 真昼が歌い終わった佐々木を褒める。

 優希くん……って、私はずっと名字で呼んでいたのに……!


 いやいや、何を勘違いしてるの私!佐々木は私の彼氏じゃないんだから別にこいつが誰と何してようと彼の勝手でしょ!

 真昼が彼と付き合うのなら、それはそれでいい。別に私がつべこべ言う筋合いはないのだ。


 その筋を捨てたのは私なのだから。



 ────時間が経ち、皆一通り歌い終え団欒を始めた。


「私ドリンクバー取りに行ってくるよ、要望は?」


 私は人数分のコップを上手に指に挟む。

 各々適当に注文し、私が暗唱していると。


「一人じゃ持てないだろ。半分貸せよ」

「え、ちょっと……!」


 佐々木が私が挟んだコップから三つ、強引に取り上げた。そして「行くぞ」と私を室外へと連れ出した。

 なんなのもう……あなたも楽しく会話してればいいのに。変に気を使ってきてさ。


 そういう所が嫌いなのよ。


 程なくしてディスペンサーに到着し、言われたドリンクを注ぐ。

 すると、


「何イラついてんのお前」


 突然佐々木がそんなことを言ってきた。

 私は驚きのあまり顔を彼に向けるが、彼はそんなこと気にも止めずドリンクを注いでいく。

 なんか負けた気がするので私も直ぐに顔を前に向け直す。


「別にイラついてないし……」

「イラついてんだろ、俺に」

「だからついてきたの?」

「そうだよ」


 ……嫌い。

 なんでわかっちゃうの。なんで気付いちゃうの。

 彼にとって私は邪魔な存在なのに、なんで私に気を使うの?

 放っておけばいいのに気に止めて。見て見ぬふりをしていればあなたは苦労することもないのに。


 嫌いなのよ。なんでもかんでもタイミングよく聞いてきて、私の心を掴んで離さないあなたが。

 あなたの真意がわからなくてモヤモヤする。


「別になんでもないわよ。ほらさっさと戻るわよ」

「……そうかよ」


 本当は言いたい。でも私にそれを言う権利はどこにもない。

 結局、もっと私の器が大きければ済んだ話なのだ。別れることも、失言をすることも、彼にイラつくことも、私が狭量だったからそうなってしまうんだ。


「ほら、このトレーに入れるから貸して」

「はいはい」


 私は彼から強引にコップを奪い、トレーにセットする。

 そして部屋に向かって歩き出した。

 私の前を歩く彼の後ろ姿は、中学時代が陰キャだったことを忘れさせるような凛々しい後ろ姿。


 別人のようで、別人じゃない。

 変わったけれど、大事なところは何一つ変わってない。

 失恋をトラウマにせずバネにして、陽キャに成り上がった彼を見るとキュッと胸が引き締められる。


 でもこれは、決して恋などではない。


 だって、私に彼に恋する資格などないのだから。


「ん?どうした?」


 私の様子に気づいた彼は、振り向きながら私に聞いてきた。

 その横顔は、幾度となく見てきたものにそっくりで……。


「いやなんでも」

「あっそ」


 私の心のモヤモヤが少し晴れた気がした。

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