ユウキくんの残念高校デビュー

澄崎そうえい

第1章

第1話 元カップルは再会する

 ※優希※


 新品の紺のブレザーに腕を通し、肩にスクールバッグを下げ、正門前で仁王立ちする僕……いや、俺の頬に桜の花びらがそっと触れた。

 俺の名前は佐々木優希ささき ゆうき。この春から私立椿つばき高校に通う高校一年生だ。

 動画サイトで動画を見ながら一生懸命セットした髪。人並みに筋肉の付いた腕や脚。誰が見ても立派な高校生だ。


「ふ、ふふふ……ふはは!」


 俺は高笑いをしながらバッと両腕を大きく広げる。

 生まれ変わった!生まれ変わったぞ俺は!あのに目に物見せてやるのだ!

 そう昂る俺の脳裏に浮かぶのは半年ほど前の苦い思い出────


 俺には彼女がいた。

 まぁこの頃の一人称は「僕」だったわけだが。

 そんな俺に出来た彼女はクラス一の人気者、笹川萌結ささかわ めいだった。


 容姿端麗、成績優秀。艶やかなストレートの黒髪に、ぱっちりと大きな瞳。身長は百五十センチ代半ばほどで胸は乏しいが、それすら可愛げがある。彼女を見た者は皆、口々にこう言うだろう「可愛い」「美人」と。

 向こうから告白してきて、三年生の文化祭からスタートした交際だが、わずか三ヶ月という期間をもって終了した。


 理由は単純明快、数々の陰口やあらぬ噂話にお互い疲れたことに加え、卒業が近いというちょうど都合の良い理由付けが出来るからだ。

 彼女から切り出された別れを、俺は承諾した。


 普通ならここで終わり。アニメならチャンチャンと言ってエンディングが流れるところ。

 だがあの女は違った。別れを承諾した俺になんて言ったと思う?


「ようやくこれであなたから解放されるわ」


 耳を疑ったさ。過去のどの場面を振り返ってもあの女が俺に対してそんなことを言ったことは、一度としてなかったから。というより、あの女は悪口すら言わない性格をしていたはずなのだ。

 もちろん裏で……というかほぼ表で、俺らの交際に関して色々言われていたのも知ってるし、それに彼女が疲れていたのも知っている。


 でも言うか普通?!


 別れたら何を言ってもいいってわけじゃねぇんだぞ、と今なら言ってやれる。

 だがあの頃の俺にはそんなこと言う余裕もなく、彼女の言葉が衝撃すぎて俺はなんて返答したかすら覚えていない。


 そしてあの時の「僕」は理解したのだ。


『僕が陰キャだからこうなってしまったんだ』と。


 だから僕────俺は、同中の奴らが来ないだろう高校を受験し、見事に合格を果たした。

 根暗なオタクをやめ、髪をばっさり切って、メガネもコンタクトレンズに変えた。


 全てはそう、陽キャ男子として高校デビューし、いつかあのクソ女を見返すために────!



 ※萌結※


 新品の紺のブレザーに新品のチェック柄のグレーのスカートを身にまといスクールバッグを下げ正門を通り抜けた私は、己の過去の失態を脳裏に甦らせていた。


 私には中学三年生の九月下旬から十二月の中旬にかけて、いわゆる彼氏というものが存在した。彼はクラスではぼっちとまではいかないけれど、友達は少ない方……いわば陰キャだった。

 とはいえ、私から告白したわけだし……え、なんで告白したのかって?そんなの別になんでもいいでしょ恥ずかしい!……まぁいずれ話すわ。


 話がズレてしまったわね。

 私と彼の交際は密かに始まり、一見好調に思えたが、私はクラス一の人気者で彼は陰キャ。いつの間にか噂は広まり、悪口や陰口は絶えることがなかった。

 そして十二月中旬。様々な誹謗中傷に耐えかねた私は受験や卒業があるという理由で彼に別れを切り出した。彼もそれを承諾し、昔通りのクラスメイトに戻るはずだった。


 そして私は、生涯語り継がねばならないだろう失態を犯す。

「私たち、別れましょう」と言い、彼は「……わかった」と返した。普通ならここで終わる。ドラマであれば、主題歌が流れるのに合わせて男女が別々の方向へ歩いていくだろう。

 だけどこの時の私は何をとち狂ったのか言ってしまったのだ。


「ようやくこれであなたから解放されるわ」


 自分でもすぐに気づいた。言ってはいけないことだったと。

 でも一度出た言葉はもう取り消せない。

 百パーセントの本心ではなかったにせよ、心のどこかでそう思っていたのは事実であり、不意にそんな言葉が出てしまった。これは許されるべきことではない。

 私は悔いた。己の愚かさを、未熟さを。弱さを。

 すると彼は私の言葉に、


「君のせいだろッ!君が、クラスの人気者のくせに僕なんかに告白するからいけないんだッ!二度と近寄るなッ!」


 彼は激昂し怒鳴った。当然だ、先に言ったのは私なのだから。

 でもそれを言われた瞬間、ぐっと涙が込み上げてきた。

 今思えば、なんて身勝手な感情だろう。先に告白したのも別れを切り出したのも失言を犯したのも私なのに。泣くなんてお門違いも甚だしい。

 結局私と彼は喧嘩別れという考えうる限り最悪の形で破局し、そのまま一度として話すことはなく中学の卒業をむかえてしまった。


 そしてその間、私は気が付いた。


『私が人気者だったからいけなかったんだ』と。


 私が普通の女の子。いわば漫画でいうヒロインの脇役みたいな女の子になれば、誹謗中傷を言われ私がこんな失態を犯すこともなかっただろう。

 だから私は同中の子たちが来ないだろう高校を受験し、見事に合格を果たした。

 長い黒髪をばっさり切って、メイクの量を減らし、少女漫画の脇役について勉強し、完璧に引き立て役に徹しれるようになった。


 全てはそう、普通の女の子として高校デビューし、普通の恋愛をするために────!



 ※優希※


 校舎前に貼りだされたクラス分けによると、俺は一年三組だった。俺は校舎の三階まで登ると『一年三組』と札が掲げられた教室のスライド式の扉を開け中に入る。

 時刻はまだ七時四十分。少々早く来すぎたのか教室には誰もいない。まあ、これはこれで「早く着きすぎちゃったーわはは!」とネタにできるからいいが。

 俺はそんなことを思いながら教卓前の七列あるうちの中央、つまりは教卓の前の四列目。そしてその列の三番目に位置する自分の席に着く。


 この椿高校は新設の高校で、確か今年で一年生から三年生まで揃うはずだったから、建ってまだ三年だ。そのおかげもあって校舎を含む学校関連の物は新品同然。そして知名度や卒業実績も全然無いので同中の人が来る可能性も限りなく低い。

 するとガララと教室の扉が開けられる音がした。俺はその音のした教室前方の扉へと目をやる。


「あ、初めまして」

「初めま……え?!」

「え?」


 入ってきたのは黒髪ミディアムの女の子。くっきりとした瞳にニキビ一つ無い綺麗な肌。

 一瞬、俺の元カノである笹川萌結の面影を彼女に感じて思わず動揺してしまった。


「いやなんでもない!」

「はぁ……?」


 慌てて訂正する俺に疑念をイマイチ腑に落ちていない様子の彼女。そりゃ、初対面の人に勝手に驚かれて勝手に自己完結されたら腑に落ちないよな。

 何を焦っているんだ。あいつがこんな学校を受けるはずがないじゃないか。きっと同中の仲良いやつと一緒にどっかの高校に行ったに決まってる。

 世界には似ている人が三人いるっていうし、たまたま彼女が笹川に似ていただけだ。


「取り乱してごめん。同じクラス?よろしく!」

「うん、よろしく!」


 明るい子だなぁ。

 顔が似ると中身も多少なりとも似るものなのだろう。

 しかし今の反応でわかった。この子は笹川ではない。もし仮に笹川だとしたら「うん!よろしくね!!君どこ中なの?!仲良くしようね!!

 !」ともっと明るく返事をするはずだ。

 彼女も明るいが、笹川に比べればどうってことは無い。まぁ、ラブコメで言うところのヒロインの恋を応援する引き立て役と言ったところか。


 何より彼女の胸。笹川はまるで断崖絶壁かと疑うほどだったが、彼女のはそれなりに制服が盛り上がっており、そこに丘があることをしっかりと認識できる。

 すると俺の前の席に荷物を置いた彼女は、俺を覗き込んでじっと見つめてきた。

 胸を見たことがバレたか?!いやいやいや、見たのは一瞬。バレてないはずだ。


「な、なに……?」


 俺が恐る恐る彼女に聞くと、


「私の勘違いかもしれないんだけど。どっかで会ったことある?」

「え?!」


 突然そんなことを言い出した彼女。

 これって俗に言う運命の出会い的なやつなのでは?!登校初日から恋の予感とかモテ期来てるんじゃね?!

 ……いや待て、早とちりするな。普通に同中や同小の可能性もある。

 探せ!「さ」より前の名字でミディアムだった子を!

 俺は必死に脳内メモリーを探すが、該当する人はいなかった。


「勘違いじゃないかな?」

「そうかな?まあそうだよね。私、笹川萌結。よろしくね」

「よろしく、俺は………………………………今なんて?」


 俺は名を名乗りながら差し出された手を握ろうとして笑顔のまま止まった。

 今、この女なんつった?


「え?笹川萌結って言ったけど?」


 ご来場の皆様に大変重大なお知らせです。

 俺の華々しい高校デビューは、


「……俺、佐々木優希」

「…………は?」


 登校初日にして終了したそうです。



 ※萌結※


「…………は?」


 今、この男なんて言った?

 私の機能不全を起こしているだろう耳では元カレ……佐々木優希と聞こえたんだけど。

 いやいや、たまたま同姓同名がいただけよね。だって私の前にいるのは見るからに陽キャのさわやか系男子。あの根暗オタクのような面影はどこにも感じられない。

 でも、一応確認しておこう。


「中学は……?」


 私は恐る恐る彼に尋ねる。

 やめてよね。間違っても私の中学を言わないでね!

 私は変わったの!クラスの人気者ではなく、その人気者の引き立て役になると決めたの!だからこんな所で邪魔されるわけには……、


「○○中学」

「あ……」


 それを聞いた私は、ふらふらと自分の机に手をついて落胆した。

 …………終わった。

 私の高校デビュー……終わった。

 うちの中学に佐々木優希なんて一人しかいない。なぜなら昨晩、もし同中の人が来ていた時に備えて卒業アルバムの同級生を全て暗記してきたのだ。同中の生徒の名前は全部頭に入っている。

 というか、


「ねぇあなたそれどうしたの?」

「それはこっちのセリフなんだよな」


 あなた変わりすぎでしょ!もっさりしてた髪がさっぱりしてるし、メガネやめてるし、身長もすごい伸びたし!

 一体どういうことよ?!大体なんでここに佐々木がいるわけ?!

 いや待って、わざわざ○○中学からこの高校に来る理由なんて一つしかないじゃない。


「わかった、高校デビューね」

「そっちもだろ」

「ぐっ……!」


 ……反論の余地も無い。

 それにしても、


「大分、垢抜けた感じじゃない。まさに高校デビューって感じ」

「そりゃどうも。そちらは随分とオーラが落ちたようで。この学校では脇役にでも徹するつもりか?」


 その通りよ。

 ……とは口には出さない。でもそうかそうか、脇役感が出ているのね。それはいいことを聞いた。

 とはいえ、少々煽り口調なのが癇に障る。

 でもどうしよう……。私の完璧なプランが佐々木のせいで水の泡となってしまった。いや、今からでも彼に口止めを頼めばできないことも無いか。


「まあここは、同中のよしみであなたの高校デビューのことは話さないであげるわ。その代わり」

「俺もお前の高校デビューについては他言するな、ってか?」

「そうよ」


 中学の頃から変わらず察しは良いわね。

 これは私にとっても佐々木にとってもwin-winな取引。流石の彼もこれに乗らないほど阿呆ではない。リスクとリターンを考えれば済む話だ。

 だから当然答えはYE……


「お断り、だ」

「は?」


 はぁぁぁぁぁぁあ?!断る?!

 私は予想もしていなかった返答に思わず驚愕してしまう。


「悪いが俺には高校デビューと言いふらされた所でなんの問題もない。なぜなら証拠がないからだ。昔の写真でも持ってくるか?卒業アルバムなんざ持ってきた日にはお前も高校デビューだとバレるぞ。ふはは!」


 俺の方が一枚上手だったようだな、と呟く佐々木の言葉を無視し、私は考える。

 このままでは私が高校デビューだとバラされ、あえて人気者から成り下がったことがバレれば、何かあったと憶測が飛び交うことになってしまう。それは普通の恋愛をしたい私にとって足枷にしかならない。

 ……これは奥の手を使うしかないか。


「あら、そう。それは残念ねぇ」

「?」


 私はスカートのポケットからスマホを取り出し写真フォルダを開く。そして表示された複数枚の写真を彼に見せつける。


「これがなにかわかるかしら?」

「こ、これは……!」


 彼は目を見開き、私を睨みつける。

 それを見た私は彼に言い放つ!


「そう!あなたが私と付き合っていた頃の写真よ!ツーショだから私が人気者だったかなんてことはわからない!しかし!あなたの陰キャだった証拠はばっっちり残されているわ!」

「くっ……!てかなんで消してないんだよ!卑怯だぞ!」

「いつか使えると思ってとっておいたのよ!」

「本当に性格の悪い女だな!」


 本当は……未練がましくて消せなかっただけなんだけど。まさかこれを活用する日が来るとは思ってもみなかった。

 そしてとうとう観念した彼は「わかった」と吐き捨てる。


「ただし、一つだけ条件を付け加えさせろ」

「何よ?」

「俺たちが元恋人だと悟られないようにすること。元同中だということも悟られないようにすること。これを条件に加えろ」

「あぁそんなこと。別にいいわよ」


 私は「それじゃあ改めて」と言って手を差し出す。


「一年間よろしくね、

「こちらこそよろしく、


 こうして私の────私たちの高校デビューが始まった。

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