十、

 翌朝は保健所からの電話で起こされた――いや、こんな言い方をしては悪いだろう。かけてきた保健所の職員はもう何日も休んでいないようで、どちらが病人かわからないほど生気のない声をしていた。一方のおれは、計ってみたら体温は37度と微熱程度、もう起き上がれるしさほどだるくもない。だいぶよくなりましたと告げたら、中年女性とおぼしきその職員は「平熱になって72時間経過するまでは外出しちゃダメですよ」と声を尖らせた。おれみたいな人間は、すぐにフラフラと外へ繰り出すものだと思われているらしい。

 元気になってきたので、今までほったらかしにしていたゴミが気になってきた。広い玄関の土間(古い時代に建てられた家にはそんなものがあるのだ)に大きなゴミ袋を置いて放置していたが、伯父がうっかり触って感染してしまうかもしれない。弁当の食べ終わった容器などは悪臭が漂ってきているのかもしれないが、嗅覚は発症して以来ずっとない。どこまで効果があるのかわからなかったが、これも辰起が送ってくれたゴム手袋をはめ、もう一枚のゴミ袋で二重に包んで、口をしっかり縛り、土間の隅、以前は学生たちが雨に濡れた傘などを置いていたところにどけておいた。おれの出したこのゴミの中に世界を震撼させているウイルスがうようよしているとは、まだ信じられない。

 昼前に伯父が食事を届けに来た。顔の見えない伯父は玄関からおれの安否を尋ね、それから「そうだ、あの酒は美味しかったぞ。お友達によろしく」と告げた。おれは少し元気になった体で「伝えとく」と言った。伯父は「治ったらまた飲もう」と伝えて、帰っていった。保健所から療養中は酒を飲むなと言われていたが、今はまるで飲みたいと思えない。嗅覚のない今のおれにとっては、きっとただのドロリとした液体にしか感じられないだろう。

 その酒は橋本はしもとが送ってくれたものだった。

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