三、
子供時代のおれは、一緒に遊べるきょうだいがほしくてたまらなかった。うんと小さい頃には可愛がってくれたばあちゃんもいたが、しばらく入院していて、ある日「死んだ」と聞かされた。おれはまだ人の死が理解できなかったので、毎日母親に「ばあちゃんにはもう会えないの」と聞いた。母親は「ばあちゃんはいなくなったけど『いとこ』が来る」とよくわからないことを言った。そうしてある日おれの前に連れてこられたのが、東京からやって来た辰起だった。伯父は「お前たちは一人っ子同士、これからはお互いをきょうだいだと思いなさい」と笑った。おれはわくわくした。
だが辰起は――ああ、おれは語彙も乏しいし話も下手だから、どう説明すればいいのかわからない。おれはうさぎ年の十二月生まれだが、辰起は「僕はその後、辰年になってから生まれたからこの名前になったんだ」と自己紹介をした。つまり早生まれだったのだが、こいつはおれより頭がいいなと思った。だがおれには、こっちの方が自分より「うさぎ」らしく見えた。触るといつでもビクビクしていて、そのくせ何を考えているのかわからない。うさぎを飼っていたのは近所の家で、そこの爺さんが時折抱かせてくれた。おれはよく家からレタスの外葉とパンの耳を持っていっては囲いの中へ投げ込んでいた。母親が押し付けてくる大嫌いな食べ物が、うさぎに食われていくのを見るのは愉快だった。だがそのうさぎはある日突然姿を消した。「穴を掘って逃げ出したんだ」と爺さんが出てきて言った。せっかく餌をくれる人間がいるのに、どうして逃げ出すのだろう。おれはともかく、うさぎもばあちゃんと同じでどこかへ行ってしまうものだと学んだ。母親にはこっぴどく叱られ、レタスの外葉とパンの耳はいつの間にか食べられるようになっていた。そんな頃にやって来たのが辰起だった。
ああ、そうだ、「きょうだい」の話をしていたんだった。おれも辰起も一人っ子だったが、辰起の父とおれの母親は二歳違いの兄妹で、その下にさらに十何歳も下、おれたちから数えたほうが歳の近いところに「マユミちゃん」という人がいた。マユミちゃんはばあちゃんが残してくれた家に住んでいたが、子供のおれから見ても……ああ、またちょっと言い方に困るな、なかなか大変そうな人だった。
マユミちゃんの話題になると、おれの母親はいつも兄である辰起の父を責めた。
「私がせっかく見つけてきた学校を、『そんなところ』なんて言ったのよ。」
母親はマユミちゃんを「特別な学校」に行かせようとした。小学校の教員だった母親には、そこに勤めている知り合いがいた。「特別な学校」は数が数えられなかったり、字がちゃんと書けなかったり、誰かが自分の家にバケツいっぱいのザリガニを持ってきたら池に戻してくるよう抗議するとか――犯人はおれだ。友達に呼ばれたおれはそのまま忘れ、マユミちゃんは何が起きたのか理解できず、数日後に伯父が発見した時にはザリガニが死んで腐って大変なことになっていた――とにかく、そういったことができない子供たちが、社会で生きていけるよう訓練をする学校だった。
「私、見学もして、先生たちに話も聞いて、ここならきっと、と思ったのに。兄さんは『マユミのことは自分が全部何とかする』だなんて。結局マユミは中学の途中までしか行っていないの。」
母親はおれに、だから自分はマユミちゃんのことに関して口出ししないことにしたと言った。おれは難しいことは何もわからなかったが、仕事を首になってばかりいるマユミちゃんの生活費の大部分を出している辰起の父も、当のマユミちゃんも楽しそうにしているからいいんじゃないかと思った。母親はそれから、辰起の母がPTAの集まりに東京で買ってきたブランドの服やかばんなどで来るのも気に食わないらしかった。「そんな余裕があるなら、マユミの生活費を出すぐらい大したことじゃないでしょう、なのに文句ばかり言って」と。おれは「金は使いたいものに使うのが一番だろう」と思ったが黙っていた。それに家ではジャスコの服、出勤する時には「保護者受けがいいから」と今時どこで売っているのか疑いたくなるほど野暮ったいスーツを着て、口元の皺を隠そうともしない自分の母親より、いつでも身なりに気を使っている辰起の母の方がおれは見ていて「うんざりしなかった」。将来絶対に綺麗な女と結婚しようと、おれはこの時すでに心に決めていた。
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