二、

 シェアハウスの利益もなくなり、飲食店でアルバイトもできなくて困っていたおれを、近所に住む伯父が会社の手伝いをしないかと誘ってくれた。この伯父はおれの母親の兄で、辰起の父でもある。伯父の会社はその頃主に文房具のインターネット通販を行っており、旅行も外食もできなくなった人々が自宅からやたらと買い物をしたがるので、やたらと儲かっていて、猫の手も借りたい――バツイチの伯父は保護団体からもらってきた猫を『猫可愛がり』して暮らしていた――状態だそうだ。おれはありがたく思って、今からオフィスに行きますと言ったら、書類はメールで送るからどうか来ないでくれと言われた。おれは一瞬言葉を失い、だが感染症の蔓延対策のためには確かにそうだと自分を納得させた。だが空っぽになったシェアハウスの管理人室でパソコンを開いての作業は、おれにとっては一日だって耐えられないものだった。商社に勤めていた頃は、同僚や馴染み客との飲み会があったからそれ以外の面倒なことも我慢できた。しかしこんな独りぼっちの部屋で一日中パソコンに向かって数字を打ち込むだけの仕事は、まるでそのまま地獄へ堕ちていくような気がした。おれが半泣きになりながら電話で謝ると、伯父は「仕方ない」と言って最近覚えたばかりだというスマホ送金で二千円送ってくれ(それぐらいの働きしかできなかったということだろう)、おれはとりあえず自分を労おうとコンビニにビールを買いに出かけたら、同じように酒で憂さ晴らしをしている人間がたくさんいるらしく売り切れていて、三軒目の店でようやくおれの好きなメーカーのを購入できた。ああ辰起に会いたい。昔よく辰起とかくれんぼをした納戸を改装した管理人室に戻り、おれはアプリ通話を入れた――入居者のために高速Wi-Fiを導入したから、通話が途切れる心配はない。映像通話でも大丈夫だ。

 呼び出しに応じた辰起は、「子供の見ている動画が止まる」という理由で映像通話を拒否した。おれは急に、人の親になった辰起に甘えている自分が情けなくなった。すると辰起が電話の向こうで少し口ごもる雰囲気が伝わってきて、

「うち、二人目が生まれそうなんだよ。」

 おれは驚いて、少し気が抜けた「おめでとう」を伝えた。辰起は小さなため息とともに「こんな時期に子供が生まれるのは大変だけど……きょうだい、いた方がいいだろう?」と続けた。


 きょうだい――その言葉を思い出すと、おれの記憶の時系列はまた乱れる。あの数ヶ月前から、今のこの熱い体の中に一旦戻って、それからまた彼方へ飛んでいく。辰起、お前「きょうだいなんて、いいものだとは限らない」って言ってなかったっけ。

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