一緒に帰ろう

時雨澪

雨空の下

 私の帰り道はいつもクラスメイトの女の子と一緒だ。でもあの子はいつも私の2、3歩前を歩く。理由はわからない。入学式の日に「一緒に帰ろう」と言われたきり、一言も言葉を交わしてないから。話しかけられた時は女の子同士仲良く話せるかななんて思ったけど、実際は私の人見知りが発動して一言も話せなかった。向こうからも話しかけてこなかったけど。

 次の日も一緒に帰った。一言も話さなかったけど。

 春が過ぎ、夏に差し掛かってどんどん蒸し暑くなってきた。でもやっぱり私の帰り道にはいつもあの子がいる。もちろん一言も喋ったことはない。あの子は毎日いつも私の少し先を歩いていた。

 でも今日は違った。今日は私のとなりにいる。


 ***


 きっかけは私の不注意だった。

 校舎を出ると分厚い黒い雲から土砂降りの雨が降っていた。朝は雲ひとつない青空だったのに。今日に限って天気予報を見るの忘れちゃったから傘なんて持ってきてない。ちょっと手を伸ばすと大量の水が私を濡らしてくる。眼鏡にも水滴が飛び散って仕方なく服の裾で拭いた。

 これじゃあしばらく帰れないなと思ったその時、私の後ろからすっといつものあの子が現れた。彼女は私の真横に立ち、無言で透明な傘を開く。流石に今日は1人で帰るのかな。


「一緒に帰ろう」


 彼女の声が聞こえた。ふと横を見ると、私の方を見たまま全く動かない。まるでお人形さんが大きくなったみたい。


「……う、うん」


 びっくりした。もしかしてこの子は優しい子?今まで一回も話したことないからわかんない。


 ***


 そんなことがあって、いつも私の前を歩く子が私のとなりにいる。なんだか不思議な気分。

 近くで見るとホントにお人形さん……。肌は真っ白で髪は真っ黒ストレート。なんか輝いて見えちゃうな。


「どうしたの?」

「ふぇ?!」


 はじめて「一緒に帰ろう」以外のセリフを聞いた……。


「私の顔、なにかついてる?」


 首を傾ける仕草すらどこか人形っぽい。


「いや、別になんでも……」


 口ではそう言っても目の前のこの子から目が離せない。彼女が前を見て歩いてるのに私はずっとこの子のことを見てしまう。

 なんだかこの子、私の家にあるかわいいおもちゃの人形にそっくりに見えてきた……。

 あれ、もしかして私のイマジナリーフレンド……? 実はこの子は友達ができない私の幻覚だったりして……?

 そんなまさか……。

 私は毎日ずっとこの子の後ろ姿を見ながら帰ってるんだから幻覚なわけない……よね?

 あれ、手にサラサラとした感触が――。


「……どうしたの?」

「ふぇ?!」


 いつの間にか私は目の前の黒い髪に触れていた。


「私の髪、なにかついてる?」


 今度は少し微笑んだ。この子こんな顔もできるんだ……かわいい。


「えっと……」


 一瞬見惚れた間に言葉を失ってしまった。


「ふふ……可愛いね」

「えっ」


 彼女は空いた手で私の頭を撫でてくる。


「小動物みたい。ハムスターとか」


 それは私がちっちゃいってことかな……。うーん、キミがスタイルいいだけでしょ!私はちっちゃくないもん!

 心では叫んでいるけど、さすがに口には出せなかった。


「ほーら、濡れちゃうよ?」

「わわっ?!」


 私は頭をグイッと引き寄せられた。彼女の肩に寄りかかるような姿勢。布越しに体温が伝わってくる。

 あまりに突然すぎてこの子がイマジナリーフレンドじゃなくて良かったという感想しか出てこない。


「あなたの肩、とても濡れてるね。遠慮してたの? もっと近づかないと傘に入れないよ?」

「うん……」


 傘に入れてもらってる側がグイグイ入ったら図々しいかなって思ったんだけど。


 突然歩みがピタッと止まった。私たちのすぐ前で車が通り過ぎる音がする。下ばかり見て気づかなかったが、赤信号だ。

 雨に降られてしんどい思いをしているのに、右に左に車は快適な思いをしながら爆走していく。


「傘、忘れたの?」

「うん、天気予報見れてなくて。キミは偉いね、傘持ってきてて」

「だって、――――」


 ズザァァァ!


 目の前を猛スピードで車が駆けていく。おかげで何も聞き取れなかった。


「ごめん、聞こえなかったよ……」

「いや、天気予報見てただけ」


 彼女は素っ気なく応える。だが、少し顔が紅く色付いていた。


 気づけば信号が青になっていた。私たちはどちらからともなく歩き始める。

 突然、どこからか突風が吹いてきた。


「あ……」


 傘が強い風にあおられ、彼女の体勢が崩れる。

 危ないと思ったのか、傘から手を離したがタイミングが遅かった。


「危ないっ!」


 バサッ!


 私は一部始終をポカンと眺めていたせいで倒れた時に何が起こったのか理解できてない。 

 はっと我に戻ると、私は何故か彼女を下敷きにして倒れていた。

 私の視界は彼女の顔で埋まっていた。体温や息遣いも伝わってくる。そして何よりなんだか口もとに違和感を覚える。

 もしかしてと思って体を起こした。


「あらあら……もしかしてあなたのファーストキス奪っちゃった……?」


 彼女も起き上がる

 やっぱりいつの間にかキスしてた……。


「――奪われ……ちゃった」


 まさかこんな形でなんて……。


「私も初めてだからおあいこだよ」


 どういう理屈……?

 というか不意のファーストキスの後にこんな余裕な表情してるなんて、やっぱり人形なんじゃ……。


「初めてが私でごめんね? 恋人とか作りたかったでしょう?」


 少し困った顔を見せてくる。


「えっと、私は別に嫌じゃない……」


 今日一緒に帰り道を歩いてわかった。この子は優しくしてくれるいい子だ。今まで喋ったこと無かったから分からなかったけど。


「えっ?!」


 今日1番の人間らしいリアクションだった。呆気に取られた表情。

 まぁ人間らしいも何も人間なんだけど。


「ねぇ、私の家に来ない?」


 彼女が言った。


「いいの?」

「うん。私たち2人とも濡れちゃったし、シャワー浴びよう?傘、貸してあげる」

「ホント?キミの傘飛んでっちゃったけど」

「家にもう一本あるよ。家まで送ってあげる」


 2度とないかもしれない友達になれるチャンス。事故で友達の先に行くような行為しちゃったけど。


「じゃあお言葉に甘えて……」

「じゃあ、行こう」


 彼女は私の手首を掴んで横断歩道を歩き出す。

 ずぶ濡れになりながら家に向かうのであった。

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一緒に帰ろう 時雨澪 @shimotsuki0723

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