鉄の貨幣

 この晩jane_doeは初めてを手にかける。それが偶然であれ必然であれ――


「こんばんはjane_doe、あなたのリーリウムよ♡ 今宵もログインしてくれて嬉しいわ、まだチュートリアル続くから戦闘やってみようか?」


 マイハウスで目覚めるとリーリウムは昨日とは違う服装で、上機嫌だった。どうやらこのゲームの設定上ではログアウト状態のときは眠っているというお約束らしい。


「戦闘? ああ、レベル上げだろう? そこいらにごろごろしている無法者を斬るのか」


「もっとうってつけの相手がいるわ、はじめはこの方法がいいしアライ――」


「アライメント?」


「そのパラメーターはまだ内密よ、ともかく言えないの。今無法者を斬ったりしたら仲間を大量に呼ばれてしまうから、止めた方が良いわねそれにここで死ぬと痛いわ、すごく」



「すごく……ねえ?」


 jane_doeは苦笑したがリーリウムは少しも笑ってなどいなかった。


「で、その相手はいずこに?」


「『聖堂騎士団』が教団施設の地下水路に居る軽微なモンスターの排除を期待しているからそれから始めてみましょうか」


「……聖堂騎士団? 教団と言ったが宗教団体か? 東方聖堂騎士団の剽窃?」


「ま、そこはゲームだから」


 リーリウムは笑ったが今度はjane_doeは少しも笑ってなかった。

 彼女に案内されてマイハウスのあった雑多な地区から、街の中心地らしき整備された地区へとやって来た。石畳の道、上層階級の者と思しき屋敷の数々、なるほどこの世界は貧富の差があるらしい。


「ええとこの街は――」


「『がらくたの都』ね、知らなかった? 人気ファンタジー小説『薔薇の復讐』の世界観でこのD.D.T onlineは製作されているの」


「聞いたこともない小説だが、まあ私の知った事ではない」


「ん~、ネタバレ知らずに遊ぶのも一興よ? 要は楽しめれば無問題もーまんたい?」


 案外彼女と重要なことを話しているうちに二人は『聖堂騎士団』の本拠らしき場所に到着した。

 奥の部屋に案内されると重要NPCと言わんばかりの男がjane_doeを出迎えた。僧衣に身を包んでいるがこの男が単なる僧兵でない事は百も承知だった、アーシュベックLV255と書かれた紫の文字が頭の上に表示されている。なんだこの男は? 水路にいる、というモンスターが軽微なのならお前が殲滅すればいいだろうが。


「さてもわたしはアーシュベック枢機卿、そなたか地下水路に住み着いたモンスターの掃討をして呉れるというのは、して名は?」


「jane_doeと申します。卿のお役にたてればと思いまして参加させていただきました」


「変わった名だな異国の者か」


「虎を追っております」


 jane_doeは「こうだろ!」と言わんばかりに、何時の間にやら姿を消したリーリウムに当てこするよう、アーシュベックに話を合わせた。


「そなたの目的が何であれ協力してもらえるのであれば、心強い。だがその太刀では水路には不向きだ、特別に短剣を与えよう」


 jane_doeのアイテムに短剣が増えた。これで水路のモンスターと戦えというわけだ。

 アーシュベックが手で合図すると、もっと遥かにレベルの低い僧兵が現れ、彼女を案内し出した。戦闘のチュートリアルは未だだからそのうちリーリウムも合流するに違いないが。

 僧兵が祭壇を動かすと地下牢への道が開かれた。


「水路は地下牢の奥だ。なに、別にお前のような小娘に何もしはしない、ある程度掃討が終わったら出てくるがいい、ここは開けておこう」


 アーシュベックの低い声はそう言った。


 jane_doeが階段を降っていき、周囲がすっかり暗黒に包まれると再びリーリウムが姿を現した。


「あいつはなかなかの曲者よ?」


「アーシュベックか? 最大レベルに設定されていたな、現時点では手も足も出ない」


「それじゃまあ、最初の戦闘が追剥じゃなくて良かったわ、雑魚モンスター狩りましょうか?」


 二人が水路に辿り着くと見たこともない異形が這いずっていた。


「D.D.T onlineはハクスラメインのアクションRPGよ、こいつらをうまく攻撃してね♡」


「足元に居るから視点変更が必要って事か、そして……攻撃!」


 短剣の斬撃がヒットすると異形は甲高い声を上げて戦慄いた。そして反撃してくる。


「リーリウム! 防御は!?」


「ないから避けて!」


 言うとおりにjane_doeは攻撃をギリギリで裂けると返す刀で異形に止めを刺した。

 

「レベルは上がらないのか!? チートスキルもないのか? βテストなんだろう! おい、リーリウム!」


 戦闘でギリギリまで精神を擦り減らし、ようやく出た言葉はそれだった。しかしリーリウムは、否リーリウムはD.D.T onlineのシステムに乗っ取られたかのように、こう喋り出した。


「――Tiger chaserのスキルは現段階ではロックされています。レベルはNPCにはありますがプレイヤーには明確なレベルアップの概念はありません、敵を倒すと入るポイントが14のパラメーターに自由に割り振ることが可能です(以下、身、閃、甲、地、断、砕、貫、気、詠、陣、浄、粒、溶、霊)これによって能力を調整してください。クラスは適性であってパラメーターには影響されません。早速今の異形を倒した値2を割り振ってみましょう。また敵はアイテムを落とすことがありますこれを売却したり装備することで対価を得ることができます……ん? わたし何か言った?」


「言ったよあんた、リーリウム。パラメーターを割り振って強くしろと、なって遣ろうじゃないか」


 jane_doeは身と断に1づつ割り振ると次の敵に向き直った。


「なるほど、今度は少し楽に倒せるというわけか。判って来たぞ――」


 それから一時間ほど……jane_doeはハックアンドスラッシュを楽しみ、順当に強くなると複数の未鑑定のアイテムを手に入れた。


「さてアーシュベックは約束を守ったかな?」


「βテストでそんな裏切りをする重要NPCはそうはいないわよ」


 果たして祭壇の扉は開いており、枢機卿が待っていた。


「掃討が終わったようだな、有り難い事だ少ないがこれを渡そう」


 アーシュベックがなにか鉄でできたものを渡したので、jane_doeが面食らってると、横からリーリウムが説明した。


「大丈夫わたしはNPCからは見えないから、それは鉄貨ザーヒル、結構な価値よ大切にして」


 それからマイハウスに戻ってきたが取得物は鑑定しなければならないという、やれやれ面倒なシステムだ……しかも現時点で鑑定屋は無い。つまりがらくたばかりが溜まっていくのだ。

 リーリウムは何を思ってか、暫らく姿を消していた。これは単独行動のチャンスか――マイハウスからほど近い場所に酒場があったのでjane_doeは「将に虎穴に入らんと」足を踏み入れた。

 一斉に10名ほどのNPCがこちらを向く、そりゃそうだ。むさ苦しい男たちの集団の中に扇情的な彼女が入って来たのだから。一々音声では設定されていないのか男たちの、所謂「ガヤ」はjane_doeを品定めするものらしい。NPCはほぼ全てLV1酔っ払い、或いはLV1チンピラの表記があったが、一人カウンターの奥で自分に興味無さそうに呑んでいる男だけが、LV10若頭だったのでjane_doeはこの難局をどう乗り切ろうかとも、早速このゲームに於ける死が迫って来ているとも感じ取っていた。一時間のレベル上げで勝てるとは到底思えない。またこのゲーム、無双できるとも思えなかった。


 ピンチだ。


 この冬は終わらない。

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