jane_doe

「そうね、キャラメイクよ……普通なら細かく容姿を決めていくところなんだけど」


 そう彼女は悪戯っぽく笑った。


「わたしの眼を視て……何が見える?」


「何が見えるって」


「そうね、貴女は画家だった筈よ、先ずクラスから決めましょうか? 何か目的は? このD.D.T onlineに於ける目的は何かしら」


 銀鶏の頭をあの虎のことが一瞬過った。それをリーリウムは、貪欲なリーリウムは見逃さなかった。


「虎を仕留めたいの?」


「あ……」


「もう一度言うわ、わたしの眼を視て」


 銀鶏は仕方なしにリーリウムの巨き過ぎる眼を覗き込んだ。

 そこに映っていたのは所謂MMO風のそれも若干デフォルメされた戦士の少女だった。その風体は茶色の髪に山吹色のマント、ふくよかな左胸には金属の鎧、左手は素手だったが右腕には和風の篭手と手袋を身につけ、長すぎる太刀を構えていた。腰にはショートパンツを穿いており、ニーハイブーツにさらに長い靴下だが、太腿の一部は見えるという誰かさんの趣味丸出しの格好だったので、銀鶏はひどく面食らった。

 そしてそれが己の姿であるということに気が付くと銀鶏は余計に面食らった。


「クラス Tiger chaser」


「珍妙なクラスだな」


「D.D.T onlineではカスタマイズされたクラスが適用されるの、貴女の運命フェイトが虎を仕留めることならば、それに見合ったフェイトと姿が用意されるわ。残念ながらこの姿アバターも貴女が望んだとおりの姿なのよ……」


「これはまだβテストなのだろう?」


「ええ、でも実装版と同じだし、それと名前を決めて貰わないと、D.D.T online内での名前よ。よく考えて、変更はできないからね。被ってるかどうかはわたしが判断できるけど」


「jane_doe」


「身元不明遺体ね? 重複チェック……OK使えるわ。皆が使いそうな名前だから先に取れてよかったわね、jane_doe」


「で、リーリウム。他に決めることは?」


「体型とかも変えられるけどどうする? 背を高くしたり太らせたりできるわ」


「容姿の確認はどこで?」


「私の眼で」


 jane_doeはリーリウムの眼を再び覗き込んだがこれ以上容姿を弄る気にはなれなかった。


「OK、では世界観の説明や貴女の家の事話すからこっち来て」


 今さら気付いたのだがリーリウムは『浮いて』移動していた。まあナビゲートキャラなのだし、そういう位置づけなのだろう。

 jane_doeは彼女の後を追って歩きはじめたが頭の後ろに白い文字で『jane_doe』と付いているのはMMOのお約束なのか? 不意にリーリウムは口を開いた。


「D.D.T onlineはハクスラゲームよ、泣けるストーリーより殺伐としたプレイがメイン。つまり、ハック&スラッシュの略で、敵を倒して入手した経験値やレアアイテムでキャラクターを強化し、さらに強い敵とのバトルに挑んでいくというプレイスタイル。 ストーリーよりも、バトルや敵を倒すことを重視するスタイルのゲーム」


「最近はそんなMMOも出ているのだな……」


「もう? そんなことも知らずにβテストに申し込んだの?」


「ちょっと目的があって申し込んだら当選したんだ」


 気が付くと二人は大量の瓦礫の山で出来た壁に沿って歩いていた。ここがどこなのかはjane_doeにはわからなかったので、兎も角リーリウムに付いていくしかなかった。やがて瓦礫は迷路を造り薄汚れたNPCが誰一人こちらを注視せずにうろうろと歩いている。

 その中のごみ溜めのような一軒家にリーリウムは入っていきそれにjane_doeも従った。


「さてここがマイハウスね」


「ご立派なスタート地点だ、してここは何処だ?」


「『生命なきものの王の国』王都『がらくたの都』の貧民屈よ。マイハウスの機能を説明するね、ここでは持ち帰ったアイテムでハウジングができるのと、無料で体力の回復ができます」


「まずはそんなところか」


「功績が上がれば引っ越しができるから安心して? jane_doe」


「で、何だ。ギルドか何かからクエストを受注してその功績を上げればいいのか?」


 するとリーリウムは少し困ったような、でも仕方ないなといった表情になった。


「この世界にはギルドがないのです、全くのフリーシナリオなのです」


「では何をすればいいのだ」


「ハクスラだから先ずは悪人でも頃しとく? そして身ぐるみ剥いでおく?」


「追剥か」


「大丈夫! 悪人からだからアライメントは――」


 そう言うとリーリウムは、しまった! と言わんばかりに口籠ったが、それをjane_doeは聞き逃さなかった。


「アライメント?」


「あーん! それを話すと運営にわたしが怒られちゃうじゃない!」


「つまりは隠しパラメーター」


「いずれ判ります、いずれね……」


「まあいい今は聞かなかった事にしておこう、で、君はいつまで付いてくるんだ?」


「そうね……チュートリアルが終わるまでだけど、別にここでバイバイしてもいいのよ?」


「………………」


「沈黙が痛い」


―escape― 

D.D.T online logoutします。



 キャラメイクも終わったし今晩はもう遣ることもないだろう。

 見れば時計は午前6時を指していた。そこまで長くD.D.T onlineの世界に居たのか……このゲームの事は彼女のアイカには内緒にしておこう、喋ってもロクなことにならないのは目に見えているからだ。


 コンビニに夜食を買に行く予定だったが朝食になってしまった。

 そうして銀鶏はほの昏い外へと歩み出して行った。


 この冬は終わらない。


※脚注

jane_doeは英語で名無しの女の意、身元不明遺体にも使われる。つまり銀鶏は最初から名前を考える気などないということです。

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