第77話 アベルさん?



 俺が警戒して見つめる先で、茂みの陰からアベルさんが剣を収めながら現れた。


「アベルさん?」

「やあ。どうやら本当に加勢は必要なかったみたいですね」

「え?一体どうなってるんです?」

「私も一応Aランク冒険者でしてね。君の活躍、じっくり見させてもらいましたよ」

 いやまあ、強い感じはあったけど!Aランクだったんやな。


 俺が呆気に取られている間に、アベルさんは手馴れた感じで伏兵共に手枷を取り付けていた。

「私は野盗の討伐なんかが専門なんですよ。今の本業は商人ですが」

 俺の視線に気づいたアベルさんはそう言った。


「さて、向こうの決着も付いたようです。行ってみましょうか」


 アベルさんと馬車の方に向かう。


「そこで止まれ。そっちの男は何者だ?」

 馬車の周りの騎士に呼び止められた。

「私はAランク冒険者のアベルと申します」

 呼び止められたアベルさんが冒険者タグを見せながら答えた。


「Aランク?し、失礼しました!」

 呼び止めた騎士が姿勢を正した。これがAランクの御威光か。

「失礼ですが、御取次ぎをお願い出来ますか?」

「はい!お任せを!」


「その必要は無い。私が出る」

 馬車の中から声がして、ドアが開いた。

「お館様、まだ危険が、、」

「構わぬ」


 馬車から身なりの良い男が出て来た。長身で体格もいい。

 偉い人の様だな?


「やはり、閣下でしたか、ヤーデン伯様」

「閣下は止めてくれ、アベル殿。王城に居るわけではないのだからな」

「はは、失礼しました。ご無事の様で何よりです」

「ああ。おかげでな。助力に感謝する」

「いえいえ、私より彼の活躍が大きいかと」


 ヤーデン伯がこちらに向いた。

「ふむ、その様だな」

 おっと。いかん。挨拶挨拶。

「私はCランク冒険者のオーマと申します」

 そう言って頭を下げた。


「うむ。私はヤーデン領領主、ヤーデン伯爵だ」

 ヤーデン伯はそう返した後、首をひねっている。

「君はCランクなのかね?」

「ええ、今は。Bランクの昇格申請の予定です」

「なるほど。とにかく、君の助力に感謝するぞ」

 俺は頭を下げて答えた。


「お館様、失礼いたします。少々よろしいでしょうか?」

 騎士が声を掛けて来た。


「なんだ?」

「彼からは回復ポーションの提供も受けております。おかげで大いに助かりました」

「ほう?まだ残っているか?」

「はい。かなり品質の高い物の様です」

 騎士が、さっきのポーション入りのケースをヤーデン伯に手渡した。

 伯はポーションを一本取り出すと、騎士に渡す。


「負傷した馬に使ってやれ」

「馬でございますか?」

「ああ。騎士にとって馬は戦友だ。それに軍馬の方がポーションより高価だからな」

 伯はそう言って、目で馬の方を示した。

「はっ!かしこまりました」


 騎士がうずくまっている馬にポーションを飲ませた。

 しばらくすると、馬が立ち上がり、脚を動かしたりしていたが、すぐに大人しくなった。


「なるほど。これは強力だ。希少品だぞ。残っている分も買い取りたい。いくらだね?」

「え、えーと、、」

 困ったな。相場が分からん。在庫が多いからと言って、無料で渡すのもまずいだろうし。


「よろしければ、私が目利きをしましょう」

 アベルさんの言葉に、ヤーデン伯が頷く。

「うむ、そうだな。頼もうか」


 アベルさんがポーションを検分して、値段を告げた。

 、、で、あのケースは25本入りで、それを丸ごとお買い上げとなったわけだが。

 ビ、ビビるほど高額なんですけど?


「では、この金額でいいかね?」

「は、はい」

 俺がビビってるのを見て、ヤーデン伯が笑う。

「はっはっは!Aランク冒険者でやり手の商人でもあるアベル殿の見立てだ。気兼ねは要らんぞ」

「は、はい!恐れ入ります」

「ははは。そう固くならなくていい。君には借りも出来たしな」

 ヤーデン伯は大笑いだが、、貴族なんでしょ?しかも大物の。


「お父様、楽しそうですわね?こちらの賊の捕縛は片付きましたわ」

「おお、そうか。お前も怪我はしていない様だな」

「ええ。彼のおかげですわね。私はヤーデン伯爵令嬢のレイラと申しますの。お見知りおきを」

「あ、はい。私はCランク冒険者でオーマと申します」

 慌てて頭を下げる。

 貴族の令嬢だったんかい!なんで戦ってたのよ?


「ふふ、あなた、なかなかやりますわね。向こうの弓兵を制圧したのもあなたなのでしょう?」

「ええ、まあ」

「これは、全てオーマ君に任せておいてもよかったかもしれませんね」

 ちょっと、アベルさーん!


「アベル様もご助力ありがとうございます」

「いえ、私の方は微力なものですよ」

 アベルさん、面白がってますね?


 レイラさんの方は、なにか楽しそうな顔でこっちを見ている。

 全身を軽めの金属鎧で固めていて、フルフェイスの兜も着けているが、今は面当てを外している。

 随分な美人さんだ。

 キリっとした目元、太めの眉、前髪しか見えないが艶のある赤毛。

 ザ・女騎士って感じだが、キツい印象はない。なにか上品さがある。流石、貴族令嬢だ。


「お父様。お二方には、ご助力のお礼をしなければなりませんわ」

「ああ、そのつもりだ。オーマ君にはポーションの代金も支払わねばならんからな」


 そこでアベルさんが口をはさんだ。

「申し訳ありませんが、私はしばらく商用で都合が付きそうにありませんので。都合が付き次第、こちらからお伺いいたします」

「おお、そうかね。では、その時を楽しみにしておくか」


 ヤーデン伯がこちらに向いた。

「オーマ君は、王都の我が屋敷に招待しよう。君も王都に行くのだろう?」

「え?ええ、、」

 アベルさんの方を伺う。助けて下さいよー!


「ははは、取って喰われる心配はありません。大丈夫ですよ、オーマ君」

 救援要請失敗なんやな。ああ、無情。


「我々は捕縛した賊をルランドまで連行せねばならぬから、王都に着くのは君達の二、三日遅れになるだろう。

到着後、しばらくは王都の屋敷に滞在するから、その間に訪問するといい」

「は、はあ」

 ご、強引やな。


「念のため、ポーションの代金の証文を書いておこう。もし屋敷に来れない場合は、商業ギルドに仲介してもらいたまえ」

「はい。ありがとうございます」

「それと紹介状も渡して置くか。貴族街で衛兵に見せれば案内して貰えるだろう」

「お、恐れ入ります」

 これ、、どーしても行かないとダメなやつ?


「オーマ君。ここまでしていただいて、訪問しないのは無礼に当たりますからね?」

「う、、はい、、」

「せっかく出来た縁です。大切にするべきですよ」

 、、そうだな。元の世界に帰るのに役立つかもしれないか。

「そうですね。訪問させてもらいます」

 アベルさんは笑顔で頷いた。


 ヤーデン伯が近づいて来た。

 馬車で書類を用意していたらしい。そういうのって側近とかがやるんじゃないかと思ったが、そうでもないのかな。

「さあ、書類の確認をし給え。アベル殿も頼む」

「かしこまりました」


 書類二通に目を通す。大丈夫そうに見えるが、、どうなんだろうな?

「問題ありません。商業ギルドで通用するでしょう」

 アベルさんのお墨付きが出た。


「確かに受け取りました」

 俺はヤーデン伯に頭を下げた。

「うむ!よろしい」

 伯は満足気に頷く。


「オーマ様、王都での再会を楽しみにしておりますわ」

「あ、はい」

 本当に楽しそうやな、この人。


「では、お父様、そろそろ出発しませんと。結構な人数を連行しなければなりませんからね」

「ヤーデン伯様、我々も同行いたしましょうか?」

 レイラさんの言葉にアベルさんが提案する。


「いや、それには及ばんよ。ルランドに馬をやって、支援を要請してある。途中で合流できるだろう」

「失礼いたしました」

「うむ、心遣いに感謝しよう。では、我々は行くぞ」

「オーマ様、アベル様、ごきげんよう」

「お気を付けて」

 アベルさんが深くお辞儀をした。俺もその横でそれに倣う。


 ヤーデン伯の一行が、縄で数珠つなぎになった賊を連れて、ルランドの町の方に戻って行く。

 その列とすれ違うように、ラザーさん達の乗った馬車がやって来た。


「おーい!旦那、カタがついたみたいだな」

 御者台のバリーさんが声を上げた。

「ええ、無事に済みましたよ。オーマ君の活躍でね」

「ほう、そいつは詳しく聞きたいねえ」

「もちろん、お話ししましょう」

「え?いや、俺はそんな、、」

「はっはっは。まあまあ」

 またアベルさんが面白がっている。意外と茶目っ気のある人だな。


 アベルさんは後ろの客車に、俺は御者台のバリーさんの隣に乗り込む。

 馬車は次の宿場に向かって出発した。



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