第54話 大魔王物語
今日は朝から雨が降っている。
流石に雨の中で薬草採集や狩猟をする気は無いので、今日は休むことにした。
宿の部屋の窓から外を見る。
時々、表の道を雨合羽っぽい物を着た人が歩いて行くのが見える。
傘をさしている人は居ない様だ。この世界に傘が存在しないのかは分からないが。
俺も何か雨具を買った方がいいな。
さて、休むのはいいが、どうしたもんかね。本屋でラノベでも買っとけばよかったかな。
いや、読み物はあったな。例の「大魔王物語」でも読むか。
俺は収納魔法から本を取り出し、読み始めた。
ーーーーー
その男は精霊の森から現れたという。
その出自は自らも知らなかったとされている。
物心ついた頃から近しい者と森で暮らし、その者達が死に絶えたため森から出た。彼はそう言った。
当時、村であったミドウッドの地に彼は訪れた。
並みの大柄な者をも超える体躯、伸びきった乱れた髪、ボロ布と変わらぬ様な衣服。
村人達は彼を恐れ、近づこうとはしなかった。
だが村長は村人の反対を押し切り、彼を村に受け入れた。村長が自身で面倒を見ると。
体を洗い、髪と服を整えたその男は、純朴な子供の様であったと言う。
事実、彼は少年と言ってもいい年齢であった様だ。顔付や本人の話によればだが。
彼は村の仕事を手伝い、魔獣を狩り村を守り、また獲物として持ち帰って来た。
ほどなく、彼は村に馴染み、村の娘と結ばれ、子も成した。
しばらくは、平穏な日々が続いた。
だが、当時は戦国の世。大陸中で国同士の小競り合いが続く中、辺境の小さな村々は只翻弄されるのみ。
当然、ミドウッド村も例外ではない。
その日、村は軍勢に襲われた。
占領する為ではない。目減りした兵糧を補充する、ただそれだけの為に。
村が襲われた時、彼はその場に居なかった。森に狩りに出ていた。
村から上がる幾つもの黒煙を見て、彼は慌てて戻って来た。
そして見た。
人が人を襲う。そんな光景を初めて見た彼は驚愕する。
だが、驚愕はすぐに怒りに変わり、彼は動き出す。
村人達は彼の真の力を見た。
以前より、彼は強かった。武器も魔法も使いこなし、動きは素早く、腕力も強い。
しかし、それ以上の力を彼は持っていた。
絶え間なく動き続け、武器を振るい、攻撃魔法を撃ち続ける。
魔獣の様に動き、魔獣の様に殺す。敵を殺す彼に一切の躊躇は無い。
だが、彼は魔獣ではない。身を挺して村人を守り、敵は容赦なく殺す。
やがて、村の周辺に動く敵兵は居なくなった。
死んだか、逃げおおせたか。何にしろ、村は敵兵の死体で埋め尽くされた。
魔獣の生息域の只中にある村の住民には腕の立つものも多かったが、ほとんどの敵兵の死者は彼の手にかかった者だった。
その惨状の中に立ち尽くしていた彼は思い出す。妻と子供は?
フラフラと自分の家に向かおうとする彼の元に、村長と村人数人が近づいて来た。妻の亡骸を運んで。
村長は泣き叫ぶ赤子を抱いていた。
膝をつき放心する彼に赤子を預ける。彼の一人息子だった。
彼は赤子と共に声を上げて泣いた。
村長の話では、妻とその両親は赤子を守って殺されたと言う。
彼は泣き疲れて眠った息子を村長に預け、告げた。
村を守る。息子を頼む、と。
犠牲になった村人を埋葬した後、彼は敵兵の死体を村の外れに集めさせた。
彼は山になったそれに魔法で火を放った。そしてすべてが灰になるまで焼き尽くした。骨すらも残さずに。
彼は笑わなくなった。以前の彼は居なくなった。
笑顔で息子をあやすこともなくなった。悲しげな顔で抱きしめるのみだった。
やがて、彼は村を戦火から守るために動き出した。
村の周りに点在する岩山を切り出し、収納魔法で大量に輸送して、村の周囲を城壁で囲み防御を固めた。
村人も協力し、見張り台も造り、村の周辺を警戒する。
彼自身は飛行魔法で空中から軍勢を警戒した。
どんなに体に負担がかかっても、また、それを諭されてもやめなかった。
そうして、村に近付く軍勢が発見されれば、容赦なく魔法で焼き払って殲滅した。
やがて、ミドウッド周辺の辺境に噂が流れ始める。
覇権を狙う国々の暴虐を跳ねのけている村がある、と。
尋常ではない力を持った「魔人」が村を守護している、と。
そして、ミドウッドに人々が集まってきた。
村を焼かれ行き場を無くした者。領主の暴虐に耐え切れず、村を捨てた者。
救いを求める人々が最後の望みを託して集まって来た。
そんな人々をミドウッドの村長は受け入れた。
急激な人口の増加は多くの問題を生んだが、村長はそれらを解決し村を治めた。
村長は只の平民ではなかったとの話もあるが、今となってはそれを知るすべはない。
住人に仕事をさせ、食わせ、生き延びさせる。村を強化し守る。
村長はそれらをやり遂げた。
その間も彼は村の周りに現れる軍勢を容赦なく排除し、恐怖の対象となっていった。
そして、とうとう大規模な軍勢がミドウッドに向かって攻め寄せた。
今や、ミドウッドは諸国から、勢力の一つとして認識された。積極的に排除すべき対象となった。
ミドウッドの村は軍勢に包囲された。
城壁に囲まれた村はすぐには攻め落とされはしなかったが、状況は絶望的であった。
周りの軍勢に対しては多勢に無勢、撃って出ることはかなわず。
籠城しても外から助けが来ることは無い、孤立無援の状況。
村は、降伏か玉砕かの選択を迫られる。
だが、村はそのどちらも選択することは無かった。
突如、村の城壁の周りに炎の壁が出現した。
村を守るための物ではない。炎の壁は敵の軍勢の前に現れたわけではなかった。
敵の軍勢そのものが炎の壁となった。
村を囲む軍勢のほとんどの兵は、まともに声を上げる間もなく倒れ、そのまま灰になるまで焼き尽くされた。
村は守られた。
村人はそれに安堵する。だが、同時に「彼」に対して恐怖した。
あれだけの軍勢を一撃で焼き殺したのは、勿論、彼だった。
「彼」の力は強すぎる。人の範疇を超えている。その力はこの先も敵に対してのみ振われるのか?
しかし、力無き人々が乱世で生き延びるには「彼」にすがるしかなかった。
そのような中でも、村長は彼を恐れずに諭した。
やたらと殺すな、と。
そして、雑兵のほとんどが強制的に徴兵された農民だと告げた。
彼は驚愕し、苦悩する。今まで殲滅した兵の事を考えた。
だが、村は守らねばならない。
村長は続ける。
力を示し、追い払え。引かぬなら、兵を率いる者を狙え、容赦はするな。
彼はそうした。そして戦い続けた。
しばらくすると、「彼」の噂に変化が現れた。
引く者には慈悲を、挑む者には死を。
民には慈悲を、暴虐な将には死を。
彼は、ただ恐れられるだけの存在ではなくなった。
諸国の兵達の士気は下がり続けた。それは支配する者達にも広がり始める。
覇権をあきらめ、平和を求める国も現れる。
そして、ミドウッドに使者がやって来た。和平を求める使者だった。
使者は、王への取次ぎを求めた。
だが、ミドウッドには王は存在しない。
王になれ。
村長は彼にそう言った。
彼は受け入れなかった。
村を治める村長が王になるべきだ、と。
だが、村長はそれを否定する。
村を治める者と国を治める者は違う。ミドウッドが国として認識されたのは、彼の行動の結果だ、と。
それゆえ、彼には王になる責任があると諭した。
彼はミドウッドの王となった。
人々から「魔王」と呼ばれる存在となった。
ーーーーー
俺は「大魔王物語」から目を上げる。
窓の外を見ると、いつの間にか雨は止んでいた。日は傾き始めている。
今日の読書はこれ位にしておくか。
「大魔王物語」の内容は俺の予想とは違った感じだった。
栄光や英雄と言った話ではなかったな。
読んだところまでだと、「魔王」はミドウッドの周りの国からは恐怖の対象だったみたいだし。
やはり、「魔王」は魔王と呼ばれる訳があったって事か。
、、俺のステータスに表示される「職業」魔王」ってのは何なんだろうな。
、、腹が減ったな。飯にしよう。そうしよう。気分も変えたいし。
俺は本を収納魔法に仕舞いこみ、借りている部屋から出かけた。
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