第27話 再び公園のベンチで

 ウ~~

 試合終了のサイレンが鳴った。5番バッターの雪哉が塁に出たものの、その後は凡退。結局1点を返すことが出来ず、そのまま負けてしまったのだ。

 試合が終わり、整列して挨拶をした後、選手の多くが泣いた。3年生はこれで引退。僕も涙が溢れた。


 一度学校に帰って、荷物などを片付け、一応これで3年生が引退だからと挨拶を簡単にして、解散になった。ほとんどみんな泣いていて、1人ずつの挨拶などは出来なかった。キャプテンの正継が代表して挨拶し、次のキャプテンを名指しして、後を頼むと言って終わりになった。僕はマネージャーとして、一度ちゃんと引き継ぎをしなければならないだろう。だが、今日はそういう話は出来ないと思った。

 帰ろうとすると、

「瀬那、ちょっといいか。」

遼悠が珍しく、というか久しぶりに僕に声を掛けてきた。

「うん。」

結局、また一駅分歩いて帰ることになった。何を話すって言うんだよぅ。


 二人して、黙って歩いた。けれども、例の公園の横を通った時、

「寄っていかないか。」

遼悠がそう言って、公園の中を指さした。

 二人で並んでベンチに座った。またこういう展開になるとは。だが、今度は前回とは全く違う。二人の関係が。

「残念だったな。」

僕は遠慮がちにそう言った。

「負けちまった・・・。」

ポツリと遼悠が言った。

「仕方ないよ。お前の肩、万全じゃなかったし。」

「いや、肩はもう治ってたよ。むしろ休んでいたお陰で調子が良かったんだ。手の豆も治ったし。なのに、負けた。完敗だよ。」

「甲子園、夢だったのにな。」

「お前を、もう一度甲子園に連れて行ってやりたかった。そんで・・・。」

遼悠の言葉が急に途切れたので、僕は遼悠の顔を見た。すると、あいつの目には涙がいっぱいに溜まっていた。

「遼悠・・・。」

「お前を甲子園に連れて行ったら、また俺のモノになれって言うつもりだったのに。」

耳を疑った。いや本当に、聞き間違いかと。

「なのに、負けちまった。俺は、お前を取り戻せなかった・・・。」

と言ったかと思うと、遼悠は、

「くっ。」

という音と共に、泣き出した。

「うううっ。」

と、嗚咽まで漏らして。僕は一瞬呆気にとられて動けなかった。

 遼悠は、みんなの前では泣いていなかった気がする。こいつがこんな風に泣くなんて信じられなかった。あまりに遼悠が泣き続けるので、僕は、いたたまれなくなってそっと肩を抱いた。そうして、遼悠が落ち着くまで、肩をポンポンとゆっくり叩いていた。

 しばらくして、遼悠が落ち着いたので、鞄からタオルを出して遼悠に渡した。

「サンキュ。」

遼悠はそう言うと、タオルで涙を拭いた。

「お前にとって、甲子園は特別だったんだな。」

僕がぽつりと言うと、意外な言葉が返ってきた。

「いや、俺にとっては大した事じゃない。俺は大学で野球を続けるし、プロになるつもりはないしな。」

「え、そうなの?将来の夢とかあるの?」

「まだ分からない。」

「そっか。」

「瀬那は?大学行くんだろ?」

「うん。スポーツ科学系の学部を受けようと思ってるよ。」

「そっか。」

一瞬二人して黙る。いやいや、もっと何か引っかかるものがあったはず。

「ん?甲子園に行けない事は大した事じゃないのに、あんなに泣いたのか?」

「悔しかったからだよ。お前が俺のモノにならないから。」

「は?それって、賭けの話?」

僕はまだ訳が分からなかった。泣くほど残念なのは、賭けに負けたから?賭けって言っても、つまり僕が遼悠のモノにならないから?僕はフラれたんじゃなかったか?

「僕、何が何だか分からないんだけど。遼悠は、僕をどうしたいわけ?所有物にでもしたいの?」

「そう。」

「バカじゃないの?僕はモノじゃないだろ。」

「あ・・・いや、そういう意味ではなくて。」

「じゃあ、何だよ。」

「俺のモノに、じゃない、俺の恋人になって欲しい。」

絶句した。何を言ってるんだ。散々無視しておいて。

「何言ってるんだよ。僕はね、お前にフラれたんだと思ってたんだぞ。そりゃ、僕も悪かったけどさ、お前ずっと僕の事無視してて、今更何だよ!」

「せ、瀬那、怒るなよ。俺は、お前にずっとLINE無視されて、もう嫌われたと思って、それでショックで。だから、甲子園に連れて行って、俺のモノにして、それからまた好きになってもらえばって。」

僕は大きくため息をついた。バカだね。お互いバカだね。

「僕たち、お互いに嫌われたと思って、終わってたんだ。」

「俺は、瀬那を嫌いになんてなってないぞ。」

「僕だって、遼悠を嫌いになった事なんてないよ。」

「それじゃあ・・・好きか?俺の事。」

「う、うん。」

遼悠は飛びかかってきた、と思うくらいの勢いで僕を抱きしめた。

「うわ、びっくりした。」

「瀬那―、好きだ、俺はお前が好きなんだよー。」

びっくりだ。遼悠は意外に熱い奴だったのか。

「く、苦しいよ。放せって。」

僕が遼悠の腕を振り解こうともがくと、遼悠はその僕の両腕を逆に掴んできた。

「わ、ちょっと待て、外で変な事するなよ!」

僕がそう言っているのに、遼悠は僕の手を離そうとしない。そして、やっぱり・・・唇を奪われたのだった。

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