第26話 接戦

 東東京大会4回戦目。相手が強くなってきたのは間違いない。しかし、遼悠の調子も上がってきていた。

 部員達は、元気ではあるが、顔つきが変わってきた。気合いが入るというのはこういう事かと、僕は改めて感じたのだった。

 この試合では、遼悠のピッチングが冴えていた。5回までは全く打たせず、ノーヒットノーランが出るのではないか、と思わせる内容だった。しかし、6回からは打たれ始め、そこからは守備が活躍。最後には3点に抑えて勝利した。こちらは5点取っていた。


 そうして、7月下旬に迎えた準々決勝。東京の梅雨も明け、毎日強い日差しが照りつける。蝉も鳴き始めた。

「暑ち~。瀬那、タオルちょうだい。」

「俺も!」

ベンチでは、冷たいタオルの売れ行きが良すぎる状態だった。途中で氷が溶けてしまい、穂高に連絡して買ってきてもらったのだった。控え選手に受け取りに行ってもらったりして。

 相手は甲子園出場経験のある強豪校だった。選手たちは、

「相手に不足はないぜ!」

などと言って強がっていた。もう、ここまで来たらみな強豪校だ。ベスト8に入ったのだから当然だろう。夏の大会でここまで来られた事は、僕から言わせれば万々歳だ。それくらい、東東京には実力の拮抗した学校が多い。遼悠の肩が間に合ってくれたお陰だろう。

 試合は波乱の幕開けだった。まず1回に1点を取られる展開から始まり、3回まではそのまま。4,5回でこちらが得点を入れて3-1とするも、6回で相手に3点取られてしまった。これで3-4の1点ビハインド。そして、8回終わりまでこのまま点数が動かなかった。

 僕はずっと心臓がバクバクしていた。選手もそうだろう。それでも、みな明るく元気に振る舞った。暗くなったら終わりだ、そう思っているように。遼悠でさえ、ベンチにいる時には笑顔を見せていた。そうだ、みんな頑張れ。大事なのはメンタルだぞ。

「瀬那、タオル!」

「俺も!」

相変わらず売れ行きの良いタオル。僕は、タオルをもらっていない選手がいないかどうか、確認する。遼悠がもらっていなかった。顔も冷やした方がいいが、肩も冷やすべきだろう。肩用には大きい保冷剤を持ってきていた。

 僕は保冷剤とタオルを持って、遼悠が座っている所へ持って行った。

「遼悠、これ。」

「ん?ああ、サンキュ。」

遼悠はそう言って、まず保冷剤を受け取り、右肩に付けた。そうすると手がふさがってしまってタオルの方を取れないようだった。なので、僕はタオルを遼悠の顔にそっと付けた。頬と首のところ、まず左側、そして右側に付けた。遼悠はじっとしていた。とくにこちらを見るでもなく。僕は最後におでこに付け、タオルを引き取って遼悠から離れた。


 9回表。相手の攻撃。ここを守り切らなければ可能性が薄くなる。僕は祈るようにして見ていた。

「バシ!」

ボールがミットに収まる音を聞くと、ため息が出る。とにかく打たれないように、とそればかり願って、息を詰めて見守っていたのだ。

「カキーン!」

バットがボールをとらえた音に、いちいちハッとする。そのほとんどがファウルなのだが。

「カキーン!」

もう一度ハッとさせられた。すると、バッターは走り出した。わーっと歓声が上がる。そして、バッターは2塁に止まった。

 まだドキドキしている。そうして次に迎えたバッターは運悪く4番。僕はもう、スコアボードを胸に抱え、実際に手と手を組み合わせて祈った。どうか、打たれませんように。

「カキーン!」

祈りも虚しく、球は鋭く打ち返され、高く上がった。

「あっ!」

「センター!」

センターの未来が走って走って、帽子が取れた。だが、球には追いつけなかった。地面に落ちてすぐに拾い、中継に入った隆斗に投げ、隆斗は状況を見て、3塁に投げた。3塁手の瑞樹のミットにボールは収まった。だが、4番バッターが滑り込み、判定は、

「セーフ!」

審判が両手を横に広げた。スタンドはワーっと沸いた。既に2塁にいた相手選手がホームベースを踏んでおり、これでまた1点取られてしまったのだ。

「遼悠、落ち着いて!」

僕は、わだかまりなど忘れてベンチから叫んだ。そうしたら、遼悠は一瞬帽子を取り、こっちを向いて頷いた。僕は座っていられずに立ち上がって、スコアボードを抱きしめていた。おっと、付けるのを忘れてはいけない。

 そうして、9回表は終わり、2点ビハインドで9回裏を迎えた。今度は我が東尾学園の攻撃だ。

「正継、頼む!」

うちは、4番からの打順だった。しかし、正継がホームランを打っても1点にしかならない。あまりいい打順とは言えなかった。だが、僕は正継に頼むと言った。何を頼むのか、僕自身にも分からないが。

「カキーン!」

期待通り、正継はホームランを打ってくれた。これで1点差にまで詰め寄ったのだ。

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