第24話 エース不在の予選開始

 「瀬那センパーイ!」

泣きそうな顔で、将太が近くにやってきた。僕はその日の部活に久しぶりに出たのだった。まあ、なんだかんだ言って、ちゃんと部活の用意をしてきていたわけだけれど。

「将太、どうした?」

「本当に、すみませんでした。」

また謝っている。

「謝るなよ。僕にボールは当たってないんだからさ。」

僕が笑ってそう言うと、

「そうなんですけど・・・。」

まだ浮かぬ顔の将太である。

「もし、予選で負けるような事があったら、僕もう、先輩達に顔向けが出来ないっすよ。野球を続けていく自信がないっす。」

しょげまくっている。

「将太、大丈夫だよ。お前だって、秋からはうちのエースなんだからさ。最初の2、3試合くらい、余裕だって。」

「いや、そんな事ないっすよー。でもまあ、確かに秋からは俺がエース、ですよねえ。」

将太の顔がちょっとにやけている。

「そうそう、だから自信持って。まずはメンタル。あとは運だから。」

「はい!とにかく頑張って練習します!」

将太は元気を取り戻し、グランドへ走って行った。

「わあ、瀬那先輩流石ですねー。本当にマネージャーに向いてますよ。」

いつの間にか芽衣ちゃんがいて、そう言ってくれた。

「あ、芽衣ちゃん。あの、しばらく休んじゃってごめん。」

「いえいえ。でも良かった。明日瀬那先輩がいなかったら、誰がスコア付けるのかなーって、不安でしたよ。」

芽衣ちゃんはそう言って笑った。

「そっか、芽衣ちゃんと穂高にも、ちゃんとスコアの付け方教えなきゃね。」

ちなみに、花梨ちゃんと綾乃ちゃんには、去年教えたのだが、覚えられないと言われたのだった。


 翌日、雲行きが怪しい土曜の午後。我が東尾学園は夏の高校野球東東京大会予選の第一戦を迎えた。梅雨明け前の、どんよりとした空。

「雨が降らないといいけど。」

空を見上げて、僕はそうつぶやいた。

 ベンチに入り、スコアブックを持って座った。レギュラー以外はスタンドにいる。怪我をしている遼悠も、スタンドで見ているのだった。

「将太、リラックス、リラックス!」

将太が正継にそう言われていた。日焼けした顔ではあるが、心なしか青い顔をしているように見える将太。こりゃいかん。

「将太、まずは打たれてこい!」

僕がそう声を掛けると、え?という顔をして将太がこちらを見た。僕は親指を立ててニヤっと笑った。将太は照れたように笑った。

 試合が始まり、やはり途中からぽつぽつと雨が降り始めた。だが、試合を中断するほどは降らず、続いた。

「暑い日じゃなくて良かったですね。」

僕が監督に言うと、

「うん、そうだな。」

と、監督も言った。

 試合はしばらく膠着状態だったが、徐々に両校とも打ち始めた。だが、守備では断然うちが上回っており、打たれてもほとんどベースを踏ませないのだった。それに反して、うちの攻撃は徐々に塁を進めて行き、とうとう1点を取った。

 そして、9回に正継がホームランを打ち3-0で東尾学園が勝利したのだった。

「今日は固くなっていたな。3点くらいじゃ物足りないぞ。次の試合では8点くらい取れ!」

「はい!」

監督のお言葉があり、解散になった。雨がしとしとと降り、蒸し暑くなっていた。


 次の試合は、雲の切れ間から時々日差しが降り注ぎ、とにかく暑かった。僕は氷をたくさんベンチに持ち込み、タオルと一緒にしておいた。選手がベンチに戻ってくる度に冷たいタオルを手渡した。

「サンキュ、おー冷たい!生き返るぜ。」

そう言ってもらえると嬉しかった。

 だいぶ接戦になってハラハラしたが、辛うじて勝つことが出来た。勝った時には将太が泣いた。

「おいおい、まだ2回戦目だぞ。」

他の選手はそう言って笑った。


 遼悠が怪我をして2週間が経った。遼悠は最初の内こそ制服のまま部活を見学していたが、最近はあまり姿を見せなかった。だが、2週間経った今日、遼悠はユニフォームを着て部活に出てきた。

「遼悠先輩!もう肩はいいんですか?」

遼悠の姿を見た将太が、真っ先に駆けつけてそう聞いた。

「ああ、ぼちぼち投げてみようと思ってな。」

「良かったー!」

将太は心から安心した、という顔をした。

「センパーイ、良かったぁ。」

「はい、お水です!」

いつもつまらなそうにしていた花梨ちゃんと綾乃ちゃんも、嬉しそうに遼悠に寄っていった。だが、僕はあいつに近づけなかった。遼悠の方でも、僕の事を見ようともしなかった。

 僕は、フラれたのか。やっぱりそうなんだな。どうしてフラれたんだろう。僕のせいで怪我をしたから?いや、そうじゃない。僕を助けてくれたんだから、あの時は僕を好きだったはず。じゃあ、僕が遼悠のLINEを無視して部活を休んでいたから?きっとそれだな。僕の家に来てくれたのに、追い返しちゃったしな。

 絶望的な気分になった。だが、僕は遼悠のためにここにいるわけじゃない。野球部のため、自分のため。だから、もう遼悠のことは気にすまい。

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