第21話 重大事故

 7月になり、いよいよ夏の高校野球(全国高等学校野球選手権大会)の予選が始まった。

「瀬那先輩、これで遼悠先輩との賭けは終わりですね?」

芽衣ちゃんにそう言われて、僕は何も言えなかった。ただ、ははは、と空笑いしただけ。一緒に帰るのは、もう賭けじゃない。付き合ってるんだから・・・。


 一戦目は、無事勝ち上がった。これからは、負けたら僕たち3年生は部活を引退なのだ。だが、まだまだ終わるわけにはいかない。

 そんな緊張感からか、体力温存の為か、遼悠が一緒に帰っている時にこう切り出した。

「あのさ、部活引退するまで、一緒に帰るのやめようぜ。」

手をつなぎながら、そんな事を言うのだった。

「あ・・・うん。そうだな。」

僕は、そう言うしかなかった。ぶっ倒れるほどの練習をした後に、わざわざ一駅分歩く事はない。

 でも、それなら何か、付き合ってる証が欲しい・・・一緒に帰るのだけがそれだったから。だが、そんな事は言えなかった。これから、単に同じ野球部員だという事以外に、何か僕らの関係を証明するものがあるだろうか。


 期末テストも終わり、ほぼ部活一色の生活になった。朝から夜まで野球漬け。僕はみんなが怪我をしないか、体調を悪くしないか、それを気にしながら過ごしていた。そして、僕らマネージャーも暑さでやられないように、水分補給を忘れずにして。

 だが、炎天下の中、氷を何度も運んでいた時の事、事故が起きてしまった。

「瀬那、危ない!」

遼悠の声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、目の前でパシッとグローブにボールが収まる音がした。と同時に、遼悠と僕は重なったまま、ベンチの上に倒れ込んだ。

「おい!大丈夫か!」

「遼悠!」

「遼悠先輩!」

僕は一瞬何が起こったのか、分からなかった。僕もベンチに背中を打ち付けて倒れたが、僕の上に乗っかって倒れている遼悠は、走ってきた勢いで思い切り肩をベンチに打ち付け、右肩を押さえて顔をしかめていた。

「りょ、遼悠・・・、おい、大丈夫か?おい。」

僕は震える声でそう言った。

「私、先生呼んで来ます!」

「僕、冷やす物持ってきます!」

芽衣ちゃんと穂高がそう言って走り出した。そして、花梨ちゃんと綾乃ちゃんが、

「きゃー、遼悠せんぱーい、大丈夫ですかー?」

と言いながら、遼悠を助け起こそうとしていた。


 それから、小野寺先生と遼悠は病院に行った。

「すみません!俺のせいで!」

2年生の町田将太(まちだ しょうた)がそう言って深々とみんなに頭を下げた。将太は控え投手だ。彼がピッチング練習をしていた時に、全く見当違いな方向に投げてしまい、僕の方へ球が飛んできたのだそうだ。見ていた遼悠が走ってきて、その球を僕の顔の前で捕ったのだが、勢いでベンチに突っ込んでしまったという訳だ。

「お前のせいじゃないよ。」

「そうだよ、事故だよ。誰だって失敗するんだから。」

部員達がそう慰めている。

「あ、あの、ごめん。僕がぼーっとしてたからイケないんだ。僕が気づいてよけていれば、遼悠だってそんなに無茶しなかっただろうし。」

僕はそう言って、言いながらとても悔しく、やるせない気持ちになって少し涙が出た。そうだ、僕が悪い。僕のせいで遼悠は怪我をした。大事な肩を。

「でも実際、どうなんだろ。もししばらく投げられないとなったら、予選、勝ち抜けられるのか?」

石田隆斗(いしだ りゅうと)がそう言った。

「まずいよな。」

相馬未来(そうま みらい)も暗い顔をしてそう言った。


 練習再開後しばらくして、小野寺先生と遼悠が病院から戻ってきた。

「遼悠!」

「どうだった?」

部員が集まってきた。僕も一緒に駆け寄った。

「大丈夫だよ。骨折はしてないってさ。」

遼悠はそう言った。努めて明るく言ったようだった。

「でも、投げられるのかよ。」

隆斗がそう言うと、

「まあ・・・今は無理だ。全治1ヶ月だと。」

遼悠は言いにくそうにそう言った。

「え・・・1ヶ月?」

「予選、終わってるじゃん・・・。」

部員がそう言うと、

「いやいや、俺はもっと早く治すぞ。3週間、いや、2週間で復活してみせる。だから将太、任せたぞ。」

遼悠がそう、控え投手の将太に声を掛けた。将太は急にピンっと背筋を伸ばしたかと思うと、また90度のお辞儀をした。

「ほんと、すんません!俺、どうしたらいいのか!」

「だから、予選を任せるんだよ。」

遼悠は優しく言った。

「でも、俺、俺、自信ないっす!」

「バーカ、大丈夫だよ。うちはピッチャーだけのチームじゃないし、打たせて取る野球をやってきただろ?」

未来がそう言って将太の肩に腕を掛けた。

「そうだ。それに、まだ相手が弱いから、大丈夫だよ。」

遼悠がそう言った。

「油断は出来ないが、まだ日にちもあるし、大丈夫だ。将太、俺と一緒に練習しような。」

正継がそう言った。頼もしいキャプテンだ。

 そんな、男達の友情ドラマを、僕はどこか遠巻きに見ていた。分かっている。もし球が飛んでいった先に僕がいなければ、遼悠はあんな無茶はしなかったはずだ。肩を大事にしていた遼悠。この夏の大会に賭けていたのは遼悠もみんなもそう。ああ、どうして僕はこんな・・・。役立たずなだけでなく、足を引っ張るような事を・・・。

 そうして、あまりにショックを受けた僕は、部活に出る事が出来なくなった。


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