第20話 名指ししてくれない

 僕と遼悠は、晴れて付き合う事と相成った。信じられない。だが、他の誰かに取られたくないのだから、仕方がない。

 とはいえ、何かが変わったわけではない。また一緒に帰るようになっただけだ。その時に、人がいないと手をつなぐくらい・・・ひゃあ、客観的に考えると恥ずかしい。

 そうそう、あの日の夜、和宏から電話がかかってきて、近況を報告し合った。そして、遼悠がどんな奴か、根掘り葉掘り聞かれた。あいつ、結局遼悠のファンなんだな。僕との関係を勘ぐろうとするよりも、自分が遼悠と仲良くなりたいみたいだった。お断りだけど。

 「瀬那先輩、それは僕が持って行きますよ。」

公式戦が入るようになってきて、そのたびに学校から荷物をたくさん持って帰る。今までは男子の僕ばかり大荷物だったけれど、これからは穂高が半分持ってくれるのだ。やっぱり頼りになるし、可愛い後輩だ。

「ありがと。じゃあ、これとこれは頼むな。後は僕が持って帰るから。」

 公式戦となると、校外の遼悠ファンが詰めかける。その人員整理はなんと花梨ちゃんと綾乃ちゃんが買って出て、警備員よろしく厳しく取り締まっていた。

「はい、ここから出ないでくださいねー。」

「写真撮影はご遠慮くださーい。」

などなど。それでもみんなスマホを出して写真を撮りまくっていたけれど。

 いくつかの公式戦をこなしたが、都大会での優勝が出来ず、夏の甲子園への課題が残った。もう、3年生最後の予選まで、あと少しだ。

 だいぶ練習にも熱が入って来た。練習の始めには、キャプテンの角谷正継が気合いを入れる。その白熱した雰囲気に、僕も少なからず興奮した。

「マネージャー、肩冷やしたいから、氷頼む。」

遼悠が、ベンチ付近にいる僕たちにそう声を掛けた。そう、最近遼悠は僕を名指ししなくなった。昔に戻ってマネージャー、と。そうなると、何となく僕が呼ばれているのではない気がしてしまう。だから、花梨ちゃんや綾乃ちゃんがいれば彼女たちが率先して遼悠の元に飛んでいくし、いなければ穂高が行く。穂高は、僕の顔をちらっと見てから行くのだ。それが、ちょっとだけ僕をいらっとさせる。

「じゃあ、僕氷もらってくるから、氷嚢用意しておいて。」

僕は穂高にそう言うと、事務室へ走った。走って行ったけれど、帰りは歩いて戻って来た。すると、水道場のところで正継に捕まった。

「瀬那、お前ちょっと元気ないんじゃないか?」

「え?そんな事ないよ・・・。」

そうは言ったものの、やはり僕を呼んでくれなかった遼悠に、ちょっとだけショックを受けていた。すぐに不安になる。いつも一緒に帰っているのに。どうしてだろう。あいつが他の人を好きになったのでは、僕に飽きたのでは、といつも考えてしまうのだ。

「今年の夏も、絶対に甲子園行こうな。俺たちみんな、お前のために頑張ろうって思ってるんだぜ。」

「正継・・・。」

それこそちょっと泣きそうになった。みんなと一緒に、絶対に甲子園に行きたい。

「俺はさ、穂高より瀬那の方が、線が細いし、綺麗だと思うけどな。」

いきなり正継がそう言った。

「え、え?何だって?」

「遼悠なんかより、俺の方を見てくれよ。」

正継はそう言って、僕の目の前の水道場の壁に手をついた。これは、壁ドンってやつですか?俺の方を見てくれって、どういう事?もっとマネージャーとして世話をしてくれって事なのか?

 僕が少しぼーっとしていると、

「こぉら、瀬那!何油売ってんだ!」

遼悠が、少し離れた所から怒鳴った。そしてこちらに歩いてくる。

「正継!お前、なに瀬那にちょっかい出してんだよ!」

そして目の前にやってきた。壁ドンしていた正継は、腕をどけて遼悠と向き合った。

「俺の勝手だろ。」

「瀬那は俺のモンだ。手を出すな。」

「ナニー?!いつからお前のモンになったんだよ。瀬名は俺たちみんなのモノだぜ。抜け駆けは許さん!」

喧嘩?喧嘩するのかよ!どうしよう、殴り合って怪我でもしたら・・・。

 と、思ったら、二人は同時に笑い出した。

「ふっ、あはははは。」

「ああははは。」

何なんだ?僕がきょとんとしていると、遼悠が僕の方に手を伸ばした。手を握られるのかと思ったら、僕が持っていた氷の入った袋をさっと奪い取った。

「氷、早くしろよな。」

遼悠はそう言うと、去って行った。なんだ?二人して僕をからかっただけなのか?正継は笑顔のまま、僕の肩をポンポンと叩くと、そのまま何も言わずに行ってしまった。なんだかなー。セクハラ受けた気分だぜ。

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