第14話 新たな学年
春の甲子園に出場したが、一回戦目に大阪の強豪校と当たってしまい、あえなく一回戦負けし、僕たちの春は終わったのだった。
夏こそは、リベンジ!僕たちは、夏の甲子園にも絶対に出場し、必ず一勝しようと誓った。
そうして、僕は高校3年生になった。
僕ら東尾学園野球部は、春の甲子園に出場した名門である。今はエースの戸田遼悠が注目の的。剛速球のストレートに多彩な変化球を投げ、おまけにイケメン。甲子園でテレビにも出てしまったものだから、校内だけでなく全国にファンを持つ男。イケメンで才能溢れるやつだが、その上文字通りの血のにじむ努力を重ねる男なのである。それを知ってしまった僕。なぜか、
「お前を甲子園に連れて行ったら、俺のモノになれ。」
と言われ、断られたら負けちゃうかも、と言われて断れず、まんまとやつの策略に乗せられ、ファーストキスまで奪われたのである。だが、約束は約束だから、僕は一応「遼悠のモノ」という事になっている。
だが、もちろんこの事は他の部員には内緒である。
1年生が続々と入部してきた。遼悠に憧れて入ってきた部員も多数いるらしい。そして、マネージャー希望者も多数詰めかけた。
だが、例によって顧問の小野寺先生が面接をし、二人に絞ったのだった。
先生も、前年の失敗を繰り返さないようにしたようだ。可愛いだけ、遼悠のファンなだけ、というマネージャーは使えない。よって、今年入部したマネージャーは、ちゃんと部員を平等に扱うまともな子二人が入った。
しかも、二人のうち一人は男子だった。意外だった。僕は部員から転身したけれど、最初からマネージャー希望で入部してきた男子はおそらく初めてだろう。
1年生マネージャーは牧野芽衣(まきの めい)と横山穂高(よこやま ほだか)。
「相沢先輩、私もそれやります!」
芽衣ちゃんは、僕が何かをやっていると、飛んできて手伝ってくれる。僕がボールを磨いていたら、向こうの方から走ってきた。
「ありがとう、じゃあこれ使って。」
申し訳ないくらい汚い布を、芽衣ちゃんに渡す。芽衣ちゃんは僕の手元を盗み見て、それから一生懸命にボールを磨き始めた。僕はそれを見て微笑んだ。
「瀬那、こっち来い!」
びっくりして振り向くと、投球練習をしていた遼悠が、こっちを見て手招きしていた。
「ちょっとごめんね。」
僕は芽衣ちゃんにそう言って、遼悠の元に走って行った。
僕たちマネージャーは、学校のジャージを着ていた。おそろいのTシャツは作ってもらって着ているが、野球のユニフォームはもう着ていない。そして、
「瀬那、お前髪伸びたなー。」
「ずいぶんイケメンになっちゃったんじゃないのー?」
「青春しちゃってるのー?」
などと、最近よく部員にからかわれるのだが、坊主頭を卒業して、髪を伸ばしているのだった。
「遼悠、何?」
呼ばれたので駆けつけると、遼悠は自分の手を見た。
「ここ、痛い。」
遼悠はそうつぶやいた。
「は?どこ?」
僕は遼悠の手首をつかんだ。手のひらを見ると、なるほど、豆がつぶれて少し血がにじんでいる。ほらね、血のにじむ努力をしているでしょ。
「はいはい、絆創膏貼ってやるから、手を洗って来て。」
僕はそう言うと、救急箱を取りに行った。戻ってくると、手を洗った遼悠がベンチのところで立って待っていた。
「座らないの?」
「ああ。座ると後輩に示しが付かないだろ。」
「なるほど。名実共にエースだな、お前。」
僕はそう言いつつ、遼悠の手の豆の手当を始めた。
「はい、出来たよ。ちょっと投げるの休めば?」
「ああ、そうだな。」
「じゃあ。」
僕がそう言って、またボール磨きへ戻ろうとすると、遼悠は僕の腕をぱしっとつかんだ。
「え?何?」
「お前さ、あの1年の女子マネと仲良くし過ぎじゃね?」
「は?」
思わずぽかんと遼悠の顔を見てしまった。その、ふてくされたような顔で僕を見る遼悠に、つい吹き出した。
「ぷっ、あははは。」
「なんだよ。」
「お前、もしかしてヤキモチやいてんの?」
「う、うるさいな。お前は俺のモノなんだからな。あんまり仲良くするなよ。それくらい要求したっていいだろ?」
まだ俺のモノとか言ってるのか。そんな事言ったって、実際何もしてないじゃないか。部活以外では今までと同様、ほとんど会話もしないし。
だが、遼悠はまだ僕の腕を放さない。
「分かったよ。気をつけるよ。」
僕は笑いながらそう言って、遼悠の腕をふりほどき、ボール磨きに戻った。
部活が終わって、ほとんどの部員が帰った後、いつものように残っていた遼悠と僕が一緒に帰ろうとした。いつもは他のマネージャーも僕より先に帰らせているのだが、今日は芽衣ちゃんが最後まで残っていた。
「相沢先輩と戸田先輩って、仲いいんですね。いつも一緒に帰るんですか?」
バレたか。
「まあ、ね。僕たち同じクラスだし・・・な?」
僕は遼悠に同意を求めた。だが、遼悠はちらっとこちらを見ただけで、何も答えなかった。
「あの、私もご一緒していいですか?」
芽衣ちゃんがそう言った。僕はちらっと遼悠の顔を盗み見た。表情は変わらず。
「えーと、あのね、僕たち一駅先まで歩くんだよ。だから・・・。」
僕が芽衣ちゃんに弁解を始めると、
「え?どうしてですか?疲れてるのに!」
当然驚くよね。
「えーとね、それは・・・。」
説明できない。僕は肘で遼悠の腕を突いた。遼悠はちらっとこちらを見て、
「べつに、いいよ。」
と言った。何がいいのか?そうか、ご一緒してもいいですか、に対しての答えか。なんか冷や汗が出た。
「あ、芽衣ちゃんも一緒に歩こうか。」
あははは、と空笑い。芽衣ちゃんは、
「はい!」
と、元気よく言った。よかった、「どうして?」の質問はスルー出来た。
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