第13話 公園のベンチ

 「約束、覚えてるか?」

帰り支度を済ませ、みんなでロッカールームから出た後、遼悠が僕に言った。僕は相変わらず大荷物を背負っていた。

「え?何の?」

とぼけてみせる。

「瀬那・・・。」

あまりに愕然とした遼悠の顔を見て、僕は思わず笑ってしまった。

「あははは、冗談だよ。」

「なっ。」

今度は絶句している遼悠。

「言っておくけどね、マネージャーは誰か1人のモノではないよ。」

僕が言う。

「分かってるよ。マネージャーとしてじゃなくて、瀬那個人として、だよ。」

うーん、よく分からない。

「遼悠のモノって、具体的にどうすればいいの?」

僕が聞くと、

「とにかく、一緒に帰ろうぜ。」

遼悠はそう言った。


 だが、とりあえず全員で学校に帰る事になった。学校で東東京大会優勝を報告するのだ。優勝旗なども受け取ったので、それを学校に納める。

 校長先生始め、職員室の先生方に報告をし、解散した。その時、改めて遼悠は一緒に帰ろうと僕を誘った。

 帰り道、僕らは学校の最寄り駅には行かず、一つ向こうの駅まで歩くことにした。僕は疲れていないけれど、遼悠は試合の後で疲れているだろうに、彼の方からそうしようと言い出したのだ。

「疲れてないの?」

僕が気になって言うと、

「全然。」

素っ気なく答える。

「とうとう甲子園だな。」

僕が言うと、

「ああ。」

また素っ気ない。何だよ、僕と一緒に帰りたいって割には、面白くも無さそうじゃないか。

 僕は話しかけるのを辞め、しばらく二人で黙って歩いた。公園の横にさしかかる頃には、辺りは薄暗くなっていた。

「なあ。」

遼悠が立ち止まった。

「どうしたの?」

「ちょっと、寄っていかないか?」

遼悠が公園の中を指さす。

「え?」

僕が公園の中に視線を移すと、まだ返事もしていないのに遼悠はさっさと公園の中に入っていった。仕方なく僕もその後について入った。

 遼悠は、一つのベンチに腰掛けた。僕もその隣に腰掛ける。話でもしたいのかな。次の展開を待っていると、遼悠は僕の肩に腕を回した。

 うっ。何だろう、顔が熱くなってくる。なんか、黙ってこんな事すると、恥ずかしいって言うか、何と言うか・・・。

「なに、してんの?」

黙っていられず、僕はそう口にした。だが、遼悠はそれには答えず、僕の顔を見た。ち、近い。

「俺さ、お前に惚れちゃったんだよね。」

「えっ。」

びっくり。

「なんで?!」

素っ頓狂な声を出したかもしれない。

「手当してくれたじゃん。」

「あ、当たり前だろ。マネージャーなんだから。」

「そうかなあ。」

「それに、女子マネだって、手当してくれただろうが。あっちに惚れるだろ、普通。」

「ああ、そうか。じゃあ、手当してくれたからじゃないか。」

遼悠は腕を僕の肩に回したまま、前を向いた。遠くを見て、何かを思い出そうとしているのだろうか。

「手当の仕方、かなあ。いや、俺のために泣いてくれたからかなぁ。」

「それって、今日のことだろ?あれだよ、気が高ぶって、勘違いしてるんだよ、お前。」

僕が苦し紛れにそんな事を言うと、また遼悠は僕の方を見た。

「勘違い?いや、泣いたからじゃないな。今日惚れたわけじゃないし。」

「・・・。」

もう、何を言っていいのかわかりません!

「迷惑なのか?」

そう言われて、僕は困った。

「そりゃそうだよな、お前は俺なんか好きじゃないよな。」

そういえば、こいつはモテ男NO1だった。女子にモテまくっているんだ。自信満々なやつだと思っていたけれど、なに、この展開。

 遼悠がぐっと体を寄せてきたので、僕は背もたれに寄りかかった。逃げ場は1ミリもない。

「でも、約束だからな。勝ったんだから、俺のモノになるんだよな?」

そうだった、約束だった。仕方なく、僕は頷く。

 すると、なんと、遼悠は唇を重ねてきた。うそだろー!現実とは思えず、目をぱちくりさせる。

「お前、童顔だよな。」

遼悠はそう言って、楽しそうに僕の顔のラインをなでた。

「ちょ、ちょっと待て。」

僕は心臓が爆発しそうになって、遼悠の胸を力一杯押した。すると、遼悠は立ち上がった。そして、僕の手を取って、僕のことも立たせた。

「まあいいさ。いつか俺に惚れさせてやるから。」

そう言って笑った。

 あ、こんな風に笑った顔、初めて見たかも。

 僕らは手をつないで歩き出した。胸がドキドキしている。遼悠は「いつか」って言ったけど、もう既に・・・?

 いやいやいや、違う。絶対に違う!いきなりファーストキスを奪われて、僕は相当動揺しているはずだ。だから、このドキドキは遼悠の事をどうとかじゃなくて、僕の人生において一大事が起きたからで、だから・・・。

 パニックに陥りながらも、時々振り返って笑う遼悠を見るのが、嫌ではないと思ってしまった僕。まあ、約束だからな。しょうがない。

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